東京農工大学(農工大)は10月21日、遷移金属のコバルト(Co)を積層したシリコン(Si)光導波路(Siプラズモニック導波路)に光が到達し、吸収された光が発熱する際の温度上昇を金属の抵抗の変化を測定することにより明らかにし、それを活用した局所加熱ヒーターの開発に成功したことを発表した。

同成果は、農工大大学院 工学府 電気電子工学専攻の太田那菜大学院生(卓越大学院所属)、同・大学院工学府 産業技術専攻の宮内智弘大学院生(2021年3月専門職修士過程修了)、同・大学院工学研究院 先端電気電子部門の清水大雅准教授らの研究チームによるもの。詳細は、センサーの科学と技術を扱うオープンアクセスジャーナル「Sensors」に掲載された。

半導体のプロセス微細化の物理限界同様、金属配線を用いたデータの伝送速度は限界に近付きつつあると考えられており、さらなる高速化のために配線の光化を可能とする光配線や光集積回路の実現が求められている。

しかし現状では、光信号のon/offを切り替えるために電気信号が必要であるほか、メモリ素子を光回路で実現できておらず、かつ小型光素子も実現できていないといった課題などがある。

こうした課題の解決に向け、電気信号を用いる代わりに、光信号が光回路と金属の界面で吸収される際の発熱と温度上昇によって光信号のon/offを切り替えたり、材料の状態を変更したりする手法が提案されているが、発熱領域がおよそ1μm四方と小さいため、発熱と温度上昇を正確に測定することが困難だったという。

そこで今回の研究においては、SOI基板の上に幅0.4μm、高さ0.25μmの微細な構造を長さ3.5mmにわたって形成。SiとSiO2や空気からなる光導波路を作製し、その中央部分に長さ8μmにわたって厚さ0.2μmのCo金属を製膜することで、Siプラズモニック導波路を作ったという。

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    SOI基板上に作製されたヒーターの概要 (出所:農工大Webサイト)

Co金属の両側に電気抵抗を測定するための電極を形成、光導波路に波長1.55μmのレーザーを入射し、電気抵抗の変化から温度上昇を見積もったところ、Coの電気抵抗の変化が入力したレーザーの強度の変化に比例して大きくなることが観測されたという。

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    (左)Si光導波路の一部にCoと電気抵抗を測定するための電極が形成されたヒーターの光学顕微鏡画像。スケールバーは500μm。(右)Si光導波路に沿って8μmの長さにわたってCoが形成された発熱領域の光学顕微鏡画像。スケールバーは10μm (出所:農工大Webサイト)

実験に先立って測定されたCoの電気抵抗の温度依存性を考慮し、Co金属が製膜されたSi光導波路部分の局所的な温度は、レーザー光の強度が6.3mWのときに243℃となることが判明。これまでの研究と比較して、温度上昇を正確に見積もることができたとするほか、この243℃という温度は、光ディスクに用いられる相変化材料や、光磁気ディスクにおいて情報を書き込む際に必要とされる温度を超えるものだという。

なお研究チームでは今後、Siを伝搬する光がCoに到達したときの相互作用をより大きくすることで、光熱変換効率の向上とさらなる小型化(1μm以下)、より高い温度への昇温と高密度化を目指すとしているほか、昇温・降温速度を評価することで、高速動作に適した素子構造を実現していくとしている。電気信号によらずに光信号の強弱を制御する光スイッチや、強磁性金属や相変化材料などを加熱し、光信号を記憶するメモリの実現を目標としているほか、AI、バイオテクノロジー、化学などさまざまな分野との協業により、書き換え可能な光演算回路への搭載とAIチップへの応用、化学実験用の「lab-on-a-chip」における加熱機構の付加や、オンチップ光センサーへの応用を目指すもとしている。