宇宙航空研究開発機構(JAXA)は12月19日、小惑星探査機「はやぶさ2」に関する記者説明会を開催し、先日終了した小惑星近傍での運用について総括した。今回の説明会には、開発メーカーとして運用を支えたNEC側の関係者も出席。ほぼ完璧といえる成功の裏側には、両者の密接な連携があったことを明らかにした。

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    NECの大島武プロジェクトマネージャ(左)と益田哲也システムマネージャ(右)

宇宙探査におけるメーカーの役割とは?

はやぶさ2は小惑星リュウグウに対し、合計18回の降下を実施した。安全に着陸できる平坦な場所がほとんど無く、計画は様々な変更を余儀なくされたものの、2回のタッチダウンと人工クレーターの生成に成功。ローバーはすべて投下し、計画にはなかった周回ミッションまで行うことができた。

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    降下運用の計画(上)と実績(下)。赤色は着陸や投下の本番、黄色は準備やリハーサルだ (C)JAXA

一方、事前に計画していた降下回数は17回だった。降下運用は探査機の燃料を消費するため、大幅に増やすことは難しい。24時間運用となるので、人的なリソースの制約もあった。JAXAの津田雄一プロジェクトマネージャは、「想定外の環境に対処しつつ、事前の計画の範囲内で運用できた」と全体を総括した。

はやぶさ2は工学的に、7つの世界初を達成した。ローバーによる小惑星表面の移動探査、着陸精度60cmの実現、人工クレーターの作成など、1つ1つについて詳しくは過去の記事たちを参照して欲しいが、津田プロマネは「科学的成果はどんどん出てきている。工学的にも、当初の想定を超えて成果が上げられた」と評価した。

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  • はやぶさ2の工学的成果。7つもの世界初を達成した (C)JAXA

はやぶさ2はJAXAの探査機だが、JAXAと協議しつつ、実際に手を動かして作ったのはメーカーのNECである。しかしメーカーの仕事は、探査機を作るだけではない。打ち上げ後の運用にも大きく関わっている。探査機の隅々まで熟知しているのはメーカーだ。メーカーの存在無しには、プロジェクトの成功は考えられなかっただろう。

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    NECは運用を支援。管制室内にも、NECの関係者の姿が見える(黄色の円)

JAXAとNECには、明確な役割分担がある。JAXAの佐伯孝尚プロジェクトエンジニアは、「両者は得意とするところが違う。JAXAは大局的に見て計画を進める。NECは緻密・厳格にそれを実際の運用に落とし込む」とコメント。密な検討体制を構築し、やりとりしたメールは約8,000通にもなったという。

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    ドキュメント管理、スケジュール管理などで、JAXAとNECの役割は全く異なる (C)JAXA

NECとの協業の例として佐伯氏が紹介したのは、第1回タッチダウンに向けた検討を進めていたときのエピソードだ。JAXAは2018年8月、着陸候補地点を「L08」に絞ったものの、平坦な広い場所が無く、どうしたら安全確実に着陸できるか方法を模索。方針が二転三転し、タッチダウンの延期を余儀なくされていた。

参考:はやぶさ2のサンプル採取は成功するか? 立ちはだかるのはリュウグウの岩塊

最終的に、LRFの使い方を変え、地面の傾斜を測定しない方法にしたのだが、JAXAがこの手法を思いついてNEC側に提案したのは同年末の12月27日だったという。NECはすぐに検討を開始、年末年始を返上してシミュレーション等を行った結果、実現できる見通しが立ち、翌年1月7日に方針が決まった。

参考:はやぶさ2のタッチダウン精度はついに±3mの領域へ、どうやって実現する?

JAXA/NECのタッグにより偉業を達成

佐伯氏は「JAXAから出した提案はかなりの割合で却下される」と笑うが、「我々は大胆に、NECは冷静・慎重に。両者の役割がうまくいった」と評価。津田プロマネは、「そのときまで答えが全く見えていなかった。"最後の一手"として出した提案に、年明けすぐに答えが返ってきたのが大きな転換点だった」振り返った。

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    第1回タッチダウンは、大胆に方針転換して実現。しかし、それまでの道程は苦難を極めた (C)JAXA

この最終案に辿り着くまで、JAXAとNECはいくつもの手法を検討。当初、LRFで地表の凹凸全てを検知して、安全性を強化する方法を考えたが、難しいことが分かった。次は、複数のターゲットマーカーを使う方式を検討したものの、これもダメだった。まさに、後が無い状態での最後の一手だったのだ。

津田プロマネは、「こういうことができたのは、NECが臨機応変に、我々の提案に対し、真摯に対応してくれたから」とコメント。「NECからの提案もたくさんあった。探査機の制約を厳密に守り、できないことはできないと、一方で、当初計画になくても、できることはできると。そういう柔軟な対応が有り難かった」と感謝した。

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    笑顔の多い説明会だった。JAXA/NECの良好な信頼関係が良く分かる

今回の説明会に、NEC側からは、大島武プロジェクトマネージャと益田哲也システムマネージャが出席していた。はやぶさ2のような探査機のニュースでは、JAXA側の担当者や科学者の姿を見ることは多いが、メーカーの担当者が表に出てくることはあまりない。まさに縁の下の力持ちと言える。

重要な役割の1つは、徹底した文書管理だ。運用計画を元にNECが作成した運用手順書は、第1回タッチダウンに関するものだけで、なんと8万行以上。降下運用全体では、120万行以上にもなるという。これは1回作って終わりというものではなく、運用計画が変更されれば、そのたびに手順書も修正が必要となる。気が遠くなるような作業だ。

多大な労力を費やして、膨大な量の書類を作るのは、一見すると、単なるお役所仕事に思えてしまう。しかし、ミスをしないためには、文書化を徹底した上で、JAXA/NECの両者による確実なレビューが欠かせない。属人的になりがちなノウハウを、可能な限り文書として残しておくことは、次世代への知識の継承の上でも重要だろう。

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    地味なため一般には注目されにくいが、文書化は非常に重要である

初号機では、大島プロマネはシステムマネージャとして関わっており、「弾丸を発射できなかったことが心のどこかにひっかかって13年間をすごしてきた」という。第1回タッチダウンの成功時は突然"スイッチ"が入ったとのことで、男泣き。自身にも自覚は無かったらしく、「自分にもこんな機能があったのか」と驚いたそうだ。

1回成功したことで、その後、再度タッチダウンに挑むのか議論にもなった。大島プロマネは「地下物質が得られるかもしれないという期待もあったのだろうが、それ以上に、科学者が技術者を信頼し、第2回に臨みたいと言ってくれたことがすごく嬉しかった」と振り返り、笑顔を見せた。

イオンエンジンは順調に運転中

最後に、はやぶさ2の現状と、今後の運用に関する報告も行われた。

はやぶさ2は12月3日より、イオンエンジン3台による運転を開始し、地球帰還巡航運用がスタート。同14日からは、台数を2台に減らして運転を続けている。事前に実施した試運転では、心配していたトラブルもなく、スラスタの健全性を確認できたそうだ。

帰還フェーズのイオンエンジンの運転は、2回に分けて実施する計画だ。第1期は、2019年12月3日~2020年2月初旬。運転時間は約600時間で、総加速量は約100m/sとなる。第2期は同5月~9月に実施。運転時間は約1,900時間と第1期の3倍ほど長く、総加速量約150m/sとなる見込みだ。

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    帰還フェーズの軌道。第2期は太陽から遠くなるため、使用スラスタは1台→2台となる (C)JAXA

そこでイオンエンジンの運転は終了し、同10月からはリエントリ精密誘導期間となる。再突入カプセルを地上の狙った場所に落とすため、化学推進を使って探査機を正確に誘導する予定だ。初号機と違い、はやぶさ2本体は再突入せず、地球を避けることになるが、その後の延長ミッションの計画は今のところ未定となっている。