東京工業大学(東工大)と日本原子力研究開発機構(原子力機構)は4月11日、東北大学、大阪大学(阪大)、岡山大学との共同研究で、ウラン化合物「UPt3(ウラン白金3)」において、結晶構造より期待される対称性から自発的に回転対称性を破った超伝導状態が実現していることを実験的に明らかにしたと発表した。

この結果はこれまで提唱されてきたいずれの理論の前提を覆すもので、四半世紀以上、この物質で未解決のままだったいくつかの謎を説明できることが明らかになったことも併せて発表されている。

成果は、東工大大学院理工学研究科の町田洋助教と井澤公一准教授、原子力機構の芳賀芳範主任研究員、東北大の木村憲彰准教授、阪大の大貫惇睦教授、岡山大の町田一成教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、4月9日付けで米学術誌「Physical Review Letters)」電子版に掲載された。

超伝導は、電子と電荷を帯びた結晶格子との相互作用により、電子間に引力が働くことで形成された「クーパー対」と呼ばれる電子対が凝縮した状態として説明される現象で、その多くは「BCS理論」でほぼ理解されている。なお、BCS理論とは、バーディン、クーパー、シュリーファーが1957年に提唱した超伝導現象を微視的に解明した理論だ(BCSとは3人の頭文字を取っており、3人はその功績で1972年にノーベル物理学賞を受賞)。

従来の金属や化合物に見られる超伝導は、このBCS理論でほとんど矛盾なく説明されるが、近年になって従来のBCS理論では説明困難な「非従来型超伝導」と呼ばれる超伝導が次々と発見され、大きく状況が変わった。非従来型超伝導は、電子と格子の相互作用ではなく、ほかの相互作用により電子間に引力が働くことで発現していると考えられている。その場合、超伝導が異方的になることが多い。このように、非従来型超伝導に関してはまだまだわからないことが多く、その発現機構の理解は、物性物理学の重要課題の1つとなっているという状況だ。

超伝導発現機構の解明には電子間に働く引力の起源を知ることが必要不可欠だが、そのカギとなるのが引力相互作用を直接反映する超伝導対称性、つまりクーパー対の「形」である。

この超伝導対称性を巡ってこれまで多くの研究が重ねられてきたが、実験が非常に難しいことから、実際に超伝導対称性が明らかになったのは銅酸化物高温超伝導体を含むごく限られた超伝導体だけだった。

非従来型超伝導の中でもUPt3は、多重超伝導相を持つ極めて特異な超伝導体である。多重超伝導とは、温度と磁場の平面において超伝導がいくつかの対称性の異なる相に分かれているのが特徴だ。こうした多重相図は超流動ヘリウム3でも知られており、対称性決定のカギになることがある。

UPt3は、画像1に示すように温度と磁場を変えることによりA相、B相、C相の少なくとも3種類の異なる超伝導が現れる。特にC相(A相)では、結晶の対称性を破った超伝導状態が実現しているのが特徴だ。これは、ほかのほとんどの超伝導体で単一の超伝導しか現れないこととは対照的である。

画像1。UPt3の超伝導図及び今回の研究で明らかとなった超伝導対称性

この多重超伝導状態を理解するため、25年以上にわたって多くの研究者が精力的に研究を重ね、これまで1000編以上に及ぶ論文が出版されてきた。そして、この超伝導を説明するため多くの理論が提唱され、中でも「E2uモデル」理論が長らく正しいと信じられてきたのである。

その一方で、E2uモデルには超伝導相図など、いくつか重要な実験結果を合理的に説明することができないという問題も残されていた。E2uモデルでは、C相(A相)で4回対称性を持つ超伝導状態が予想されるが、それを裏付ける直接的な実験的証拠がほとんどなかったのである。また、その対称性は今回確認された2回対称性とは整合しないという点もあった。

こうした理由から、超伝導状態に関する最終的な結論に達したといえる状況ではなかったのである。

東工大の井澤准教授らの研究グループは、熱伝導率の磁場方向依存性の精密測定を行い、これまで実験的には明らかになっていなかった「重い電子系」超伝導体であるUPt3における超伝導電子対の異方性の観測に成功した。

重い電子系とは、電子同士の相互作用が非常に強いために、電子の有効質量が通常の金属の100~1000倍にも増大している物質のことで、強相関電子系とも呼ばれる。UPt3では、このような重い電子がクーパー対を形成して超伝導になっているという仕組みだ。

これにより低温において結晶(画像2)のab面に沿って等方的であった超伝導状態が、磁場を増加させると、突然、結晶の対称性よりも低い2回対称性へ自発的に対称性を破ることが初めて明らかになった(画像1)。

画像2。重い電子系UPt3の結晶構造

この超伝導対称性は、最も有力視されていた対称性を含め、これまで提唱されてきたいずれの理論の前提を覆すだけでなく、25年以上この物質において未解決であったいくつかの謎を説明できることが明らかになったのである。この結果は、発現機構を含めたこの物質の多重超伝導状態の理解はもとより、非従来型超伝導の統一的理解にも貢献できると期待されるという。

この成果は、研究グループが開発した0.04K(絶対温度マイナス273.11℃)の極低温において、1/500度の高分解能での磁場方向を制御しながら熱伝導率の精密測定が可能な世界最高水準のシステム(画像3)と、原子力機構を中心としたグループにより育成された高純度単結晶試料、そして実験グループと理論グループの密接な協力により初めて実現した。

画像3。今回の研究で開発された、極低温で磁場方向を制御しながら熱伝導率を精密測定するためのシステムの模式図

今回の研究成果は、UPt3の超伝導状態及びその発現機構を考える上で前提となる引力相互作用について、かなり強力な制約を与える形だ。それにより、数少ない多重超伝導の理解が大きく進展するものと考えられる。

さらに今後、同研究手法をほかの非従来型超伝導に適用することで、高温超伝導を含む非従来型超伝導の発現機構を統一的に説明する理論の構築へとつながることも期待されるという。

そのような理論が構築されれば、応用面も含めた超伝導物質開発にも貢献ができると考えられる。また今回の研究で明らかとなった超伝導状態は最近注目の集まっている「トポロジカル超伝導」の可能性が高く、そのような研究分野のフロンティアを拓く一翼を担うものとしても期待される具合だ。

なお、トポロジカル超伝導とは、超伝導状態の持つトポロジカル(位相幾何学的)な性質により試料表面に、粒子と反粒子が同一という未発見の「マヨラナ粒子」が現れると予測されている超伝導現象の1種。同様の状態が超流動ヘリウム3においても活発に議論されている。