東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は12月18日、電波望遠鏡を用いて、天の川銀河内の強い磁場を持った中性子星ふたつと、約5億個の中性子星があるとされる天の川銀河中心をターゲットとして、ダークマター候補のひとつとされている未発見の粒子「アクシオン」の質量に対応する電波の調査を実施したことを発表した。収集されたデータを解析した結果、アクシオンがダークマターである証拠となる信号は確認されなかったものの、今後の探索につながるアクシオンの質量範囲に強い制限を与えることができたとした。

同成果は、Kavli IPMUのオスカー・マシアス特任研究員を含む国際共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会が刊行する学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

全宇宙の全エネルギーの内訳は、まず宇宙を膨張させる未知の(仮想的な)エネルギーであるダークエネルギーが約75%も占めている。残りの約25%のうち、我々ヒトや星々など、人類の技術で検知し得る通常の物質はわずかに約4%しかなく、残りの20%強はこれまた未知の素粒子であるダークマターが占めている。

ダークマターは通常物質とは重力で相互作用し、間接的な証拠は増えつつあるものの、1933年にフリッツ・ツビッキーが「ミッシングマス」として仮定して以来(最初はダークマターとは呼ばれていなかった)、今もって直接的に観測されておらず、どのような電磁波・光でも観測不可能な未知の物質である。

ダークマターは謎多き存在ではあるが、現在ではその存在がなければ、恒星や銀河が誕生することができなかったと考えられるようになっている。つまりはヒトも誕生し得なかったことから、宇宙が今日のような形になるのに非常に重要な存在ということになる。

そのようなダークマターを、日本を初め世界中で、実験と理論の両面から直接的な存在の証拠をとらえようと研究が進められている。その結果としてダークマターの有力候補のひとつとして考えられるようになってきたのが、未知の素粒子であるアクシオンだ。

アクシオンはもともとダークマターの正体として考え出された仮想の素粒子ではない。「強いCP問題」と呼ばれる観測と理論が矛盾する問題を解決する粒子として、存在が予言されたものである。ちなみにCP対称性の“C”とは、粒子と反粒子の電荷(Charge)を入れ替える「C対称性」を表す。そして“P”とは、鏡写しのように空間の方向を反転させる「P対称性」(Pは日本語で“偶奇性”を示すParityの頭文字)のことである。

対称性が保たれているとは、変換を行っても物理法則が変換前と同様に成り立つことを示す。つまりCP対称性の破れとは、ある粒子の物理法則と鏡の中の反粒子の物理法則が異なることを示しているのである。

  • アクシオン

    メソン粒子に対するCP対称操作を示した模式図。CP対称性の破れは、元の状態(左上)とCP変換された状態(右下)との物理法則が異なることを示す (c) Kavli IPMU (出所:Kavli IPMU Webサイト)

素粒子標準理論は、自然の4つの基本的な力のうち重力を除く3つの力、電磁気力、弱い力、強い力の3つを説明し、素粒子とその振る舞いを記述する内容だ。この理論では、弱い力と強い力の両方においてCP対称性の破れが起きるとされている。しかし、現時点でCP対称性の破れは弱い力のみでしか観測されていない。

アクシオンが考案されたのは、今から40年以上も昔、1977年まで遡る。同年、素粒子物理学者のロベルト・ペチャイ氏とヘレン・クイン氏は、強い力におけるCP対称性の破れの項を抑制し、理論と観測とを一致させ矛盾を解決する新しい対称性を仮定する「ペチャイ-クイン機構」を提唱した。

その直後に、フランク・ウィルチェック氏(2004年ノーベル物理学賞受賞者)とスティーブン・ワインバーグ氏(1979年ノーベル物理学賞受賞者)が、ペチャイ-クイン機構のメカニズムがまったく新しい粒子を生み出すということを発見。そしてウィルチェック氏は、強いCP問題を“綺麗にする”特徴を持つということで、当時人気のあった食器用洗剤の名前にちなみ、最終的にこの新しい仮想粒子をアクシオンと呼ぶことにしたという逸話がある。

アクシオンは非常に軽くて数が多く、電荷を持たない粒子である必要があり、結果としてその特徴がそのままダークマターの有力な候補のひとつと考えられる理由にもなっている。

ダークマターは今のところとらえどころのない物質だが、もしダークマターの正体がアクシオンであった場合、条件を整えれば検出できる可能性がある。理論物理学者のピエール・シキビー氏が1983年にアクシオンの特性として明らかにしたのが、電磁場が存在する場合、アクシオンが容易に検出可能な光子へと自発的に変換される場合があるということだ。

ということは、どれだけ強い電磁場を作り出せるかという話になるが、宇宙に目をやれば、驚異的な強さを持った磁石天体「マグネター」がある。マグネターは中性子星の一種で、宇宙最強の磁場を有する。地球の地磁気が約50μTで、磁場が強力であることで知られる太陽の黒点が約0.1Tだが、マグネターは100億~1000億Tにも達する。加えて、中性子星の質量は非常に重いため、大量のアクシオンを引き付けている可能性もあるという。

そこで物理学者たちが近年提案しているのが、マグネターのような強磁場の中性子星の周辺領域でアクシオンからのシグナルを探索するということだ。今回の国際共同研究チームの観測もまさにそれを実践したもので、米・グリーンバンク望遠鏡と独・エフェルスベルク望遠鏡というふたつの電波望遠鏡を用いて、アクシオンからのシグナル探索が行われた。

  • アクシオン

    米国東部のウェストバージニア州にあるロバート・C・バード・グリーンバンク望遠鏡。アンテナの直径は100m (c) GBO/AUI/NSF (出所:Kavli IPMU Webサイト)

今回の探索でターゲットとされたのは、太陽系の比較的近傍で強い磁場を持っていることが知られているふたつ中性子星「RX J0720.4-3125」と「RX J0806.4-4123」だ(これらはマグネターに分類されているわけではない)。それらに加え、5億個もの中性子星が存在していると推定されている天の川銀河の中心部も探索が行われた。探索では5~11μeVのアクシオン質量に対応するとされる1GHzの領域の周波数がサンプリングされ、解析が実施された。

結果として今回の観測では、アクシオンからのものと思われるシグナルは発見されなかったという。しかし、そのことによって数μeVの質量のアクシオンについては、これまでで最も強い制限を課すことができたとした。なお、今回シグナルが発見されなかったからといって、アクシオンが存在しないというわけではない。国際共同研究チームは今後、さらなる探索と解析により、ダークマター候補とされるアクシオンの手がかりを得られる可能性があるとしている。