宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月19日、金星探査機「あかつき」に関する記者説明会を開催し、最新の観測成果について紹介した。あかつきは金星の周回軌道に投入されてから、ほぼ4年が経過。観測データを順調に積み上げ、金星最大の謎であるスーパーローテーション現象の解明に向け、解析が進みつつある。

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    左から、JAXA宇宙科学研究所の佐藤毅彦教授、あかつきプロジェクトマネージャの中村正人教授、東京大学大学院の今村剛教授、ベルリン工科大学のリー・ヨンジュ研究員、産業技術総合研究所の神山徹主任研究員

あかつきの観測により、今回明らかになったのは2件。「アルベド(反射率)」の10年スケールの長期変動と、熱潮汐波の全球構造だ。シミュレーション結果と合わない観測結果も見つかっており、数値計算モデルの見直しが必要となるが、こうした作業を地道に繰り返し、ゴール(=スーパーローテーションの解明)への到達を目指している。

紫外線のアルベドは2倍も変化

アルベドについて発表したのは、ベルリン工科大学のリー・ヨンジュ研究員。これまで、波長365nm(紫外線)におけるアルベドについては、複数の探査機/衛星で観測が行われていたものの、観測装置が異なるため、比較することが難しかった。そのため、10年スケールの長期的な変化については、良く分かっていなかったという。

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    波長365nmでの観測はこれまでも行われていた (C)PLANET-C Project Team

金星では、硫酸の雲が紫外線を強く反射している。金星を紫外線で見ると、この反射で明るく光っているわけだが、暗い縞模様のところには、紫外線の吸収物質があると考えられる。この吸収物質が何であるかはまだ分かっていないものの、太陽光による加熱の30~60%程度は、この未知の吸収物質によるものと推測される。

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    吸収物質が何かはまだ特定できていない (C)PLANET-C Project Team

リー研究員らは、観測装置の感度をチェックするために行われていた恒星観測に注目。このデータを基準にするなどして、各探査機/衛星の観測データをうまく繋ぎ合わせることに成功した。特に、欧州のVenus Expressは2006年から2014年までの連続データがあり、2015年から周回観測しているあかつきのデータと合わせると、長期変動が見えやすい。

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    今回は、これらの探査機/衛星の観測データを使用 (C)PLANET-C Project Team

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    データを比較すると、長期変動が見えてくる (C)PLANET-C Project Team

その結果、2011年には低かったアルベドが、2016年~2017年にかけて増加していることが分かった。アルベドが高いと、大気の加熱は小さい。逆に、アルベドが低いと、大気の加熱は大きい。高いときと低いときでは、1日あたりの加熱量が、高度65km前後で2倍ほど変化。これが、風の強弱の変化も引き起こしている可能性があるという。

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    アルベドの高低により、加熱は大幅に変わる (C)PLANET-C Project Team

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    アルベドの高低と風の強弱には強い相関がある (C)PLANET-C Project Team

なお、アルベドが変化する理由については、まだ分かっていない。太陽活動など外部要因のほか、SO2ガスの総量という内部要因も考えられており、決着は付いていないそうだ。リー研究員は、「さらに詳しく調べるために、水星探査機ベピコロンボの金星フライバイといった機会も活かしながら観測を続けたい」と述べた。

中間赤外で夜側の様子も明らかに

熱潮汐波の全球構造について発表したのは、産業技術総合研究所の神山徹主任研究員。熱潮汐波というのは、太陽光による加熱が引き起こす「大気の潮汐」のこと。"潮汐"という漢字を見ると、一般的には潮の満ち引きをイメージするだろうが、海面の現象に限定した用語ではなく、大気の現象についても同じように潮汐と呼ばれている。

熱潮汐波は、大気が自転の60倍も速く回転するスーパーローテーションの生成メカニズムとして、有力視されている。雲層で生じた熱潮汐波が大気の上下方向に伝わるとき、太陽の動きと連動した向きに運動量を輸送。雲層はその反作用で、太陽と逆向きに大気が加速される。これが推測される仕組みだ。

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    熱潮汐波のパターンは、太陽の動きに連動する (C)JAXA

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    推測される大気加速のメカニズム (C)JAXA、京都産業大学

このように熱潮汐波の観測が非常に重要となるが、紫外線などでは、昼側の様子しか分からないという問題があった。そこで、あかつきの中間赤外カメラ(LIR)を活用。中間赤外線は、熱を持つ物質が自ら放射するものなので、夜側であっても観測が可能だ。研究チームはこれにより、世界で初めて、熱潮汐波の全球構造を明らかにした。

さらに、熱潮汐波の成分を詳細に調べると、1日周期の波と、半日周期の波の合成になっていることも分かった。両者の構造は大きく異なるが、この半日潮汐波の方が、大気を加速していることを示唆しているという。

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    観測で明らかになった熱潮汐波のパターン (C)JAXA、産総研、立教大、北海道情報大、北大、東大、岡山大、東邦大

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    1日潮汐と半日潮汐に分離。構造は大きく違う (C)JAXA、産総研、立教大、北海道情報大、北大、東大、岡山大、東邦大

また温度だけでなく、風速についても調べた。従来、LIRの画像はノイズが大きく、雲の模様まで見ることは難しいと考えられていた。しかし今回、多数の画像を重ね合わせ処理する手法により、雲の可視化に成功。これにより、昼側だけでなく、夜側の雲の動きまで見られるようになった。

スーパーローテーションによる東西方向の動きを消し、南北方向の動きに注目した場合、昼側ではこれまで、赤道から高緯度へ向かう流れが確認されていた。夜側では今回、それとは逆に、高緯度から赤道へ向かう流れを観測。これは理論的には予想されていたものの、観測されたのは今回が初めてだという。

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    画像を重ね合わせることで、ノイズが小さくなった (C)JAXA、産総研、立教大、北海道情報大、北大、東大、岡山大、東邦大

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    夜側での雲の動きは、昼側とは逆向きだった (C)JAXA、産総研、立教大、北海道情報大、北大、東大、岡山大、東邦大

ところで、この複数画像を重ね合わせてノイズを消す手法は、学生が発案したアイデアだったとか。神山研究員は、「研究者は1枚1枚の画像を見る習慣しか無かった。5年間データを見ていて、ずっと欲しいと思っていたデータが、学生の柔軟な発想で実現できた」と喜んだ。

ただ、今回の観測データは、シミュレーション結果と大きく異なるものだった。風速場は一致しているものの、温度場については、暖かいところと冷たいところが正反対。これは、数値計算モデルに正確なメカニズムが入っていないことを意味しており、今後、観測結果に合うよう、改善していく必要があるだろう。

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    観測データ(左)とシミュレーション結果(右)の比較 (C)JAXA、産総研、立教大、北海道情報大、北大、東大、岡山大、東邦大

あかつきはいつまで運用できるのか

あかつきはすでに、打ち上げから9年半が経過。最初の金星周回軌道への投入に失敗したため、当初の想定以上の長期ミッションとなっているが、気になるのは今後、あかつきがいつまで運用できるのかということだろう。

中村正人プロジェクトマネージャ(JAXA宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 教授)によれば、「2020年度末までは運用可能」だという。あかつきの燃料の残量はあと1kg程度。姿勢制御用(リアクションホイールのアンローディング)に毎月30g消費するほか、2020年度には軌道制御を行う必要があり、これに200g程度使用する予定だ。

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    あかつきの運用状況。観測データは、DARTSで公開されている (C)JAXA

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    探査機の寿命を決めるのは日陰と燃料。ギリギリの運用が続く (C)JAXA

ただ、自動車のガソリンがいつ切れるか正確に予測するのが難しいように、あかつきの燃料の残量にも不確定性がある。2020年度末より早く無くなる可能性もあるし、もっと長く使える可能性もある。2021年度以降、さらにミッションを延長できるかどうかは、そのときの状況次第だろう。