高山植物に含まれるフェノール化合物について、2グラムという微量の花サンプルでも構造決定ができる方法を、国立科学博物館などの研究グループが確立した。高山植物は温暖化や、それに伴い生息域を広げるシカの食害などによって個体数が減少しており、サンプルが集めにくくなっている。他方で、過酷な環境に耐えるための様々なポリフェノール類が含まれており、一部の成分が創薬などに使えることが分かっている。微量で構造決定できることで、希少な植物を守ることにつながり、持続可能な研究が行える利点がある。

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    今回の研究に用いたイワウメ。本州中部以北の高山に自生し、直径1センチメートルほどの小さな花を咲かせる(国立科学博物館提供)

国立科学博物館植物研究部の村井良徳研究主幹(東京農工大学客員准教授を兼任、植物科学・環境適応学・化学生態学)は、高山植物に含まれる化学物質を抽出し、構造を決める研究を行ってきた。毎年5~10月は登山を行い、研究のためにサンプルとなる植物を集めたり、希少植物がシカに食べられないようにネットで覆ったりするなどの保全活動も行う。これまでに収集した100種類以上の高山植物を、筑波実験植物園(茨城県つくば市)の圃(ほ)場のハウスや人工気象器などで栽培し、保全を行いながらその成分も細かく調べてきた。

高山植物は、強い太陽光とそれに含まれる紫外線が降り注ぎ、寒さも厳しい環境で葉を広げて生育できる。これらの環境適応のために、有機化合物であるフェノール化合物を含むことが分かっている。フェノール化合物は、ポリフェノール類として知られており、薬や食品類としてヒトが摂取したり、農薬などの化学製品に応用したりできることが明らかになっている成分もある。だが、高山植物には希少な絶滅危惧種や固有種なども多く、また採集の許認可や、環境への配慮という倫理的な観点からも、サンプルを集める際に大量に持ち帰ることができない。

これまで植物に含まれる成分分析は、核磁気共鳴(NMR)などの分析装置を用いた構造決定法が主流だったが、この方法では精製した粉末サンプルを少なくとも数ミリグラムは準備しなければならず、花や葉などの植物サンプルとしては数十グラム程度が必要だった。

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    微量の高山植物から、含まれている化合物の構造を決定する手法の流れ。結晶の大きさによって電子回折とX線回折の方法を選ぶ(国立科学博物館提供)

村井研究主幹らは溶媒組成に工夫を加えるなどして、微量の精製サンプルを結晶化する方法を確立した。この手法で得られた結晶を、電子回折もしくはX線回折を用いて分析することにより、本州中部以北の山で白い花を咲かせる「イワウメ」の花から、10成分以上を構造決定することに成功した。これらの成分は、強い抗酸化作用や紫外線吸収能力をもつケルセチン配糖体などであることが分かった。

X線回折は単結晶のサイズが数十マイクロ(マイクロは100万分の1)メートル程度のものに利用し、電子回折は数マイクロメートルほどのさらに小さい結晶サンプルに利用している。イワウメの花は直径1センチメートルほど、葉は5~10ミリメートルと小さいが、今回の実験では2グラムというごく少量の花サンプルから10成分以上もの構造が明らかになった。

村井研究主幹は「数グラムでも減らすことが、今後の研究を進めやすくなることにつながる。日本固有種や絶滅危惧種などの分布が狭い植物にも応用していきたい」としている。今回の手法を用いることで自生地への環境負荷を減らせるうえ、人工気象器内で栽培しているような希少で小型な植物の少量のサンプルからでも解析できるという利点もある。

地球温暖化により、本来は山々の標高が低いところで自生する植物が高いところでも見られるなどの影響が出始めている。村井研究主幹によると、山並みが美しく、ライチョウなど貴重な生き物に出会える南アルプスなどでは、シカの食害が進んでいる。希少な動物の保護と同時に、山に生えている様々な植物の保全にも迅速に取り組まなければならないと訴えている。

研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業、国立科学博物館の総合研究「極限環境の科学」研究費助成を受けて行われた。成果は2月22日、オランダの科学誌「ジャーナル オブ モレキュラー ストラクチャー」電子版に掲載され、3月31日に国立科学博物館やリガク(東京都昭島市)、アステリズム合同会社(東京都台東区)、東京農工大学などが共同で発表した。

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