理化学研究所(理研)、北京航空航天大学の2者は10月9日、陽子数に対して中性子数が非常に多い質量128の原子番号46・パラジウムの同位体「128Pd」(陽子46・中性子82)に「特別な核異性体」があることを発見し、これが陽子もしくは中性子数が魔法数の原子核に現れる特徴的な状態を示していたことから、この中性子過剰な原子核領域で中性子数82が魔法数であることを証明したと共同で発表した。

成果は、理研 仁科加速器研究センター 櫻井RI物理研究室の渡邉寛客員研究員(北京航空航天大学招聘教授)を中心とする、世界12カ国(日本、中国、韓国、イギリス、フランス、スペイン、ハンガリー、イタリア、ドイツ、ベルギー、アメリカ、オーストラリア)から29大学・研究機関の52名の研究者による国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間10月9日付けで「Physical Review Letters」オンライン版に掲載され、後ほど印刷版にも掲載される予定だ。

原子を描いたイラストでは、中心に複数の陽子と中性子の「核子」がまとめった1つの原子核の周囲を電子が周回しているという形で描かれることが多い。そのイメージからすると核子は塊を作って動かないようなイメージを持ちやすいが、実は電子と同様に軌道を回っている。それも量子力学的にとびとびの軌道となっており、近い軌道をまとめて「殻」といい、殻と殻の間に大きなエネルギー準位のギャップが生じることがあるが、それがいわゆる「魔法数」と呼ばれるものである。

1949年に米国のMaria Goeppert-Mayer(マリア・ゲッパート=メイヤー)と独国のJohannes Hans Daniel Jensen(ヨハネス・ハンス・ダニエル・イェンゼン)が、原子核にも魔法数があることを原子核の「殻構造」モデルによって説明し、"元祖"とか"オリジナル7"ともいうべき、2、8、20、28、50、82、126の7種類の魔法数が示された。

その後、2000年になって当時理研に所属していた小沢顕 研究員(現・筑波大学教授)らが、RI(Radio Isotope:放射性同位体)ビームを利用した実験によって、陽子に比べ中性子の数が多い不安定原子核の領域では、魔法数20が魔法数として機能しなくなり、新たに16が魔法数として取って代わることを発見。それをきっかけに、同様に不安定原子核の領域では魔法数8と28も機能しなくなること、そして入れ替わるようにしてその領域では6と32が新たに出現することが明らかとなり、パラダイムシフトが起きたのである。

そして2013年10月4日になって、2001年に東大の大塚孝治 教授が発表した「中性子過剰なカルシウム同位体で、中性子数34が魔法数となる」という理論予測が正しいことを理研と東大が共同で記者会見し、11番目の魔法数「34」の存在を問う論争に決着をつけたのである。

原子核は、原子番号=陽子数、もしくは中性子数のどちらか、または両方がこれらの魔法数だと原子核として比較的安定すると同時に、放射性崩壊を起こさない安定同位体も多い。ただし、11番目の魔法数である34の確認で重要な役割を努めた質量54のカルシウム「54Ca」(陽子20・中性子34)のように、数ミリ秒で放射性崩壊の1種のβ崩壊(中性子が陽子に変わる)を起こしてほかの原子に変わる不安定原子核も普通に存在する。原子核として比較的安定するというのは、エネルギー準位的に励起しにくいことから「硬い」というイメージだ。ボールに例えたら硬球のように硬いが、放射性崩壊で短時間でテニスボールやゴムボールなどにすぐ変わってしまうイメージである。

魔法数34の存在は10年以上かかって証明されたわけだが、魔法数に関してはいくつもの理論予測があり、陽子数なら108、110、112、114、120、126、中性子数なら162、184、196などが新たな魔法数候補としてさまざまな理論によりそれぞれ予測されているほか、不安定原子核領域での魔法数消失も予測されている。重い中性子過剰核で魔法数消失が予測されてるのが、50と82で、実験的検証が待ち望まれていたというわけだ。

研究チームは今回、中性子過剰のパラジウム同位体128Pdで魔法数82の存在を検証するため、同原子核に出現すると予測されてきた特別な核変異体に着目した(画像1)。この核異性体は、陽子の対が壊れることで生じる(画像2)。

核異性体とは、比較的長い寿命を持つ励起状態にある原子核のことである。中には、質量180のタンタル同位体「180Ta」の核異性体のように、半減期が宇宙の年齢どころではない、タイプミスかと目を疑ってしまうような「1200兆」年というものもあり、半減期がわずか8時間しかない「基底状態」(最もエネルギーが低い状態)より想像がつかないほど長寿命である。

そして中性子数が魔法数の性質を持つと、中性子物質は硬く励起に関与しない。一方、陽子数は魔法数でないため、陽子物質のみが活動的になり、陽子同士の対をなしている状態を壊すことによって特徴的な励起準位が現れる。この励起準位の内エネルギーが最も高い準位は比較的長い寿命を持ち、核異性体になることが知られている。そのほか、崩壊先の状態とのエネルギー差が小さい、核スピン差が大きい、構造的に異なる場合になりやすい。そして、中性子数が魔法数になるかどうかは、励起エネルギーを調べることで確かめることが可能だ。

画像1が、核図表と原子核の魔法数の一覧。核図表は縦軸に陽子数、横軸に中性子数を取り、既知および概念上の原子核(核種)すべてを配置したものだ。左上の核図表上で、■は自然界に存在する安定核を示しており、それ以外は時間と共に放射性崩壊する不安定核である。

右下の図は、今回および2009年に研究が行われた領域を拡大したもの。陽子・中性子の数が、両方とも偶数の核(偶々核)の第一2+状態と第一4+状態のエネルギーの比で色分けしてある。原子核の形は、この比が1に近い(濃い緑)と球形であり、3.33に近づく(濃い赤)につれ変形が大きくなる。一般に、魔法数を持つ原子核は球形で、魔法数から遠ざかるにつれて変形が大きくなる。

2009年の研究で、質量106(陽子40・中性子66)および108(陽子40・中性子68)のジルコニウム同位体「106Zr」および「108Zr」が大きく変形していることが判明。今回、新たな核異性体が見つかったのは質量126(陽子46・中性子80)および128(陽子46・中性子82)のパラジウム同位体の「126Pd」および「128Pd」だ。

そして画像2は、上が128Pdの配位を表した、つまり陽子(赤丸)と中性子(青丸)がどのような状態にあるかを示した概念図。陽子は「g9/2」軌道に穴が4つ空いた状態(「空孔」という)、中性子は「h11/2」軌道まで粒子がすべて詰まった状態である。基底状態では、すべての粒子・空孔が対になっているため、核スピンは0+だ。

下は、「特別な核異性体」の発生メカニズムをまとめたもの。2+~8+までの励起状態は、g9/2軌道の一組の陽子空孔対が壊れることにより生じる。8+状態は励起エネルギーが最も高く、6+状態とのエネルギー差が小さいため核異性体になりやすい。なお数値の後ろの「+」はパリティのことで、パリティとは空間反転対称性に関する属性を表したものだ。全核子の空間座標の符号を反対にした場合に、原子核の波動関数の符号が変化しない場合にはパリティはプラス(+)、変化する場合はマイナス(-)という。

画像1(左):核図表と原子核の魔法数。画像2(右):128Pdの配位(上)と「特別な核異性体」の発生メカニズム(下)

これまでに理研 仁科加速器研究センターは、RIビームに関するさまざまな研究を実施してきた実績を持つ。2008年には、質量238(陽子92・中性子数146)のウラン同位体「238U」を用いたビームからの核分裂反応により、45種の中性子過剰な「新放射性同位体(Radio Isotope:RI)」を発見している。128Pdは、その時に初めてその存在が確認された希少核種だ。

なお放射性同位体とは、放射性同位元素、不安定核、短寿命核などとも呼ばれ、理論的には1万種が存在するとされる。一方で天然に存在する物質(原子、原子核)は寿命が無限かそれに近い安定核=安定同位体で、約270種が存在。ヒトの体を含めて、身の回りのものはほぼすべてが安定核でできている(放射性同位体の中には、質量14の炭素の同位体「14C」など、自然に生物体内に微量に混入しているものもある)。

また2009年には、中性子過剰な質量数110領域のRIを対象とした、RIBFで最初の「崩壊核分光」実験が行われ、放射性崩壊の1種のβ崩壊(中性子が電子=β線を出すことで陽子に変わること)の半減期や原子核の変形に関する結果が発表された。中性子過剰核は、安定同位体と比較して中性子を多く含んだ不安定核のことで、大多数がβ崩壊を起こし、原子番号が1つ大きな核種に壊変する(質量はほぼ変わらないが中性子が1つ減って陽子が1個増える)。また崩壊核分光とは、RIの崩壊に伴い放出される放射線を測定することで原子核の性質を明らかにする研究方法のことをいう。今回の研究では主にβ線とγ線が測定され、RIの半減期や励起状態のエネルギーの情報が確認された。

核分光研究をさらに推し進めるため仁科加速器研究センターは、2012年「EURICA(ユーリカ:EUROBALL RIKEN Cluster Array)」プロジェクトをスタート。EURICAの「大球形ゲルマニウム半導体検出器」(欧州γ線検出器委員会(Euroball Owners Committee)が管理する7結晶クラスター型の大球形ゲルマニウム半導体検出器)は、2009年にRIBFの実験で使用された検出器と比べて約10倍の検出効率を備えている。つまり少ない統計量でもγ線のエネルギーを精密に測定することができるというわけだ。例えば、1MeVのγ線エネルギーにおいては、半値幅で3keV以下のエネルギー分解能を持つ。また、1MeVのγ線に対して、約10%の検出効率を持つ。

これにより、希少RIからの微弱なγ線をとらえ、未知の原子核領域における新奇現象の発見や元素合成の解明を行う研究態勢が整った形だ。そこで研究チームは今回、EURICAプロジェクトの一環として、重い中性子過剰核で魔法数82が存在するかどうかの検証に挑んだというわけである。

128Pdに出現する「特別な核異性体」の寿命は、中性子数が同じ82の、質量130(陽子数は48)のカドミウム同位体「130Cd」で確認されていた類似の核異性体の寿命を基に、数~数10μsと予測されていた。研究チームは、核異性体の崩壊に伴い放出されるγ線のエネルギーと時間を測定することで、核異性体の励起エネルギーと寿命を調べたのである。

128Pdは、仁科加速器研究センターの施設の1つである超伝導リングサイクロトロン(SRC)により、質量238のウラン同位体「238U」を光速の70%(核子あたり345MeV)まで加速して、標的原子核ベリリウム(Be:原子番号4)に照射し、核分裂反応させて生成。

生成された大量のRIの中から128Pdとその周辺の中性子過剰なRIを、超伝導RIビーム生成分離装置「BigRIPS」(標的では1次ビームが反応によってRIに変わるが、このRIを集めて必要とするRIを分離して供給する装置)を用いて分離・同定し、理研が開発したEURICA中心の高性能寿命測定装置「WAS3ABi(ワサビ:Wide-range Active Silicon-Strip Stopper Array for Beta and ion detection)」に埋め込み停止させたのである(画像3)。なおWAS3ABiは1mmの位置測定能力を特長とするシリコン半導体検出器(60mm×40mm)8枚を重ね合わせた構造になっており、捕獲したRIが崩壊時に放出するβ線の位置と時間を高感度で検出することが可能だ。

WAS3ABiではこのRIの埋め込み時間と停止位置を測定すると共に、RIの崩壊に伴い放出されるシリコン上の同じ位置で検出されたβ線との時間差からRIの半減期を導出(内部転換電子を検出する)。β崩壊、および核異性体の崩壊に伴い放出されるγ線をゲルマニウム検出器で測定し、励起状態の研究を行うのである。この際、ベリリウム標的から最終焦点位置までの輸送時間(数100ナノ秒)と同程度かそれ以上の寿命を持つ核異性体は、ビームとして取り出すことが可能だ。

画像3。実験装置の全体像

128Pdの埋め込みから100μsの間に放出されるγ線がEURICAで測定され、その結果として4本のγ線が観測された(画像4)。これらのγ線のエネルギーと時間分布の調査により、核異性体の励起エネルギーは2051keV、半減期は5.8±0.8μsと決定された。

また128Pdの励起準位構造は、中性子数が同じ82で陽子数が2つ多い130Cdと非常によく似ていることも判明(画像4)。過去の研究から130Cdは、陽子と中性子の数が両方とも魔法数の質量132(陽子50・中性子82)のスズの同位体「132Sn」の陽子軌道に穴が2つ空いた状態として解釈されている。

128Pdには空孔が4つあるが、励起エネルギーが130Cdと酷似しているので、2つの空孔だけの運動によって決まることを示しているという。このようなシンプルな描像が成り立つのは、中性子が準位構造に寄与しないためであり、中性子数82が魔法数であることの証拠になるとする。実際、128Pdと同時に観測された魔法数を持たないことがわかっている126Pd(中性子数80)では、陽子と中性子の両方が寄与するため励起準位構造は複雑になり、成り立ちない(画像5)。

画像4(左):今回の実験で観測されたγ線エネルギースペクトル。RIビームの埋め込みから100μs以内に放出されるγ線が測定されたところ、128Pdでは4本、126Pdでは5本のγ線が観測された。画像5(右):測定したγ線から構築した126Pd、128Pd、130Cdの準位図(130Cdは既知)。半減期がマイクロ秒程度の核異性体が126Pdには2つ(0.44±0.03,0.33±0.04μs)、128Pdには1つ(5.8±0.8μs)あることが判明。また、128Pdの励起準位構造は、中性子数が同じ82で陽子数が2つ多い130Cdと非常によく似ていることがわかる。これらは、画像2で説明した一組の陽子空孔対が壊れることにより生じる特徴的な状態だ

魔法数を持つ原子核に特有の「特別な核異性体」は、魔法数として中性子数50の質量92(陽子42)のモリブデン同位体「92Mo」、質量94(陽子44)のルテニウム同位体「94Ru」、質量96(陽子数46)のパラジウム同位体「96Pd」、質量98(陽子数48)のカドミウム同位体「98Cd」でも系統的に確認されており、その最大の特徴は、陽子軌道が半分占有されたところで寿命が著しく長くなる点だ(画像6・7)。今回、同様な傾向が中性子数82の128Pdと130Cdで観測されたことにより、安定核領域で確認されていた中性子魔法数82が128Pdで消滅せず、存続していることが示すされた形だ。

g9/2軌道上の一組の陽子対が壊れることによって形成される励起準位のエネルギーは、軌道の占有率に依らず、ほぼ一定の値を持つ。ただし、その性質は、陽子数が増えるに従い粒子的なものから空孔的なものへと変化する(表下の矢印)。軌道が半分近く占有された核で核異性体の寿命が著しく長くなるのは、粒子としての寄与と空孔としての寄与がキャンセルしあい、γ線遷移が強く禁止されるためであると解釈される。中性子数82(青三角)のMoとRuでは核異性体は未確認であり、今後のRIBFでの研究で発見が期待される。画像6(左):中性子数50、82核の励起エネルギー。画像7(右):「特別な核異性体」の半減期

今回、中性子数82が重い中性子過剰核で消滅せず、魔法数として存在することが証明された。今後、さらに中性子数が82である中性子過剰な質量126(陽子数44)のルテニウム同位体「126Ru」や、質量124(陽子数42)のモリブデン同位体「124Mo」などの原子核の励起準位構造を研究することで、重い中性子過剰核における魔法数の成因に迫り、軽い核も含めた中性子過剰領域における魔法数の変化について包括的な理解が進むと期待できるという。

また今回の知見は、天体における元素合成の解明においても重要な意味を持つとする。これまで、標準的な原子核理論を取り入れた天体現象のシミュレーションでは、観測によって得られた太陽系の元素存在度をうまく再現できない「重元素生成量の不足問題」があった。

これを解決するために、「中性子魔法数82は消滅している」という議論が約20年にわたって繰り広げられてきたが、魔法数82の存在を証明したことで、この仮定に基づく元素合成のシナリオが破綻し始めていることを示唆しているという。また今回の実験では、β崩壊の半減期のデータも同時に得られたとした。

そして超新星爆発による元素合成の「r(rapid:高速)過程」による元素合成を解明する上で、重要な基礎となる中性子過剰核の半減期と、今回の研究で得られた魔法数に関する情報を統合することにより、r過程シミュレーションの精度を向上させることができるかも知れないという。その結果、超新星爆発や中性子星衝突など個々のr過程候補天体における元素合成の可否を議論できる段階に進めることが期待できるとした。

ちなみにr過程とは、超新星爆発時に起きる元素合成で、高速に連続して中性子を捕獲しながら崩壊(β崩壊)する複雑な過程で、鉄よりも重くて中性子の多い重元素のほぼ半分は、このr過程で生成される。残りの半分の重元素の大半を生成するもう一方の支配的な「s(slow:低速)過程」は、赤色巨星への進化段階でゆっくりとした中性子捕獲によって元素合成が行われる形だ。なおs過程と比較してr過程は未解明の部分が多く、このr過程が起きる場所の候補として、中性子星同士の融合も提案されている。

さらに今回の実験では、RIBFが誇る世界最高のRI生成能力とEURICAの高い検出効率を組み合わせたことも大きなポイントで、良質のデータを大量に蓄積することができとする。データの解析は現在も進行中で、今回の研究成果以外にも、核変形遷移や核異性体に関する興味深い結果が得られつつあるという。また、同装置を用いるほかの実験も着々と行われており、広範囲にわたる希少RIの核分光研究が進むことが期待できるとしている。