東京大学医学部附属病院(東大病院)と国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は6月17日、群馬大学(群大)、昭和大学(現・慶應義塾大学)、福島県立医科大学、鳥取大学、三重大学との共同研究により、うつ症状を伴う3つの精神疾患(「大うつ病性障害」、「双極性障害」、「統合失調症」)の鑑別を診断する指標として、うつ症状のある患者673名と健常者1007名が課題を実施している間の脳機能を脳機能計測装置「光トポグラフィ」を用いて測定したところ、脳機能指標を用いた鑑別診断では、大うつ病性障害と臨床診断された患者の内74.6%、双極性障害もしくは統合失調症と臨床診断された患者の内85.5%を正確に鑑別できたと共同で発表した。

成果は、群馬大学大学院 医学系研究科 神経精神医学の福田正人教授、東大大学院 医学系研究科 精神医学分野の滝沢龍助教、同・笠井清登教授、NCNP病院 精神科の野田隆政医長(NCNP 脳病態統合イメージングセンター 臨床脳画像研究部臨床光画像研究 室長兼任)らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国西海岸夏時間6月10日付けで「NeuroImage」電子版に掲載された。

精神疾患の診断は患者本人や家族からの報告と医師による見立て(言動の観察と病状変化)から行われているため、治療の過程で診断や治療方針が変更されることもしばしばあり、現状では残念なことに正確な診断や治療の遅れを来すこともある。中でも「うつ症状」の鑑別診断は難しく、当初はそれだけを呈していていることからうつ病(大うつ病性障害)と診断しても、治療の過程で「躁症状」や「精神病症状」も呈して、双極性障害や統合失調症であったことがわかる場合も少なくない。そうしたことから、客観的な「バイオマーカー」(生物学的指標)の開発が期待されているのである。

バイオマーカーの候補を探すため、血液検査を筆頭にさまざまな試みが行われているが、「神経画像測定(ニューロイメージング)」もその1つだ。中でも、近赤外光を当てて脳の血液量の変化を測定できる光トポグラフィを用いた検査が期待されている。その理由は、簡便で非侵襲的であり、明るい部屋で自然な座った姿勢で、短時間に検査を受けることができることから患者への負担が少なく、病状や身体的条件による制約が少ないからだ。日本では、精神医療分野で唯一の先進医療「光トポグラフィ検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助」として2009年に承認され、その有用性の評価が日本全国で続いている。

そうした神経画像測定の研究においてこれまで一般的に行われてきたのが、患者群と健常被検者群とのグループ平均としての比較や、患者群同士のグループ平均としての比較による数十例程度のグループ間の比較検討だ。そこで今回の研究では、実際の臨床場面での応用可能性を検討するために、神経画像検査を個別に鑑別診断補助として用いる場合、個人レベルでどの程度の精度が得られるのかを大規模な多施設研究で明らかにすることを目的に試みられたというわけである。

今回の研究は、冒頭で述べた7つの大学・研究機関による多施設共同研究として、精神疾患673名、健常者1007名を対象に進められた。共通して「うつ症状」がある3つの精神疾患の内、1人1人をどの程度正確に鑑別できるかを、光トポグラフィ検査による脳機能計測の指標から検討したのである。1施設のデータでの結果だけでなく、同じ脳機能指標を用いて、まったく独立に計測した残りの6施設データでも同様の結果が得られるかどうかを再確認することで、一般化への可能性の高さを確認することが目的とされた。その指標から臨床診断と比較すると、大うつ病性障害の内74.6%、双極性障害もしくは統合失調症の内85.5%を正確に鑑別することに成功。1施設のみでも残りの6施設でも同等の結果が示された。

全施設で、同じ簡便な「言語流暢性課題」中の脳機能測定を同じ様式の光トポグラフィ検査で行い、計測信号の時間的変化から特徴的な指標が抽出された。言語流暢性課題とは、ひらがなで頭文字1つ(例えば「あ」や「か」)の付く言葉をできるだけたくさん答えたり、あるもの(例えば「動物」や「食べ物」)にあてはまる言葉をできるだけたくさん答えたりする課題を指す。今回の研究では前者のみが用いられており、回答には前頭前野の機能(特に実行機能)を要することが知られている。

また光トポグラフィの信号は、年齢や性別によって多少異なる傾向があるといわれており、今回の研究では各疾患群の年齢と性別の割合を同じように揃えた状態で検討がなされた。一方で、年齢と性別を揃えずに検討がなされ、同様な結果になることも確認されている。そのほか、自律神経系などの身体状況や脳解剖学的な個人差によって一部で影響を受ける可能性が指摘されており、さらなる研究が必要だという。将来これらの光トポグラフィ検査への影響を正確に組み入れることができれば、結果の精度向上にもつながると考えられるとしている。

また今後の研究では、治療の必要性の判断、治療効果の判定、予後の予測、スクリーニングなどのツールとして、この方法論だけでなくさまざまな方法論で、応用の可能性をさらに検討していくべきであると考えているとした。さらに、こうした取り組みが精神疾患についての研究成果を診断や治療に役立つ臨床検査として実用化する最初の例となり、今後さまざまな研究成果の実用化を進めるうえでの先例としての役割を果たすことになることが期待されるとしている。