今回、"日本のものづくり"というテーマで特別インタビューを実施した。お応えいただいたのは、株式会社アフレルと共に「マインドストーム EV3」向けのOSの先行開発を進めている、名古屋大学の高田先生だ。

プロフィール

高田 広章 先生
――名古屋大学大学院情報科学研究科
附属組込みシステム研究センター長
情報システム学専攻 教授


組み込みシステム、特に組み込みオペレーティングシステムの第一人者であり、宇宙航空研究開発機構(JAXA) 客員教授、TOPPERSプロジェクト会長などを務める。

ロケットにも搭載された研究技術

高田先生は名古屋大学の大学院情報科学研究科で情報システム学を専攻し、自動車などの制御に使う組み込みオペレーティングシステム(OS)についての研究に取り組んでいる。高田先生がセンター長を務める「名古屋大学大学院情報科学研究科附属組込みシステム研究センター(NCES)」では、自動車産業を中心とする企業などと共に、組み込みシステム技術における共同研究を行っている。今年9月にJAXAが打ち上げに成功したロケット「イプシロン」の誘導制御コンピューターの中にも、高田先生らが開発されたOSが搭載されていたという。

「組み込みシステム技術は、ものづくりのコアとなるきわめて重要な技術です。大学での研究成果を世の中に出していくために、NCESでは企業との産学連携を積極的に進めながら、現場で活かせる技術の共同研究を行っています」

アフレルの「教育版レゴ マインドストームEV3」にも、高田先生らが開発されたOSを搭載することができる。

「マインドストーム向けのOSについては、EV3の前のモデルNXTの時から開発をしています。3~4年前にフランスで行われた組み込みシステムに関するサマースクールに講師として参加したのですが、その時にある大学院生から『NXT向けのOSを作った人ですか?』と尋ねられたことがありました。自分たちの研究がフランスの大学院生にも知られているということは驚きでしたし、とてもうれしかったですね」

学習における"楽しさ"は重要

高田先生らが開発したOSは、組み込みシステム分野における技術教育をテーマに開催される「ETソフトウェアデザインロボットコンテスト(愛称:ETロボコン)」でも幅広く使われている。高田先生の研究室でも、部活動としてETロボコンに参加する学生がいるそうだ。

プログラミングに取り組む学生

「東海地区は自動車関連企業のチームも参加しているためレベルがとても高く、なかなか決勝に進むことはできません。それでも学生たちは熱心に楽しそうにやっていますね」

高田先生は「教育版レゴ マインドストーム」の学習教材としての魅力について、この"楽しさ"を強調する。

「マイコンボードを使ったコンピューター制御の授業では、LEDを光らせるぐらいしかできませんが、マインドストームなら走らせることができるし、見た目にも楽しい。学生の学習に対するモチベーションを上げるうえで、"楽しさ"という要素は非常に重要です」

マインドストームは生きた教材

組み込みシステムの難しいところは、純粋な情報システムとは違い、物理的な制約を受けることだという。そして、この難しさを体験する上で、マインドストームを使った学習が役に立つと高田先生は語る。

「マインドストームを使えば、物理的な部分がいかに難しいかがすぐに分かります。タイヤは滑るし、振動するし、路面の影響をもろに受けます。入力した値から数式通りに計算して出力すればよいという普通の情報システムとは違います。数学通りにはいかない。実際に使われている組み込みシステムはそういうものです。たとえば自動車の制御に使われるシステムは、世界中のあらゆる道を走れるように設計されています。そうした条件をクリアしたものが製品として使われているのです。そのことを体験する上でも、マインドストームはまさに生きた教材と言えます」

OSの分野は激動している

高田先生が専門とするOSは、今まさに激動している分野でもある。産業ニーズが多様化するなか、いかに大学として技術者を育成していくかは難しい課題になっているという。

「たとえば10年前には、日本で携帯電話を作っているメーカーが10社ほどあり、それぞれの会社がOSの技術者を抱えていました。それが今はスマートフォンの時代となり、OSの分野では技術者がほとんど不要になっています。OSの世界はそれぐらい目まぐるしく激動しているのです」

NCESでは現在、自動車の制御用の組み込みOSの開発を行っている。日本のものづくりの大きな柱である自動車産業を、自動車の組み込みOSから後押ししたいと高田先生は言う。

「自動車の組み込みOSでは、ヨーロッパを中心に作られたAUTOSARという規格が車載ソフトウェアの標準となっています。AUTOSARに準拠したOSでは、特にドイツのメーカーが強く、極端に言えば自動車の制御用のOSがすべてドイツ製になる可能性もあります。これは、日本の自動車産業にとっても深刻な問題です。我々はこうした課題に対して、独自のOSを開発し、オープンソースとして普及させようと考えています」

これからのものづくりに必要なもの

また、高田先生らはソフトウェアの部品化プロジェクトにも長らく取り組んでいる。ソフトウェアの部品化とは、複雑なソフトウェア開発をソフトウェア部品を組み合わせることで行うという技術だ。

「ソフトウェア部品化技術の考え方は、レゴと非常に似ています。レゴはまさに部品を組み立てて作るもの。ソフトウェアもレゴと同じように組み立てて作れるようにしたい。ITはものづくりではないと言う人もいますが、組み込みシステムはまさにものづくりのための情報技術です。日本の組み込みシステム産業が競争力を維持していくための要素技術として、ソフトウェアの部品化プロジェクトを実現したいと考えています」

学生時代からプログラミングが趣味だったという高田先生。その言葉からは、組み込みOSを通じて日本のものづくりを支えていきたいという強い思いが伝わってくる。