米国半導体企業のM&Aや資金調達などに助言をしているコンサルティング企業の米Semiconductor Advisorsの創業者社長であるRobert Maire氏が、2020年8月下旬にオンライン開催されたSEMI主催の半導体製造に関する国際技術会議「Advanced Semiconductor Manufacturing Conference 2020(ASMC 2020)」で基調講演に登壇し、「中国半導体産業は米国を追い抜くのだろうか? Intelのファブライト化は(米国半導体製造業の)終わりの始まりか?」という刺激的なテーマで、米国半導体産業が中国に後れを取らぬように、辛口の自論を展開した。

なお、本稿では基調講演での同氏の発言を紹介するが、同氏の今回の発言は、あくまでも米国側からの見方である点に留意する必要がある。

  • ASMC 2020

    Robert Maire氏のASMC 2020基調講演のタイトル (筆者によるスクリーンショット)

自らの首を絞めるためのロープを中国に売る米国

まず、中国の現状について、Maire氏は以下のような見解を示した。

  • 中国は、世界の6割の半導体を消費する世界最大の半導体市場だが、中国内では15%しか製造されていない。このため、中国は半導体の自給自足を急ぎ、「中国製造2025」実現のために1000億ドル規模の投資をしている。
  • 米国とは異なり、中国政府と中国半導体業界は一体化している。
  • 米国は半導体はじめハイテク技術の米国の優位性を保ちたいとの思いからHuaweiにさまざまな制裁を課そうとしている。
  • 米国は中国への技術の販売制限について議論を重ねてきたが、Huawei向けなど一部を除き、実際に制限することに成功していない。
  • 中国は世界最大の半導体製造装置販売先になろうとしている。米国は、中国企業への米国製半導体製造装置の販売を禁止しておらず、これでは、いわば米国の首を絞めるロープを中国に販売しているようなものだ。
  • 香港の現状を見ればわかるように、中国は台湾についても一国一制度の方針のもとに統一を狙っている。TSMCを手中に収められれば、中国半導体はトップに躍り出られると思っているだろう。逆に、台湾政府やTSMCはそのようなことが起きないように米国に接近している。

Intelが生き残る道はファブライト化

また、Maire氏はIntelの現状については以下のような見解を述べている。

  • Intelは10nmおよび7nmプロセス・デバイス開発での失敗を認めている。その失敗は早晩回復できそうにはない。
  • Intelは、TSMCの協力を得てファブライトになろうとしている。これが現状、顧客に満足を与える唯一の解であり、ムーアの法則を維持する解ともなる。
  • Intelの失策に比べ、TSMCの微細化計画は順調である。SamsungもIntel同様トラブルを抱えているようでTSMCに後れをとっている。SMICは何とかトップグループにキャッチアップしようと巨額の補助金が投じられている。

米国政府の補助金、200億ドル規模では焼け石に水

米国政府が進めようとしている米国内における半導体製造強化策については、Maire氏は以下のような厳しい見解を示している。

  • 米軍は、軍事力や通信力、機密情報収集力で世界に優位性を誇っているが、それを支えているのが半導体技術である。だから、米国は、国家安全保障のために半導体で優位性を確保しようとしている。
  • 現在議会で200億ドル規模の米国半導体強化法案やTSMCのアリゾナ工場建設投資などを審議しているが、この程度の額はいわば「丸め誤差」に過ぎないほど少額である。米国が中国に追い抜かれないためにはもっと巨額の半導体投資が必要である。
  • 米国は、半導体人口、半導体教育、半導体R&D資金に関して改善を要する。

中国への半導体製造装置禁輸措置は米国以外の国との協力が必要

さらに同氏は中国への米国技術輸出に関して、以下のような過激な見解を示ている。

  • 米国技術の中国移転は制限されておらず、今も行われている。中国勢による技術窃盗も行われている。
  • 米国は、ASMLの中国への販売を止めることに成功したが、Applied Materials、Lam Research、KLA、それに日本勢の東京エレクトロン(TEL)などの半導体製造装置の中国への輸出は止められていない。
  • このような中国への技術供与は(JHICCを除き)今も制限なく行われている。米国は日本や韓国やオランダなどの友好国と協力して半導体装置輸出を止める必要がある。
  • 半導体設計ツールも同様である。このままでは、半導体製造に次いで半導体設計までも中国に主導権を握られる可能性がでてくる。
  • EDAツールの中国への輸出が継続されていることも問題である。EDAツールは半導体製造装置に比べればコピーや盗用が容易である。Huaweiの子会社であるHiSiliconはすでに世界レベルの設計力を保持しており、米国ファブレスにとって脅威である。

なお、Maire氏はこうした持論を展開した後、結論として以下のようなことをすれば、米国の半導体産業における転落速度を少なからず遅くすることができるとしている。

  • 米国は、今からでも巨額な半導体投資を進めれば、将来にわたって半導体における優位性を完全に失うことを防ぐ、もしくは遅延することができるかもしれない。しかし、すでに消え去った優位性を回復することは困難か不可能である。
  • 今話題になっているファウンドリはもちろんのこと、ロジックやメモリへの補助金も必要である。
  • 米国は利益を上げることより国家安全保障やリーダーシップを重視して判断を下すべきである。
  • 米国にとっての半導体産業は石油や鉄鋼、医薬品などの米国がこれまでポジションを失ってきた産業よりも重要である。しかし、半導体業界だけで中国に対する優位性を確保し続けることは困難であり、それを確保し続けるためには、政府や自治体などによる補助金など、インセンティブによる支援が必須である。