海洋研究開発機構(JAMSTEC)、高知大学、北海道大学(北大)の3者は2月17日、東北地方太平洋沖地震の震源周辺海域で調査を実施し、(1)深層海水が広い範囲にわたって激しく濁っていること、(2)海底下から流体が湧出し深海の化学環境が著しく変化していること、(3)一部の流体は海底下深部に由来すること、および(4)深海の微生物生態系が活発化していることを見出したと発表した。研究はJAMSTECプレカンブリアンエコシステムラボユニットの川口慎介ポストドクトラル研究員、北大理学研究院の角皆潤准教授らによる成果で、論文はネイチャー出版会のオンラインジャーナル「Scientific Reports」に日本時間2月16日に掲載された。

2006年4月に相模湾を震源とするM5.8の地震が発生した際、地崩れに伴う濁流が深海を流れる様子を、震源近くの海底に展開している海底観測網の深海カメラが捉えたが、この濁流と同時に、観測網の現場分析計が海水中マンガン濃度の異常上昇も検出していた。また、1996年5月には、静岡県下を震源とするM4.7の地震が発生した2日後に、駿河湾の海水中で高いメタン濃度を示す水塊が検出されている。

これらの観測は、地震が海洋環境に影響を及ぼすことを示すものだ。しかしながらこれらの観測では、限られた観測項目および観測範囲であったことなどから、地震による深海環境への影響を評価することが困難だった。また世界的に見ても、大規模地震後に深海の化学環境や微生物生態系の様子を調べた研究は知られていないため、今回の調査が行われた次第だ。

今回、大規模な地震活動が深海環境に及ぼす影響を総合的に評価するため、地球化学および微生物生態学の研究者からなる緊急深海調査チームを組織、海洋地球研究船「みらい」を用い、2011年4月15日に、宮城県沖の日本海溝北米プレート側斜面域で海洋調査が実施された。

東北地方太平洋沖地震の震源域から日本海溝の最深部に向かって直線上に4カ所の観測点が設定され(画像1)、深層海水の透明度をセンサで計測すると共に深層海水が採取され、メタン(北海道大学)やマンガン(高知大学)などの化学組成および微生物組成(海洋研究開発機構)が調査された。また微生物生態系の時系列変化を追うため、深海潜水調査船支援母船「よこすか」を用い、地震から70日後および98日後にも同海域での調査が行われている。

今回調査を行ったすべての観測点で検出されたのが、通常の深海環境では見られないような海水の懸濁だ(画像2)。海溝軸に近いほど濁りの強度、拡がりが大きくなり、もっとも海溝軸に近い観測点(水深5715m)では、海底から1500mの高さ(水深4200m)まで水が漂っていることが確認された。

画像1。調査海域図。震源域から海溝深部に向かい直線的に4つの観測点を設定し、震源域周辺との比較のため太平洋プレート上の海域(JKEO)でも観測を実施している。海底下構造(右上)は海底地形図上の直線に沿って1999年に取得されたデータに基づく

画像2。今回の研究の調査と成果の概念図(海水の濁りと化学組成)

この濁った海水を採取し化学組成を調べたところ、通常の深海環境と比べてマンガンやメタンの濃度が最大で100倍近くまで増加していることが判明。化学組成の異常の分布は海水の濁りの分布とおおむね一致した結果となった。

この海水の濁りは、マンガンやメタンは海底堆積物中に大量に存在するため、海底に堆積した粒子が地震の震動や斜面の崩壊によって巻き上げられ海水を懸濁し、粒子とともに舞い上がったマンガンやメタンが海水中に漂っていたものと推定される。

そこで、増加したメタンの起源を確かめるため、「炭素安定同位体指標」という特殊な化学組成分析が実施された。その結果、陸側の観測点では、当初予想した海底面付近の堆積物に加え、海底下1000m以深の非常に深いところから放出されたメタンも含まれていることが示唆されたのである(画像2)。この観測点の海底下では、大規模な「正断層」が確認されており、地震の地殻変動によって断層を伝ってメタンを含む流体が深部から上昇し湧出したものと推測された(画像2)。

化学組成を調べた海水と同時に採取した試料で、深層海水中の微生物についても調査を実施。微生物の菌数は、通常の深層海水で想定される3倍程度まで有意に増加していることが判明した(画像3)。

この菌数変化の原因を調べるため、採取した微生物の遺伝子を詳細に調べたところ、(a)通常は堆積物の中で生息している微生物や、(b)海底下から海水中に放出された化学成分を利用する微生物が検出されたのである。また70日後および98日後の同海域での調査から、菌数は通常時に近いレベルに向かって次第に減少していることも確認された(画像3)。

画像3。本研究の成果の概念図(微生物組成)

今回の研究により、大規模地震が深層海水環境および海底下流体系にまで大きな影響を及ぼし、深海の化学環境および微生物生態系を異常なものにしていることが判明した。またこの異常な深海環境が、少なくとも98日後まで継続していることも明らかになった形だ。

今回の調査海域は、東北地方太平洋沖地震の震源域のごく近傍のみに限られており、数100km四方におよぶ東北地方太平洋沖地震による海底破壊域の深海環境は、ほとんどがいまだ調査されていない状況である。深海環境を広い破壊域の範囲で網羅的に調査することにより、今回の地震が深海環境に及ぼした影響の規模を正確に把握することが可能だ。

また、今回の調査地点を定点観測地点として、地震の影響を受けた深海環境が、どれぐらいの期間で地震前の状態に戻るのか、あるいは最終的に地震前とは異なった状態に収束するのかを把握することは、地震が深海生態系の進化と多様性に及ぼす影響を知るために重要である。

共同研究グループは今後は、今回の研究で用いたセンサ付採水器による広域調査を展開することによって、地震による深海底環境への影響とその変遷を解明することに取り組むとしている。また、潜水船や無人探査機を用いた海底面のピンポイント調査を実施することで、大規模地震が津波を引き起こすメカニズムを追求するとともに、固体地球の運動である地震活動と地球生命圏の関係性解明にも取り組むとした。