高エネルギー加速器研究機構(KEK)と、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は11月24日、欧州宇宙機関(ESA)のプランク衛星による「宇宙マイクロ波背景放射」(CMB)の偏光観測データを用いて、宇宙を記述する物理法則が「パリティ対称性」を破っている兆候を、99.2%の確からしさで観測したと共同で発表した。

同成果は、KEK素粒子原子核研究所の南雄人博士研究員と、Kavli IPMUの小松英一郎主任研究者(独・マックス・プランク宇宙物理学研究所所長兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学専門誌「Physical Review Letters」に掲載された。

我々の天の川銀河には1000億とも2000億ともいわれる恒星があり、この宇宙には、そうした銀河が1000億はあるとされ、実に膨大である。しかし、我々人類を含め、こうした全宇宙に存在する膨大な物質は、全宇宙のエネルギーの中で占める割合としてはわずか4%程度だという。残りは“得体の知れない”ダークマターとダークエネルギーが占める。前者が約22%、後者が約74%で、合計すれば約96%と、圧倒的な割合だ。しかし、現時点でどちらも正体はわかっていない。

これらの正体を明らかにするには、「パリティ対称性を破る」新しい物理の探索が有力な手法だという。「パリティ対称性を破る」とは、鏡に映したように空間座標を反転させても変わらない現象のことを「パリティ対称の物理現象」という。つまり、パリティ対称性を破るとは、空間座標を反転させた場合に物理現象が変化するようにしてしまうことである。

ダークマターやダークエネルギーが、CMBの光の波とパリティ対称性を破る相互作用をしているとすると、CMBの偏光にその情報が刻まれ、偏光面の回転として観測されると考えられている。ちなみにCMBとは、宇宙誕生直後の火の玉状態だったときの宇宙の残光のことだ。つまりCMBとは光(電磁波)であり、その波の振動方向にわずかに偏りがあるのである。その偏りを偏光と呼び、偏りの方向は偏光面という。

CMBの偏光の信号は非常に微弱なため、これまではCMBを観測する検出器の回転を較正する際の不確かさによって見えなくなっていたという。そこで共同研究チームは、天の川銀河内の塵が放つ別の光に注目した。

天の川銀河内の塵が放射する光が地球に届くまでの距離は、光速でCMBの光が約138億年かけて地球に届く距離と比べてはるかに短く、光の偏光面はほぼ回転しない。つまり、偏光面の回転はCMBの光のみで見られるのである。一方、検出器自体の回転の度合いは天の川銀河内の塵が放つ光と、CMBの光の両方で見られるという違いがある。

共同研究チームは2019年に、この両者の光の見え方の差を利用することで偏光面の回転を測定する、画期的な手法を開発。この新しい手法は、これから行うCMBの観測だけでなく、これまでに実施したCMBの観測データでもパリティ対称性の破れを観測することを可能にした点も革新的である。

そこで共同研究チームは今回、この新手法をプランク衛星で観測されたCMBの偏光データにも適用。検出器の較正精度を2倍に向上させることに成功したという。これにより、パリティ対称性の破れの兆候を99.2%の確からしさで観測したとした。

99.2%という数字は一般的な感覚からするとほぼ100%といっていいが、物理学においては実はこれのレベルだと新たな発見をしたとは認められない。99.99995%以上の確からしさとなって初めて、発見と認められるのだ。今回観測されたパリティ対称性の破れの兆候が、今後の検証により99.99995%以上の確からしさで発見されれば、暗黒物質や暗黒エネルギーがパリティ対称性を破る相互作用を行っている証拠となるという。

例えば、新しい素粒子の候補である「アクシオン」はパリティ対称性を破り、ダークマターとダークエネルギーの候補として注目されている。アクシオンは地上の素粒子実験でも探索されているが、ダークエネルギーとして振舞うような小さい質量のものは宇宙観測によってしか検証ができないため、CMB観測への期待はより一層高まるとする。今後、KEKやKavli IPMUなどが参加するCMBの地上観測計画サイモンズアレイ(Simons Array)や第4世代のCMB 専用衛星ライトバード(LiteBIRD)によっても検証が期待できるとしている。

  • 宇宙マイクロ波背景放射

    138億年前に放射された宇宙マイクロ波背景放射(図中の左の円)の光の波(オレンジの波線)が、振動方向である偏光面がダークマターおよびダークエネルギーとの相互作用によってベータ(β)度だけ回転し、現在観測される光(図中右の円)になっている。回転により、偏光のパターン(円の中の黒線で描かれたふたつの模様)が変形して観測される。図中のふたつの円で描かれている色ムラは、宇宙マイクロ波背景放射の温度のムラ(温度ゆらぎ)が表されており、赤いほど高温に、青いほど低温になっている (c) Y. Minami/KEK (出所:2者共同プレスリリースPDF)