理化学研究所(理研)は7月21日、心臓を保護する作用があることが知られていたαリノレン酸やエイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)といったオメガ3脂肪酸の作用メカニズムに関わる代謝産物「18-HEPE」を同定したと発表した。

同成果は、理化学研究所 統合生命医科学研究センター(RIKEN-IMS)の有田誠 チームリーダー(元 東京大学 大学院薬学系研究科 准教授)、慶応義塾大学 病院予防医療センターの遠藤仁 助教(元 日本学術振興会 特別研究員PD)らによるもの。詳細は米国科学誌「The Journal of Experimental Medicine」オンライン速報版に掲載された。

これまでオメガ3脂肪酸は、主に炎症作用のあるアラキドン酸代謝系の酵素と競合することで炎症を抑制すると考えられてきた。今回、研究グループでは、オメガ3脂肪酸による心臓機能保護作用、とくに心不全時の病態において重要な病変である心筋組織の線維化などの組織学的な変化(リモデリング)を抑制する作用についての検証を行ったほか、これまでの栄養学的手法では解明が困難であったオメガ3脂肪酸の心臓保護効果が生体内のどの細胞によって、どのような機構を介して作用を発揮するのかという問題の解明に挑んだという。

具体的には、大動脈縮窄により心臓への圧負荷を増大させ心肥大、心不全を起こすモデルマウスを用いて、大動脈縮窄を手術により強制的に起こし、心筋細胞の肥大などを調査。その結果、心筋細胞の肥大は通常のマウス(野生型マウス)と差がなかったが、心臓の収縮能は圧負荷後4週以降(心不全期)でも低下せず維持されており、間質の線維化および炎症細胞であるマクロファージの増加(浸潤)が顕著に抑えられていることが確認されたという。

線虫由来のオメガ3脂肪酸合成酵素を遺伝子導入したトランスジェニックマウスでは、圧負荷による心臓リモデリングが抑えられ、心機能が保持されることが確認された。左は左心室の収縮機能を左心室内径短縮率として測定したグラフ。正常であれば短縮率が維持される。大動脈縮窄術を行った野生型マウスでは術後4週目から顕著な短縮率の低下が認められたが、トランスジェニックマウスでは心機能の低下が抑えられていることが確認された(野生型マウスと比較して統計学的有意差あり * P<0.05)。右は圧負荷後のトランスジェニックマウスの様子。心臓間質および血管周囲の線維化(青色)が抑えられ(上)、マクロファージ(茶色)の数も少ないことが判明した

また、オメガ3脂肪酸が心臓リモデリングを抑制する作用の解明に向けて調査を進めたところ、骨髄から動員される間質細胞(そのほとんどがマクロファージマーカーCD68陽性)を介するものであることが判明。さらなる調査として、マクロファージと心臓線維芽細胞の共培養実験を行った結果、線維芽細胞の活性化を抑制する因子として、EPA由来の代謝産物、と肉18-HEPEが顕著に増加していること、ならびに18-HEPEを心線維芽細胞に作用させると、用量依存的な抑制効果がナノモルレベルの微量で認められたという。

実際に18-HEPEを大動脈縮窄術を施した野生型マウスに、圧負荷後一週間目から隔日で腹腔内投与したところ、心臓リモデリングや心機能低下に対する顕著な抑制効果が認められ、18-HEPEの新しい創薬シードとしての可能性が示されたとする。

これらの結果について研究グループでは、オメガ3脂肪酸の心臓保護効果にはマクロファージが重要な役割を担い、それらが心臓局所で18-HEPEを産生し、心臓リモデリングの背景にある慢性炎症および線維化を積極的に抑制し、心機能の悪化を抑制していると考えられると説明している。なお、18-HEPEはオメガ3脂肪酸を摂取すると体内で生成する代謝物で、オメガ3脂肪酸の心臓保護作用に積極的に関わる内因性の炎症制御分子であると考えられていることから、今後、18-HEPEあるいはその誘導体を起点とした創薬展開を行うことで、心臓をはじめとする臓器の線維化(リモデリング)を抑制し、慢性炎症を制御する新規治療法に結びつくことが期待されると研究グループではコメントしている。

今回の研究からオメガ3脂肪酸の心臓リモデリング抑制作用のメカニズムでは、心臓保護効果にはマクロファージの機能が重要であることが判明した。マクロファージが心臓局所で産生する18-HEPEが、継続する圧負荷により最終的に心不全へと至る原因となる心臓リモデリングの背景にある慢性炎症および線維化を抑制し、心機能を改善すると考えられるという