民間の手によって衛星打ち上げ用ロケット発射場の建設が進む和歌山県串本町で、2019年8月25日、「宇宙シンポジウム in 串本」が開催された。

発射場の建設を進めるロケット会社「スペースワン」の太田信一郎社長をはじめとする有識者が、ロケットが和歌山にもたらす価値などについて議論。今年4月からは発射場の建設も本格化し、本州最南端の町は熱い盛り上がりをみせているが、一方で課題もある。

本連載の第1回では、東京大学の中須賀真一教授、宇宙ベンチャー企業「ALE」の岡島礼奈社長による講演について、第2回では射場を建設する「スペースワン」の太田社長の講演について、そして第3回ではパネルディスカッションの様子についてお届けした。

連載の最終回となる今回は、建設が進むロケット発射場の様子から、串本町が射場の建設地に選ばれた背景、串本ロケットが抱える課題、そして住民の方の声などについてお伝えしたい。

  • スペースワン

    串本町で建設が進む、スペースワンのロケット発射場の様子(2019年8月25日撮影)。国道42号から発射場に続く道を造っているところで、この山の奥に発射台などの施設が造られる

発射場ができる和歌山県串本町とはどんなところ?

スペースワンがロケット発射場を建設する和歌山県東牟婁郡串本町は、本州最南端の地として知られ、そのまさに先端にあたる潮岬は、地球の丸みが感じられる場所としてもお馴染みである。かつてプレートの沈み込みに伴って生み出された3種類の大地と、それらが作り出した、橋杭岩など独特の景観などからなる「南紀熊野ジオパーク」の一部でもあり、毎年多くの観光客が訪れる。

発射場が造られるのは、串本町の東側、浦神半島の付け根付近。国道42号沿いに近く、鉄道ではJR紀勢本線の紀伊田原駅が最寄り駅となる。2019年8月現在は、国道42号から発射場へつながる道を作るために山を切り開いている段階にある。

ちなみに発射台は、この写真の奥に写っている山のさらに向こう、また反対側にある海岸からは500mほど陸側に入ったところにある、谷の中に造られるという。おそらく、この谷が天然の防護壁となり、発射台で事故などが起きたときに周囲に影響が及ばないようにする意図があるのだろう。

  • 串本町

    串本町の地図。スペースワンの発射場は、地図の右上にある浦神半島の付け根付近、JR紀伊田原駅の右(東)側で建設されている。駅から歩くと15分くらい

  • 串本町

    スペースワンのロケット発射場の建設現場の様子(2019年8月25日撮影)。国道42号から発射場に続く道を造るため、山が切り開かれている

この地に発射場が造られることになったのは、スペースワン(当時はその前身会社の新世代小型ロケット開発企画)が2017年9月に、全国の都道府県に、ロケット発射場が建設可能かどうかの情報提供を求めたことがきっかけとしている。一方、和歌山県の仁坂知事は、「(スペースワンの)担当の方が全国くまなく歩き、各都道府県にも情報提供を求め、適地を探す中で、串本町の荒船海岸にあるひとつの谷がそれに最もふさわしいという分析に達し、我々に秘かに打診がありました」と話す。

それによると、スペースワン側が考えていた条件は、「地球の自転が最大限利用できる赤道になるだけ近い南の地であること」、「南の方角が開けていて、ロケット打ち上げに障害となる遮蔽物がないこと」、「建設物資やロケットなどを運ぶための交通手段があること」、そして「地元の協力を得られる見込みがあること」があったという。そして串本町はこうした条件にぴったりであり、逆に、串本町以外にこの条件に合致する場所はほとんどないと言ってもいいくらいであり、打診の時点で、スペースワン側として串本町が大本命だったのもうなずける。

そして同社と和歌山県による、より進んだ検討が開始。その過程で最初の課題となったのは、建設の候補地には民有地が多く、いまも人が住んでいる地であり、まずは土地の買収ができるかどうかということだった。また、串本町だけでなく、一部用地がかかる那智勝浦町の協力が得られるか、打ち上げ時などに漁ができなくなる漁業関係者の方々との話し合いや事業実施について合意なども必要になった。スペースワンも和歌山県も、串本町も那智勝浦町も、「すべてから合意が得られなければ実現はない」という決意のもと、細心の注意を払って、静かに、着々と事を進めたという。

また、スペースワンに対し、和歌山県から「わかやま版PFI」という制度により、約30億円の無利子融資が行われており、スペースワンへの信頼はもちろん、県としても、この地にロケット・ビジネスを根付かせようという強い意気込みが伺える。和歌山県では、スペースワンの発射場ができることによる経済効果は、10年間で670億円になるとしており、仁坂知事は「私はもっと大きいかもしれないと思っている」とコメントしている。

  • 串本町

    海岸側からの発射場建設現場への入り口。ここから数百mのところに発射場ができる。看板にあるように、工事はスペースワンに出資している企業のひとつ、清水建設が手がけている。「ロケット発射場工事のため」というめったに見られない文言がおもしろい

  • 串本町

    この奥にある谷に発射台が造られる(もちろんここからは見られない)

串本ロケットへの課題

ただし、シンポジウムでも話題に出たように、串本町が多くの観光客などを受け入れられるかどうかという課題はある。

そのうち道路に関しては、国土交通省が今年3月、紀伊半島一周高速道路のなかで未事業区間だった和歌山県新宮市あけぼの~新宮市三輪崎などについて、全線事業化に向けて手続きを開始。和歌山県としては、2025年の大阪万博までの完成を求めているとしており、完成すれば中京圏や関西圏からのアクセスが大きく改善されることになる。

また、南紀白浜空港の民営化や、空港とロケット発射場のある地域を結ぶバス路線も実現する見込みで、和歌山県としてはこうした交通網の発展により、射場の一層の発展と、観光客の増加に拍車をかけてくれるものと期待しているという。

ただ、高速道路より先の、串本町内や射場付近(見学場所)の道路に関しては渋滞が起こる可能性があり、また宿泊施設も現時点では少ないなど、解決すべき課題は残っている。

筆者は今回、取材に合わせて串本町に一泊したが、観光地でありながらホテルの選択肢が少なく、予約にやや苦労した。また、串本駅に止まる特急列車も少なく、さらに路線バスも廃止されており、潮岬などの有名な観光地に行くときさえも、1時間に約1本しか走っていないコミュニティバスか、さらに本数が少ない周遊バス、あるいはタクシーを使わなければならないという状況だった。

こうした問題が難しいのは、シンポジウムでも話に出たように、人出の予想がしにくいという点である。スペースワンによるロケット打ち上げは年間20機程度とされるが、逆に言えばそれ以外の時期にはロケットの見学客は見込めない。また、1号機の打ち上げなどでは物珍しさなどから万単位の人出が予想されるものの、打ち上げが日常化すれば見学客も落ち着いていくと予想される。そのため、県や町としても、どの程度の準備をすればいいのか難しいと語る。

一方で、地元の住民はどう受け止めているのか。筆者が滞在中、住民の方やホテルや飲食店の従業員の方などに、ロケット発射場ができることについて話を伺ったところ、多くの人が「歓迎している」、「ありがたいこと」と語り、万が一の事故や、交通やホテルに関して不安視する声はあっても、ロケットがやってくることや、射場ができることそのものに対しては、ほとんどの人が賛成だった。その背景に、過疎化が進んでいることなどに対する危機感があるのは間違いないだろうが、少なくとも「歓迎ムード」といえるくらいの感触を受けた。

もっとも、当然ながら反対する人もいる。町の中にも、「建設反対」という横断幕やポスターをいくつか見かけた。

反対派が訴えているのは環境への影響である。発射場が造られる場所の近くには「荒船海岸」と呼ばれる、熊野灘沿いに3kmにわたって奇岩・怪石が続く、吉野熊野国立公園にも指定されている海岸がある。ここは絶好の礒釣り場として有名なほか、ウバメガシやヤブツバキが繁茂し、メジロなど野鳥の楽園にもなっている。

  • 串本町

    発射場のすぐ近くの海岸は「荒船海岸」と呼ばれ、熊野灘沿いに3kmにわたって奇岩・怪石が続く、吉野熊野国立公園にも指定されている海岸である

実際に発射場が造られるのは山の中なので、こうした海岸を直接破壊することはない。しかし、建設工事によって、また年間20機程度といえど大きな音を発するロケットの発射が行われることで、動物や植物の生態系など、環境になんらかの影響を与える可能性が懸念されるのは当然だろう。

ただし和歌山県や串本町としても、こうした声には真摯に耳を傾けているとし、反対派とも何度も話し合いを重ねているという。また、スペースワン側の環境アセスメント(環境影響評価)をはじめ、自然や環境への影響もしっかり確認していくとしている。

スペースワンと串本町による宇宙への挑戦が、いよいよ本格的に動き出した。これから本州最南端の町を舞台に、どのような宇宙開発史が紡がれることになるのか、大いに注目したい。