慶應義塾大学は、銅に音波を注入することによって電子の持つ磁気の流れ「スピン流」を生み出すことに成功したと発表した。

図(a)SAWフィルター素子の構造 (b)レイリー波による交流スピン流生成 (c)交流スピン流による磁気量の変化とレイリー波振幅の減衰 (d)磁気量変化の発生によるレイリー波の振幅減衰量(出所:慶應義塾大学プレスリリース)

同研究は、慶應義塾大学大学院理工学研究科の小林大眞氏、理工学部の吉川智英氏、能崎幸雄 教授、東北大学金属材料研究所の井口亮 助教(現 物質・材料研究機構研究員)、齊藤英治 教授、日本原子力研究開発機構先端基礎研究センターの松尾衛 研究員(現 東北大学材料科学高等研究所研究員)、前川禎通 センター長らの共同研究によるもので、同研究成果は、米国時間8月16日付けで米国物理学会誌「Physical Review Letters」にオンライン掲載された。

電子は、電気と磁気の2つの性質を持ち、磁気の起源は「スピン」と呼ばれる電子の自転運動である。約100年前、室温で強い磁気を持つ物質において、ミクロな角運動量である電子のスピンが力学的な回転運動(マクロな角運動量)と互いに変換可能であると実験的に検証されたが、最先端の高速化移転技術でも、極めて微弱な効果しか得られなかった。これに対し松尾研究員らは、室温で磁気を持たない銅やアルミニウムなどの金属でも、マクロな角運動量を与えることにより、金属中に電子のスピンの方向が揃った状態(スピン蓄積状態)を作ることができる理論を発表した。

スピン蓄積は、自転方向の揃った磁気の流れ「スピン流」の源で、スピン流を流す際に発生する熱量は電流よりもはるかに小さく、省電力デバイスへの応用が精力的に進められている。しかし、音波によって金属原子に与えられる回転は、空間的に不均一で時間的に回転方向が変動し、音波によって作られるスピン流も同様に空間的に不均一で向きも時間振動するため、検出が難しく、これまで実験的な検証が行われてこなかった。

今回、同研究グループは、1秒間に10億回以上の速さで原子が回転するレイリー波と呼ばれる音波を銅に注入することによって、スピンの方向が周期的に変化する「交流スピン流」を生み出し、磁石の磁気量を大きく変化させることに成功した。また、磁場を用いてレイリー波と磁気量の変化の周波数を一致させたとき、レイリー波の振幅が大きく変化する現象を発見した。この現象は、銅を取り除いたり、銅とニッケル・鉄合金の間にスピン流を通さない酸化シリコンを挟むと、ほとんど消失するという。これらは、理論通り、レイリー波が銅に交流スピン流を作ることと、生成された交流スピン流が銅に貼り付けられたニッケル・鉄合金の中の磁気量を激しく変化させることを証明する決定的な実験結果である。さらに、銅を厚くすることにより、磁気量の変化を簡単に増加できるため、同技術がデバイス応用の観点から極めて有望であるということだ。

今回、交流スピン流の生成に用いたSAWフィルター素子は、スマートフォンなどの携帯情報通信端末に広く搭載されている。同研究で実証された新しいスピン流生成法により、このSAWフィルター素子を用いてスピン流を生成し、携帯端末内で情報記録やデジタル情報処理を行う磁気デバイスの機能動作を省電力に制御できる可能性があるという。また、従来のスピン流生成法とは異なり、磁石や貴金属を必要としないため、磁気デバイスの高性能化・省電力化だけでなく、安価なレアメタルフリー技術として大きく貢献できるということだ。