かつてスポーツといえば、「根性だ!」「走れ!」「水を飲むな!」が三種の神器だった。試合に負けた理由はだいたい「気持ちで負けた」「気合が足りなかった」で片付く。筆者が試合でミスをすれば監督の右手が飛んでくるし、おまけに外周付きだ。選手がよりどころとするのは、監督の勘と経験、それから「俺が現役だったころは......」という昔話。

たしかに努力や根性は美しいが、気合で勝てるなら選手よりも応援団を育成した方が効率的ではないか。そもそも、すべての部活は「大声じゃんけん」だけでいいだろう。

時は流れ、いまや選手の筋力や走行距離は感覚ではなく数字で把握され、疲労を効果的に抜くための休息も大事だとされる。もちろん水分補給も大切。技術は勘や経験ではなく可視化され、作戦会議では監督の昔話以上にデータとグラフが主役となっている。

プロスポーツを見ても、アナリストがタブレットを活用している場面は珍しくない。本連載では、ITを武器に勝利をたぐり寄せるチームの現場を直撃。汗と努力とデータが交差する最前線へ、ウォームアップなしで飛び込みたい。

“根性論”だけでは勝てない、ラグビーはデータスポーツへ進化している

今回取材したのは、東京都 世田谷区を中心に活動する「リコーブラックラムズ東京」(以下、ブラックラムズ)。ジャパンラグビー リーグワンのディビジョン1で活躍するラグビーチームだ。1953年に前身となるリコーラグビー部が創部されて以来、歴史に名を刻んできた。中楠一期選手や池田悠希選手をはじめ、多くの日本代表も所属している。

身長2メートルはあろうかという屈強な選手が激しくぶつかり合うラグビーこそ、いかにも"根性のスポーツ"に見える。しかしラグビーは不思議なスポーツだ。大きな体躯の選手がぶつかり合った次の瞬間には、ボールはさばかれ次のプレーへと移る。

「ボールを前に運ぶのに、前方にパスを出してはいけない」という独特なルールの中で、15人の選手がトライのために走り続ける。パワーと精密性の両立が、ラグビーの魅力だ。

  • 写真提供:リコーブラックラムズ東京

    写真提供:リコーブラックラムズ東京

ラグビーはなぜ“戦略”のスポーツなのか

まずは簡単に、ラグビーのルールを紹介しよう。フィールド上でプレーをするのは1チーム15人、両チームで計30人だ。試合は前後半それぞれ40分の計80分間で行われ、途中で時計はほとんど止まらず、最後まで何が起こるかわからない。

フィールドの広さは縦約100メートル、横約70メートル。両チームの選手は楕円形のボールを奪い合い、タッチラインの外側にある得点エリアまで運ぶ。その様子はときに「陣取りゲーム」にたとえられる。

主な得点源は5種類。最も有名なのは、相手陣地のトライゾーンにボールを置くことで5点が入る「トライ」だろう。トライに成功すると、ボーナスのような「コンバージョンゴール」の機会が得られ、成功すればさらに2点が加算される。そのため、1回のトライで最大7点のチャンスがある。

トライにはもう1種類、相手チームの反則がなければ間違いなくトライできていたと判定された場合に得られる「ペナルティトライ」がある。こちらはコンバージョンゴールなしで7点が入る。

4つ目は成功すると3点が入る「ペナルティゴール」で、これは相手の反則を受けた際に選択でき、反則のあった地点からゴールポストを狙う。5つ目はプレーの最中にボールを地面にバウンドさせてから直接ゴールポストを狙える「ドロップゴール」。ドロップゴールに成功すると3点が加算される。

  • 写真提供:リコーブラックラムズ東京

    写真提供:リコーブラックラムズ東京

スクラムかキックか ラグビーに表れるチーム戦略の違い

ラグビーには見どころのあるプレーも満載だ。基本的にボールを持ったチームは、ラン、キック、または自分の横か後ろにいる選手へのパスにより、相手陣地のトライゾーンを目指して進む。これを阻止するのが「タックル」だ。その衝撃は700キロに相当し、軽自動車との衝突に匹敵するという。

どちらかのチームに軽い反則があった場合、反則をしていないチームはペナルティキックかスクラムを選択できる。スクラムは両チームのフォワード8人ずつが体を組んでボールを取りあう、迫力のある名物シーン。

スクラムでボールを奪いトライを狙い続けるか、あるいは確実にキックで3点を積むか。ここにもチームの思想やスタイルの違いが表れる。

  • 写真提供:リコーブラックラムズ東京

    写真提供:リコーブラックラムズ東京

音声を文字に ブラックラムズの観戦DX

ブラックラムズはファンや観客とのつながりも重視している。誰もが「応援する楽しさ」を体験できるよう、現在はリコーが提供する聴覚障害者向けコミュニケーションサービス「Pekoe(ペコ)」を2023-24シーズンから導入している。同社のアクセラレータープログラム「TRIBUS(トライバス)」から生まれたサービスだ。

来場者はスマートフォンでQRコードを読み込むことで、会員登録などをせずにリアルタイムで実況音声を文字で閲覧できる。ラグビーに不慣れな場合でもゲームの魅力が伝わると好評だ。

その他にも、耳が聞こえない人の場合、プレー中の選手の動きやどちらのチームが得点したのかは理解できるが、試合前後やハーフタイム中のアナウンス内容は理解できない場合が多い。

ハーフタイム中にはチームグッズやスタジアムグルメ、注目選手などを紹介しているため、Pekoeの活用により観戦体験全体の満足度向上につながっているとのことだ。

「ノックフォワード」「ノットリリースザボール」「アーリーエンゲージ」など、ラグビーにはルールや専門用語も多い。筆者も実際にスタジアムでPekoeを利用してみたが、会場アナウンスだけでは聞き取れなかった用語を確認でき、非常に便利だった。

  • 聴覚障害者向けコミュニケーションサービス「Pekoe(ペコ)」 画像提供:Pekoe

    聴覚障害者向けコミュニケーションサービス「Pekoe(ペコ)」 画像提供:Pekoe

一見すると激しいプレーが目立ち、大きな選手たちが全力でボールを取り合うラグビーは、シンプルで力任せなイメージがある。しかし見方が分かってくると「どこで何が起きているか」がはっきり見えてくるので、知れば知るほどおもしろい。

どの位置からトライを狙うか、スクラムを選ぶかキックを選ぶか、どのタイミングで誰にパスを出すのか――。根性と努力だけでは説明しきれない緻密な戦略が、一つ一つのプレーの裏側に張り巡らされている。

ブラックラムズは今期、過去最高の成績となる5位でリーグワン2025-26のリーグ戦を終え、プレーオフトーナメントへの出場を決めた。

次回はフィールド上でブラックラムズがどのようにITを活用し、戦っているのかに迫ってみる。

  • 写真提供:リコーブラックラムズ東京

    写真提供:リコーブラックラムズ東京