半導体市場調査会社の米IC Insightsはこのほど、「2015年は世界半導体業界にM&Aの"津波(tsunami)"が押し寄せている(Tsunami of M&A Deals Underway in the Semiconductor Industry in 2015)」と題するレポートを発表した。有力半導体企業がM&Aに力を入れはじめたのは、(1)マーケットシェアを拡大するため、(2)品ぞろえを豊富にしてモノのインターネット(IoT)時代にチャンスを掴むため、(3)高騰する研究開発費に対処するため、(4)中国が最近急に半導体産業振興に力を入れ始めてきたことに対処するため、などの背景があるとIC Insightsはみている。

同社は、世界半導体産業における買収企業がM&Aに要した額を過去数年にわたり集計した(図1)。例年、170億ドル以下だったM&A費用が、今年は上半期だけで720億ドル超に急増し、例年の4倍以上にも達している。2015年だけで、過去5年分のM&A費用を越える費用が使われていることになる。

図1 世界半草体産業における暦年ごとのM&Aに要した費用総額。2015年は上半期のみ (単位:10億ドル) (出典:IC Insights発表資料)

世界の半導体産業で起こるM&AのTsunami

まず最初に、2015年3月にオランダNXP Semiconductors(元Royal Philipsの半導体部門)が米国Freescale Semiconductor(元Motorolaの半導体部門)を110.8 億ドル(1ドル=125円換算で約1.4兆円)で買収することを発表した。この買収により、車載半導体分野で、NXPはルネサス エレクトロニクスを蹴落とし、世界No.1企業に躍り出る。同時に、IoT分野での品ぞろえを充実し、顧客にトータル・ソリューションを提供できるようになる。また5月末には、米国・シンガポールAvago Technology(元米Hewlett-Packardの半導体部門、その後、米AT&Tの半導体子会社と合併し、さらに米LSIを買収した企業)が売上高ではるかに格上の米国Broadcomを370億ドル(4.6兆円)で買収することを決めた。AvagoのCEOのHock Tan氏は、「この買収によって有線・無線の半導体で世界最強の半導体企業になる」と宣言した。つまり、両社の技術や製品を持ちよれば、IoT時代に必須のセンサ端末からコンピュータ・通信ネットワークまで広範な品ぞろえでトータルソリューションを提供できるようになるということだ。なお、Avagoの買収費用370億ドルは、半導体産業の歴史上、とびぬけた額であり、AvagoがなにがなんでもBroadcomを買収したがっていたことを示唆している。背後に、世界規模の有力投資家集団が付いていると言われている。

AvagoのBroadcom買収発表の4日後の6月1日には、米国IntelがFPGAベンダの米Altera(FPGA業界でXilinxに次いで2位)を167億ドル(約2兆円)で買収することで合意したと発表した。PCビジネスが衰退する上に、モバイルビジネスに入り込めず苦戦するIntelが、最後に死守しようとしているデータセンター向けビジネスをAlteraのFPGAが侵食し始めたので、防衛に出て、敵を味方にしてしまった。もしもAlteraが買収に応じなければ、Intelは敵対的買収も辞さなかったと関係者は漏らす。

IC Insightsは、「2015年は、買収や合併の嵐が吹き荒れているが、これは、既存の半導体市場の伸びが頭打ちになってきたため、投資家の要望で、有力半導体企業がビジネスの範囲を今後成長が予想される領域へ広げる必要があるとみているのが一因だろう。製品開発および先端技術開発のコストがうなぎ上りでとても一社だけで賄えなくなってきたことも一因だろう。さらに大きな企業になってより高いレートで成長を続けようとしている。IoTと言う新成長分野の出現で、広大な新市場が拓けようとしているが、そのため、大手企業は従来の戦略をリセットしてIoTに向けてポートフォリオの欠けている部分を迅速に埋めようとしていることもM&Aの一因だ。さらには、中国が、外国企業からの半導体の輸入を減少させて半導体自給率を挙げ基幹産業に育てるという新たな国策のもとで、中国企業や投資家による海外半導体企業の買収が始まっている」とM&Aラッシュを分析する。

事実、中国では、6月末、米国Cypress Semiconductorが買収提案をしていたメモリ企業の米ISSIを、中国のファンド集団Uphillがまるで横取りするかのように高値で買収することを決めた。さらに、下半期に入ったとたんに、中国清華大学グループの紫光集団が米国Micron Technology(2013年に日本のエルピーダメモリを買収した企業)に対して、230億ドル(約2.9兆円)の買収提案を行った。中国政府は2014年秋に、国家集積回路産業投資ファンド(資金2兆円規模)を設立したので、中国資本の海外半導体企業買収は今後、さらに活発になるだろう。いわば半導体産業界における爆買いのはじまりである。

IC insightsのBill McClean社長は、「このように半導体企業が買収や合併を積極的に行うことによって、企業数が減少してしまい、ユーザーからみれば、半導体供給元が減る結果となる。さらには、半導体製造への参入がしにくくなり、ファブライト・モデルへの移行が加速することになる。これは、設備投資の対売上比率の低下をもたらし、5年以内に半導体産業の景色をすっかり変えてしまうかもしれない」と述べている。

日本の半導体業界にもTsunamiは押し寄せるのか?

なお、IC Insightsは日本の半導体業界には全く言及していないが、M&Aがないわけではない。

ただし、津波からはほど遠く、さざ波もたたぬ程度でしかない。2015年3月、富士通セミコンダクターとパナソニックのシステムLSI事業の統合が完了し、日本政策投資銀行も出資して新会社「ソシオネクスト」として事業を開始した。かつてのエルピーダメモリ、ルネサス テクノロジ、あるいはルネサス エレクトロニクスなどと同様のいわば弱者連合であり、まったくなじみのない横文字の新社名をつけて(Avagoが買収したBroadcomのほうが名が通っているのでBroadcomに名称変更するのとは対照的)、しかも、先に述べた欧米のケースのような一方的な買収ではなく合併であるため、経営のかじ取りが難しい。

また5月には、件のAvago Technologiesが買収を視野にルネサスに接触したという話題で、一時ルネサスの株価が急騰したがその後、AvagoのBroadcom買収のニュースが流れ、この話はしぼんだように見える。しかし、今秋、ルネサスのロックアップ(一定期間株式売却を禁止する契約)が解除されるので、ルネサスの大株主が、トップ交代などで将来の成長に期待感を持たせて株価を吊り上げて売りぬけるのではないかとの噂は消えていない。

さらに7月23日にはローム(2008年にOKIの半導体部門を買収した京都の半導体メーカー)がアイルランドの電源制御ICベンチャーであるPowervationを7000万ドル(87億円)で買収を決めたほか、7月30日には、京セラがパワー半導体メーカーである日本インターを108億円で買収すると発表した。

このほか10月には、半導体製造受託企業のフェ二テックセミコンダクターがヤマハ鹿児島セミコンダクタを買収する予定である(買収額は未公表)。これをもってヤマハは半導体製造から完全撤退する。これらは、欧米に吹き荒れるメガトレンドとしてもM&Aとは無縁の、中堅企業の業務拡大の一環である。

今後、日本にもM&Aの"津波"が押し寄せ、欧米や中国の半導体企業(あるいは投資家)が日本の大手半導体企業あるいはその一部門(買い手にとって魅力ある製品を持っている部門のみ)を買収する動きがでてくるだろう。