産業技術総合研究所(産総研)、理化学研究所、東京大学、東北大学、科学技術振興機構の5者は12月13日、100円未満の小型磁石を使って、1000万円前後の超伝導磁石などを活用する強磁場発生装置を用いた従来素子と同等の、8桁の国家標準精度で電気抵抗の測定を可能にする新たな量子抵抗標準素子を開発したと発表した。

同成果は、産総研 物理計測標準研究部門 量子電気標準研究グループの岡崎雄馬主任研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学を扱う学術誌「Nature Physics」に掲載された。

電子回路が設計通りに動作するためには、性能条件を満たした「抵抗器」が動作する必要があるが、その動作確認のためには、抵抗値の電気測定を高い精度で行う必要がある。

現在、異なる国や地域においてもずれが生じないように、物理現象「量子ホール効果」により電気抵抗値が「量子化抵抗値」という一定値を取る「量子ホール素子」が、抵抗測定の基準(抵抗標準)として用いられている。しかし量子ホール効果は、絶対温度1K以下という極低温かつ、地磁気の約20万倍である10T以上という強磁場下で起こる現象であるため、超伝導電磁石などを用いた大型かつ高価な強磁場発生装置を用いる必要があり、計測装置メーカーや計測器の測定値を保証する校正事業者などが、手軽に活用できるようなものではないという。

そのため、より使い勝手の高い、国家標準並みの高精度な抵抗標準を実現するための研究が各所で進められるようになっている。

そうした中、研究チームは今回、トポロジカル絶縁体で発現する現象「量子異常ホール効果」に着目。量子異常ホール効果は、量子ホール効果と同様にホール素子の電気抵抗の値が量子化抵抗値となる物理現象として知られているが、量子ホール効果とは異なり、市販の事務用マグネットなどと同程度の数百mT程度の弱磁場で発現するため、強磁場発生装置を必要としないというメリットがある。

しかし、これまでの量子異常ホール効果を用いた測定では、わずかに電流を流しただけで期待される量子化抵抗の値からずれてしまうという不安定性の課題があったという。

量子異常ホール効果はビスマス、アンチモン、テルル、クロムの4つの元素を適切な比で組み合わせたトポロジカル絶縁体などにおいて発現するが、濃度のバラつきにより元素の比が不均一な箇所が生じ、電流に対する不安定性の原因となっていたことから、今回は、元素の比や素子構造、素子作製時の温度などの条件を最適化することによって不均一性を低減。電流に対する安定性を改善したトポロジカル絶縁体を作製。これを加工して、集積回路用パッケージに搭載、配線することで素子を作り上げたという。

  • 量子抵抗標準素子

    (左)トポロジカル絶縁体を用いて作製された量子抵抗標準素子。(右)抵抗値の量子化抵抗値からのずれ(相対値)の測定電流依存性 (出所:プレスリリースPDF)

実際に、抵抗測定を行ったところ、測定電流が2μA以下のとき、量子異常ホール効果によって、抵抗値の量子化抵抗値からのずれがゼロに近づくこと、2μA以上では、量子化抵抗値からずれていくことが確認されたという。2μA程度の電流量は、これまでに報告されている値より2桁ほど大きな電流量となるため、研究チームでは、測定電流に対する安定性が改善されたことが示されたとしている。

また、強磁場発生装置を用いない抵抗標準の実現に向け、素子と小型磁石を組み合わせたプロトタイプを開発。性能評価を行ったところ、この新型素子は従来素子と同様に8桁の精度を持つ抵抗標準を実現できることが判明。産総研が国家標準として提供している抵抗校正の校正測定能力を実現するには、抵抗標準の相対標準不確かさが28×10-9程度であることが必要だが、今回の値は、不確かさを考慮してもその値の範囲に収まっており、国家標準と同等精度の抵抗標準として利用できることが確認されたとする。

  • 量子抵抗標準素子

    新型抵抗標準素子、従来の抵抗標準素子それぞれで測定された抵抗値の量子化抵抗値からのずれ(相対値)。図中の矢印は産総研の抵抗校正における校正測定能力を実現可能な相対標準不確かさの大きさ(±28×10-9) (出所:プレスリリースPDF)

さらに、従来の強磁場発生装置である超伝導電磁石と比較すると、磁場発生部分で体積25万分の1、重量2万分の1と大幅な小型軽量化を実現できたとするほか、超伝導電磁石の冷却のための冷凍機の小型化も可能となり、コストも、1000万円前後の超伝導磁石から、100円未満の小型磁石に代替することが可能となるため大幅に下げることが期待されるようになるともしている。

  • 量子抵抗標準素子

    (左)小型磁石を用いる新型量子抵抗標準素子。(右)従来必要だった強磁場発生装置との比較 (出所:プレスリリースPDF)

加えて、小型磁石の活用により磁場が漏れる範囲もセンチメートルオーダーとなるため、周囲の実験環境への影響もほとんどなくなることもメリットとなるという。

なお研究チームでは今後、さらに品質改善に取り組み、利便性・信頼性の向上を目指すとするほか、多くのユーザーにも利用してもらえるよう、今回の新型抵抗標準素子を搭載することで、小型軽量化した精密電気計測装置などの開発にも取り組む予定としている。