水産総合研究センター、東京大学(東大)大気海洋研究所、九州大学(九大)の共同研究チームは、マアナゴの「プレレプトセファルス(孵化後間もない仔魚)」を採集することで、マアナゴの産卵場所の特定に成功した。

プレレプトセファルスで最も若い段階のものは、沖ノ鳥島から約380km南の海域(北緯17度、東経136 度)で採集され、孵化後日数は3~4日と推定されたことから、沖ノ鳥島南方の九州-パラオ海嶺上の海域がマアナゴの産卵場所であると特定したという。

今回の発見は、東アジア全体でのマアナゴ資源の変動機構を解明する調査研究へとつながり、今後の資源管理のための貴重な科学的根拠となるものと期待される。この成果は学術雑誌「Fisheries Science」電子版(2012年2月23日)に掲載された。

図1 マアナゴ (Conger Myriaster)

マアナゴ(Conger myriastrer, 図1)は、いわゆる穴子寿司や天ぷらの食材として人気がある魚で、日本各地の主に沿岸漁業での重要な漁獲対象となっている。東アジア全体に広く分布し(図2)、韓国や中国でも多く漁獲されている。しかし、その漁獲量は近年減少しており、日本国内では1995年から2008年までの14年間で13,000トンから6,300トンに半減している(図3)。

図2 マアナゴの分布域

図3 あなご類漁獲量(大部分はマアナゴ) (農林水産省漁業養殖業生産統計年報より)

国内での主な漁場は、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海、日本海西部、仙台湾を中心とした東北地方沿岸などで、多くの地域では、資源回復を目指して、小型魚の漁獲を規制するなどの資源管理の取り組みが進められている。

効果的な資源管理を行なうためには、産卵親魚を保護するなどの、資源全体の底上げを図る対策が有効とされるが、これまで広い漁場のどこからも成熟した親魚が漁獲されたことはなく、いつどこで産卵が行なわれているかなど、基本情報といえるマアナゴの生活史はほとんど解明されていなかった。

2000年来の謎とされていたウナギ産卵場の詳細については、最近の大規模な調査によって親魚と天然卵が採集され、完全解明されたことが記憶に新しいが、これまで調査がほとんど行なわれてこなかったマアナゴの生態は、今やウナギ以上の謎といっても過言ではないという。

マアナゴは、仔魚である「レプトセファルス」も食用にされており、高知県などで「のれそれ」と呼ばれ、早春の味覚となっている。マアナゴのレプトセファルスは水温が低い冬から早春にかけて、突如として沿岸域に群れをなして現れるが、それらは全長10cm前後の大きいものばかりで、小型のレプトセファルスがどこにいるのか長い間分かっていなかった。

沿岸にいないのだから小さいものは沖合にいるだろうと想像されてはいたが、実際に沖合にいる小型のマアナゴのレプトセファルスが見つかったのは、数年前のこと。黒潮が流れる沖縄本島近くの東シナ海と、さらに南の台湾の南東の海域に5cm以下のマアナゴのレプトセファルスがいることがDNA鑑定により確認され、マアナゴは南方の沖合で産卵していることが決定的となった。しかし、生まれて間もないレプトセファルスが見つかったわけではないので、マアナゴの産卵場所の詳細は依然として不明なままだった。

図4 マアナゴのプレレプトセファルス(スケールは1mm)

今回の研究チームは、北西太平洋海域でウナギ産卵場の共同調査を展開。2008年の水産庁漁業調査船・開洋丸と海洋研究開発機構学術調査船・白鳳丸による調査航海で得られたサンプルを詳細に分析した結果、ウナギ産卵場から北西方向に離れたポイントで採集されたサンプルの中に、マアナゴの孵化後間もない「プレレプトセファルス」が含まれていたことをDNA鑑定によって確認した。

サンプルの中で最も若い段階のものは、2008年9月に開洋丸で採集され、全長5.8mm、歯や顎もまだ形成されていないプレレプトセファルスの段階のものであった(図4)。これはその発育段階からみて、孵化後わずか3~4日と推定された。採集場所は、北緯17度、東経136度、本邦最南端の沖ノ鳥島から約380km(205カイリ)南の海域(図5)だった。

図5 マアナゴのプレレプトセファルスの採集場所(星印)。赤い星印は、孵化後3~4日と推定された最も若い段階のものが採集された場所

採集場所の約100km西の海域には、南北に縦走する海底山脈、九州-パラオ海嶺があり、プレレプトセファルスの採集位置と同時に観測した海流(東向き)から逆算すると、孵化場所はほぼ海嶺の上と計算されたことから、沖ノ鳥島南方の九州-パラオ海嶺上の海域がマアナゴ産卵場所の1つと特定された。

2008年6月に白鳳丸が採集したサンプルからも、マアナゴのプレレプトセファルスが発見され、マアナゴの産卵期は少なくとも6月から9月の間であることが明らかになった。

マアナゴの産卵場所があることが明らかとなった九州-パラオ海嶺は、宮崎県都井岬沖から沖ノ鳥島を経てパラオ諸島に至る、南北に縦走する海底山脈。

ウナギの産卵場と特定されたのも海底山脈である西マリアナ海嶺なので、「海嶺」を目印にして産卵を行なうことは、外洋に産卵場があり大回遊を行なうウナギ目魚類に共通の特徴かも知れないという。

しかし、マアナゴの親魚が、どの季節に住み慣れた沿岸域を離れ、どのような経路で外洋域を産卵回遊するのかは不明。産卵回遊の時期と経路の解明は、産卵親魚の保護を考える上で今後の重要な課題になると考えられる。

また、マアナゴのプレレプトセファルスが採集された沖ノ鳥島南方は、海流が非常に複雑で、東西の流れが交差して大きな渦が多数存在する海域。マアナゴ資源がどのような要因で変動するか知るためには、このような複雑な流れのある海域からレプトセファルスがどのように回遊し「のれそれ」として東アジアの沿岸に到達するのか、回遊のメカニズム解明が必要であり、今後の重要な課題だという。

今回の産卵場の発見により、マアナゴ資源の変動要因を解明する調査研究への糸口が得られた。また、外洋での産卵場の発見は、東アジア全体で同一のマアナゴ資源を利用している可能性が高いことを示している。これらの知見は、今後のマアナゴの資源管理のための貴重な科学的根拠となるものと期待される。