量子科学技術研究開発機構(量研)、京都大学(京大)、日本医療研究開発機構(AMED)の3者は10月21日、脳活動を操作する化学遺伝学法と、全脳の活動が見えるfMRIを組み合わせることで、一部の脳活動をピンポイントで止め、そのときの全脳への影響を見る手法を開発し、「手と足の感覚情報処理が、脳の中でつながっている」ことを発見したと発表した。

同成果は、量研 量子生命・医学部門 量子医科学研究所 脳機能イメージング研究部の平林敏行主幹研究員、京大 霊長類研究所の井上謙一助教、同・高田昌彦教授、量研 量子生命・医学部門 量子医科学研究所 脳機能イメージング研究部の南本敬史グループリーダーらの共同研究チームによるもの。詳細は、神経科学を学際的に扱う学術誌「Neuron」に掲載された。

ものを手でつかむとき、手の「運動」と同時に、そのものが柔らかいのか硬いのかいった触っている「感覚」も重要となる。このとき、脳では「運動野」に加えて「第一次体性感覚野」の手領域が活動し、それが「第二次体性感覚野」や「頭頂連合野」などの触覚の中枢へと伝わるといった「ものつかみネットワーク」が活動することで、ものをうまくつかむという課題を達成できることが分かっている。

このものつかみネットワークにおいて、入口となる第一次体性感覚野が障害されると、手の感覚がなくなってしまい、ものをうまくつかめなくなってしまう。脳の研究では、ある脳領域が障害されると、離れた領域にも思わぬ影響が出ることが知られているが、その影響がどう広がるのかについて理解するための手法が確立されていなかったという。

これまで研究チームは、脳の活動を上下する「スイッチ」の働きを持つ人工受容体を発現させる「化学遺伝学」という方法を用いて、サルの脳において一部の活動を高い再現性で繰り返し操作できることを報告してきた。今回の研究ではその技術と、全脳の活動を可視化できるfMRIを組み合わせる新たな手法を開発。これを用いて、手でものを触っているときに第一次体性感覚野の活動を止めると、脳全体でどのように活動が変わって、その結果行動や感覚がどう変わるかを調べることを目的とした実験が行われた。

  • ものつかみネットワーク

    今回の研究の概要図 (出所:共同プレスリリースPDF)

神経細胞集団の活動を下げるスイッチの働きをする人工受容体を発現させ、それに作用する薬を実験体であるサルに投与して、ものつかみネットワークの出発点である第一次体性感覚野の活動を止めた状態で、手に触覚刺激を加えてfMRIを行ったところ、第一次体性感覚野の活動が止まるだけでなく、「ものつかみネットワーク」内の情報の流れも広い範囲で遮断されることが判明。この結果は、ものつかみ障害の原因は、「ものつかみネットワーク」内を情報が流れないことにあることを示すものだと研究チームでは説明する。

また、第一次体性感覚野の中で、手領域から離れた場所にある足領域に対する触角刺激も、手領域の活動を止めた状態で実施したところ、足領域の活動がさらに大きく増大し、足の感覚が強まっている可能性が考えられる結果が示されたことから、実際にサルの足に冷たい刺激を与え、足を引っ込めるまでの時間を計測したところ、手領域の活動を止めると、より短い時間で冷たい刺激から足を引っ込めることが確認されたとする。

  • ものつかみネットワーク

    手の触覚刺激による第一次体性感覚野・手領域の活動をfMRIで捉え、そこに人工受容体を導入して活動を止めると、ものをうまくつかめなくなることがわかった。(上)実験のスキーマ。(下左)手の触覚刺激による第一次体性感覚野の活動。(下右)人工受容体の作動による、ものつかみの障害 (出所:共同プレスリリースPDF)

これらの結果は、手領域の活動を止めることで足領域に対する抑制が外れて反応が強まり、それによって足の感覚が過敏になったことが理由と考えられるという。正常な第一次体性感覚野では、身体の離れた場所についての触覚表現同士が互いに抑制し合うことで、それぞれの場所の触覚をより正確に表現するメカニズムがあることが推測されるとしており、従来は手足の感覚は互いに独立したものと考えられてきたことから、今回の発見はこれまでの常識を覆すものとなったとしている。

  • ものつかみネットワーク

    (左)第一次体性感覚野の活動が下がると、「ものつかみネットワーク」内での情報の流れも遮断されることが明らかにされた。上は、人工受容体を発現させた第一次体性感覚野・手領域の活動低下の様子。下は、「ものつかみネットワーク」内の情報の流れの遮断の様子。(右)手領域の活動を止めると、意外にも足領域の活動が上がり、足の感覚が過敏になることが確認された。上は、足刺激に対する脳活動。下は、手領域の活動を止めたことによる足の感覚過敏 (出所:共同プレスリリースPDF)

なお、研究チームでは、今回の技術を認知記憶や情動といった高次な脳機能の解明に応用することで、ヒトの脳機能を支えるメカニズムの理解につながることが期待されるとしているほか、こうした機能が損なわれる精神・神経疾患の回路基盤の解明や、治療法の開発に向けたブレイクスルーとなることが期待されるとしている。