放射線医学総合研究所(放医研)は、裁判審理における「情状酌量」に関する脳機能メカニズムを明らかにしたと発表した。成果は、放医研分子イメージング研究センター分子神経イメージング研究プログラムの山田真希子主任研究員らによるもの。研究の詳細な内容は、3月28日付けで英科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載された。

放医研分子イメージング研究センター分子神経イメージング研究プログラムでは、精神神経疾患の病態解明や早期診断法の開発を目標として、さまざまな心理機能や精神症状に関わる脳内メカニズムの研究に取り組んでいる。今回の研究は、裁判審理における情状酌量の脳機能メカニズムを調べた世界で最初の研究成果だ。

情状酌量については多くの方がどんなものかご存じかと思うが、改めて説明すると、量刑を決定するに当たり、犯行の動機・目的・手段・方法・態様、被害の軽重、被告人の年齢・前科・反省の状況や、被害弁償・謝罪の有無、被害者側の事情などの諸事情を勘案することである。

今回の研究のような、脳科学と法学を融合した分野、「脳と法律」という学問が近年興隆してきている状況だ。その方法としては、大きく2つのアプローチがあり、犯罪者の脳を調べる試みと、裁く側の脳を調べる試みとに分けられる。

犯罪者の脳を調べることに関しては、責任能力に関わる倫理的問題や、犯罪予防やリハビリへの利用可能性などが議論されているところだ。一方の裁く側の脳を調べることは、社会規範違反に対する制裁などの法的判断が脳内でどのように実現されているかを知る手がかりになる。

例えば、テレビや新聞で凶悪犯罪などの報道を聞くと、犯人に対して許しがたい感情を抱くことがあるはずだ。その一方で、犯人の不幸な生い立ちや境遇を聞いたり、真に反省していたりするといったことを聞くと、刑を軽くしてもよいのではないかと思う時もある。

脳が、どのように犯罪に至った事情を酌んで量刑の判断を行うかについては、これまでほとんどわかっていなかった。また、情状酌量に関連する脳内メカニズムを調べることで、同情と責任追及との関係性についての脳基盤を知る手がかりとなるという。

今回の研究では、法律的判断の訓練を受けていない一般人を対象に、同情に関わる脳活動と量刑判断に関わる脳活動の関係性を検討した。そして、情状酌量の個人差がどのような脳機能を基盤としているかを調べた次第である。

実験は、健常被験者男女26名に参加してもらって行われた。被験者は、神経細胞の活動に伴う血流動態反応を視覚化することで、運動・知覚・認知・情動などに関連した脳活動を画像化するfMRI(機能的核磁気共鳴画像法)の中で被告人役の顔写真と殺人内容を最初に読んだ後、その殺人に至った背景を読む。そして、その量刑をどれくらい重く、もしくは軽くするべきかを、懲役20年を基準にバーの中の矢印を移動させて決定するという流れだ。

被告人の罪はすべて故意に殺人を犯すケース(殺人罪)に統一してあり、懲役20年というのは、殺人罪における単独有期刑の上限だ(下限は5年)。刑法第199条に定められており、それ以上の場合は無期懲役もしくは死刑となる。

fMRI内で量刑の重軽を決めたら、次はfMRIの外で、どれくらい同情できるかを、矢印を移動させて評定。背景には、同情できそうなもの(同情的背景)と、同情できそうにないもの(非同情的背景)として各16種類ずつ用意された(画像1・2にそれぞれ具体例が挙げられている)。

量刑判断と同情評定の実験の具体例。画像1(左)が量刑判断の、画像2が同情評定の結果

健常者として当然の反応ではあるが、同情評定の結果、同情的背景から殺人に至った被告人には同情を高く感じ、非同情的背景から殺人に至った被告人にはほとんど同情しないことが確かめられた(画像3)。

そして、量刑評定の結果、同情的背景から殺人に至った被告人に対しては刑を軽くし、非同情的背景から殺人に至った被告人には厳罰する傾向が認められたのである(画像4)。

犯罪者の背景の違いによる量刑評定と同情評定の差。画像3(左)が同情票邸の結果で、画像4は量刑評定の結果

次に、被験者が背景を読んでいる時の脳活動を解析した。画像5に示すように、同情的背景を読んでいる時の方が非同情的背景を読んでいる時よりも、「内側前頭前皮質」と「楔前部(せつぜんぶ)」の活動が高く、これらの領域が同情処理に関わっていることが示されたのである。

内側前頭前皮質は他者の心の理解、情動反応、認知制御などさまざまな心的操作に関わっており、前頭葉内側面に位置し、前・中帯状回、補足運動野などを含む。楔前部は、頭頂葉内側面の後方に位置する脳回で、縁溝と頭頂後頭溝と頭頂下溝とで囲まれた領域を指す。この領域には感覚情報を基にした自身の身体のマップがあると考えられている。

そして画像5の黄色い部分は、同情的背景を読んでいる時と非同情的背景を読んでいる時の状態を測定し、その差分が大きい領域を表す。つまり黄色い部分は同情的背景を読んでいる時に活発化している部分だ。

画像5。fMRIで撮影した被験者の脳の断面図(側面から撮影)

次に、これら脳活動がどのような精神活動を表しているかをより詳細に吟味するために、脳活動と評定との関連が検討された。

画像6において紫色で示す脳領域(内側前頭前皮質、楔前部)は、前述の同情評定が高い場合ほど活動が高まった領域だが、同時に量刑評定が低い場合ほど活動が高まる領域でもあることが判明(画像6・水色)。

これらの領域は、他者理解、道徳的葛藤、情動反応、認知制御などに関連することがこれまでの脳科学研究で知られている。今回の実験ではこれらの領域の活動が上昇したことから、被告人への同情と犯罪に対する不快情動との間に生じる葛藤、そして量刑判断という認知制御が、情状酌量に関わっていることが推察できたというわけだ。

さらに、「尾状核」と呼ばれる報酬に関連する脳領域の活動が、減刑判断に伴って上昇した。尾状核は脳の大脳基底核に位置する神経核で、脳の学習と記憶システムの重要な部分を占めていると考えられている。この領域の活動は、チャリティー行為によっても高まることが知られていることから、減刑も人助けという意味合いを持つことが今回の尾状核の反応から解釈できた。

次に検討されたのが、情状酌量の個人差と脳活動との関係だ。被告人に対する同情をどの程度減刑に還元するかという「情状酌量傾向」は、以下の単回帰モデルを用いて各個人で定量化した。

画像6。fMRIで撮像した被験者の脳の断面図(側面から撮影)

画像7。情状酌量傾向の被験者1人の例。量刑判定は、「(量刑判定)=b0+b1*(同情評定)+(誤差)」で導き出している。量刑判断と同情評定の関係の強さは負の計数(b1)で表され、このグラフの被験者の場合は、b1=-0.83。各データは各犯罪ケース(全部で36)を表す

画像8のグラフの横軸は各個人の情状酌量傾向b1を示し、縦軸はfMRIで求めた「右島皮質」の脳活動量を示している。情状酌量傾向には個人差が存在し、右島皮質の脳活動と相関することが判明した。すなわち、情状酌量傾向が高い人ほど、右島皮質脳活動が高いという結果が得られたのである。

なお島皮質は、脳の外側面の奥、側頭葉と頭頂葉下部を分ける外側溝の中に位置するる部位のこと。島皮質は前頭葉、側頭葉、頭頂葉の一部である弁蓋と呼ばれる領域によって覆われている。感情の体験に重要な役割を持つ。

島皮質は、身体内部状態に関する情報を脳内における情動、認知処理に統合する役割を持つことが知られている。そして、このような島皮質の働きによって、主観的(意識的)な感情の体験が生み出されると考えられているという。今回の結果は、同情を減刑に結びつけやすい人ほど、このような身体ー感情ー認知が融合する際に生じる主観的体験を利用していたことを示唆している。

今回の研究結果により、同情と量刑判断は、他者理解や道徳的葛藤に関わる内側前頭前皮質と楔前部という共通した脳領域の働きによるものであることが判明した。その一方で情状酌量傾向には個人差があり、その個人差は主観的体験に関わる右島皮質の活動と関連していることも明らかにしている。

今回の結果は、一般人の情状酌量とその個人差について脳科学的な根拠を提供するものだ。また、日常ヒトが直面するさまざまな問題に対応する繊細な精神活動を客観的に検証することが、脳科学によって実現可能であることも示している。

今後、放医研では、世界的にもトップクラスの分子イメージング技術を脳科学研究に応用し、これまで解明が困難であった様々な人の精神活動を分子レベルで明らかにしていきます。

画像8。今回登場した、脳内の各領域の位置