東京工業大学(東工大)と東京大学(東大)の研究グループは、細胞内でタンパク質のフォールディング(立体構造形成)を助ける「分子シャペロン」というタンパク質の効果を網羅的に調べ、細胞内でシャペロンが助けるタンパク質のフォールディングの全体像を試験管内で再現することに成功したと発表した。同成果は、東工大大学院生命理工学研究科の田口英樹教授と丹羽達也助教、東大大学院新領域創成科学研究科の上田卓也教授らによるもので、「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS)」のオンライン速報版に公開された。

タンパク質はあらゆる生命の活動を担う生体分子であり、20種類のアミノ酸が様々な並び方で繋がった「ひも」状の物質だ。この「ひも」がそれぞれの種類に固有な「かたち(立体構造)」を形成(折れたたみ:フォールディング)することで、機能を発揮する。分子シャペロンはこの折れたたみを助けるタンパク質で、生命活動の維持になくてはならない存在であり、シャペロンがない場合、折れたたみができず、タンパク質としての機能を失った「凝集体」と呼ばれる状態になってしまうことが多々ある。

研究グループはこれまで研究にて、大腸菌の全タンパク質(約4,000種類)のうち約800種類が凝集を形成しやすいことを明らかにしている。これらのタンパク質は細胞内ではシャペロンの助けを得ることで固有の「かたち」を取ることが考えられるが、実際にどのタンパク質がどのシャペロンの助けを必要とするかは明らかとなっておらず、今回の研究では大腸菌で働く主要な3種のシャペロンについて、約800個の凝集性タンパク質の凝集形成を解消する効果がどの程度あるかを網羅的に調べ、細胞内でのフォールディングを再現することを試みた。

シャペロンの凝集抑制効果を調べるための実験手法として、過去の研究で用いた「PUREシステム」という試験管内タンパク質合成手法を利用した。通常の試験管内タンパク質合成手法は反応液中に様々なシャペロンを含むため、個別のシャペロンの効果を調べるのに適していないが、PUREシステムは反応液にシャペロンタンパク質を一切含まないため、効果を調べたいシャペロンを加えることで個々のシャペロンの効果を正確に調べることができるという特長を持つ。

今回の研究ではシャペロニン(GroEL)など3種のシャペロンを研究対象として用いた。これら3種のシャペロンを約800種の凝集性の強いタンパク質に対して別々に作用させ、凝集形成がどの程度減少するかを網羅的に調べたところ、シャペロニンかDnaK(Hsp70)と呼ばれるシャペロンがあると全体の約7割のタンパク質が水に溶けやすくなることが判明した。

図1 実験手法の模式図。大腸菌の遺伝子ライブラリ、再構築型試験管内タンパク質合成手法(PUREシステム)を用いてタンパク質を1つずつ合成させ、遠心分離と電気泳動によってタンパク質の水への溶けやすさを算出。この操作を約800個の不溶性タンパク質に対して4条件(シャペロンなしとシャペロン3種)ずつ行い、得られた結果とタンパク質の性質などを統計処理によって比較・解析する。使用したシャペロンの種類は、TF:トリガー因子、KJE:DnaKシャペロン系、GroE:シャペロニン系

この2種が作用するタンパク質群はその多くが重複していたが、2種のシャペロンがどのようなタンパク質に作用しやすいかについて詳細な解析を行った結果、分子量や立体構造の特徴などの性質について差がみられることが確認された。

図2 3種のシャペロン単独添加での凝集抑制効果のヒストグラム。横軸に示したタンパク質の可溶の度合いが大きいほど凝集が解消されたことを意味する。DnaK系とGroEL/ES(シャペロニン系)を加えた条件では分布が右側に移動しており、多くのタンパク質が溶けやすくなったことが確認できる

さらに、どのシャペロンを加えても水に溶けやすくならなかったタンパク質に対して、複数のシャペロンを加えたところ、ほとんどのタンパク質が水に溶けやすくなることが確認された。この結果はこれらのシャペロンが協同してタンパク質の凝集抑制効果を発揮していることを反映しており、細胞内でのフォールディングを試験管内で再現したと言えるという。

図3 複数種類のシャペロンを用いた際の凝集抑制効果のヒストグラム。横軸の値は図2と同じ意味を持つ。KJE(DnaK系)とGroE(シャペロニン系)の両方を加えると可溶の度合いが高いものが多くなり、TF(トリガー因子)をさらに含めた3種すべてを加えるとさらに分布が右側に移動していることが確認できる

今回の実験で得られたデータセット(約800個×3種のシャペロンの効果)は、シャペロンの作用機構の詳細な解析や、タンパク質一般に広く通用する凝集になりやすいタンパク質の可溶化手法の確立に向けた研究に役立つことが期待されると研究グループでは説明しており、今後の研究によりタンパク質の可溶化法の一般則が見いだされれば、抗体医薬などの創薬やタンパク質の工業的利用などの分野に有用な知見になるという。

なお、今回の研究で得られたデータセットは国立遺伝学研究所の菅原秀明教授らによって作成、運営されているパブリックデータベース「eSOLデータベース」として一般公開されており、大学、企業を問わずタンパク質を用いた基礎研究・応用研究に広く利用することが可能だという。