米国航空宇宙局(NASA)は2018年8月12日、太陽探査機「パーカー・ソーラー・プローブ」の打ち上げに成功した。太陽に史上最も近い距離にまで接近し、コロナの中に飛び込んで観測する史上初のミッションで、NASAは「太陽に触れるミッション」と形容する。運用期間は7年で、その間に太陽に24回も接近。今年11月には早くも最初の接近・観測を行う。

  • パーカー・ソーラー・プローブの想像図

    パーカー・ソーラー・プローブの想像図 (C) NASA/Johns Hopkins APL/Steve Gribben

パーカー・ソーラー・プローブ(Parker Solar Probe)は、米ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の超大型ロケット「デルタIVヘヴィ」に搭載され、日本時間8月12日16時31分(米東部夏時間12日3時31分)に、フロリダ州ケイプ・カナヴェラル空軍ステーションから離昇した。

ロケットは順調に飛行し、デルタIVヘヴィと、さらに特別に搭載された第3段ロケットの噴射によって、打ち上げから約43分後に、探査機を軌道に投入した。同18時33分には、宇宙船の状態が正常であることが確認されている。

探査機はこのあと、金星の近くを通過(フライバイ)し軌道を変え、11月には最初の太陽への接近を果たす。その後も金星フライバイを繰り返しながら、運用終了までの7年間に、24回の太陽接近・観測を実施。太陽にまつわるさまざまな謎や問題の解決を目指す。

  • パーカー・ソーラー・プローブを載せた、デルタIVヘヴィの打ち上げ

    パーカー・ソーラー・プローブを載せた、デルタIVヘヴィの打ち上げ (C) NASA/Bill Ingalls

太陽をめぐる謎

パーカー・ソーラー・プローブが挑むのは、約半世紀にわたって科学者を悩ませ続けてきた、太陽をめぐる大きく2つの謎の解明である。

太陽の表面(光球)の周囲には、厚さ数千kmの「彩層」と呼ばれる大気の層があり、さらにその外側には、高度数万kmもの高さにまで広がる、「コロナ」と呼ばれる大気がある。コロナは、皆既日食が起きたときに太陽の周囲で淡く輝いて見える部分としておなじみで、息を呑むほど美しく、日食観測の醍醐味のひとつでもある。

このコロナは、100万~200万℃もの猛烈な熱さをもっていることがわかっている。ところが、そのコロナを生み出している光球の温度は約6000℃しかなく、彩層も5000℃ほどと圧倒的に低い。。

太陽表面から数千kmも離れているのにもかかわらず、なぜコロナは太陽表面より100~300倍も高温になっているのか、そしてどのようなメカニズムでその高温が維持され続けているのか、長年の謎だった。

この太陽コロナ加熱問題をめぐっては、大きく2つの仮説が提唱されている。ひとつは「ナノフレア加熱説」と呼ばれるものである。太陽の表面で起こる「太陽フレア」という爆発現象のうち、とくに小さな爆発を「ナノフレア」と呼ぶ。ナノフレアは長年、実際に観測できた例はなく、理論上の存在だったが、昨年宇宙航空研究開発機構(JAXA)などの国際研究グループが観測に成功している。

このナノフレアは、コロナ中にできた多数の「磁気リコネクション」という現象によって生じたエネルギーによって発生すると考えられている。そしてこのナノフレアによって、コロナが加熱されているのではないか、という仮説である。

もうひとつの説は「波動加熱説」と呼ばれるもので、太陽の表面から出ている磁場が揺すられることで、"波のエネルギー"として太陽表面からコロナにエネルギーが運ばれ、コロナの中で熱になっているのではないか、という仮説である。

現在までに、太陽観測衛星による観測や、スーパー・コンピューターを使ったシミュレーションなどで、両方の仮説ともそれを裏付けるような結果が出てきており、おそらくはどちらかが何割、もうどちらかが何割といった形で、複合的な原因で起きているのではと考えられている。

  • 日食時に見える太陽コロナ

    日食時に見える太陽コロナ (C) NASA’s Goddard Space Flight Center/Gopalswamy

もうひとつの謎は、「太陽風」がどのように生み出されているのか、という問題である。前述したコロナは、その高い温度のため、水素原子は陽子と電子に分解。このような電気を帯びたガスをプラズマと呼び、秒速300~900kmという猛スピードで惑星間空間を吹いている。このガスの流れを太陽風と呼ぶ。

太陽風には、プラズマのほかに、ヘリウムや酸素、重イオンなども含まれる。さらに太陽風に含まれるプラズマは、太陽の磁力線を惑星間空間に引っぱり出しており、その流れは地球の周囲にまで届いている。

この太陽風が、どのように生み出されているのか、そしてどのようにして猛スピードで飛べるほどのエネルギーを得ているのかは、まだ完全にはわかっていない。

パーカー・ソーラー・プローブは実際にコロナの中に突入し、搭載している磁場やプラズマ、エネルギー粒子を観測できる装置、そして太陽風を撮影できる装置を使って観測。太陽コロナ加熱問題と、太陽風をとりまく謎の解決に挑む。

また太陽風は、地球磁場に影響を与え、オーロラの発生源のひとつになるなど、地球とのつながりも深い。さらに、大規模な太陽フレアが発生すれば、太陽風も大量に放出されると考えられており、それが地球を直撃すると、人工衛星はもちろん、地上にも影響を与える。過去には1989年に、カナダのケベック州で大規模な停電をもたらした。

こうした太陽フレアの予測や、襲来に対する備えのため、太陽活動を観測、予報する「宇宙天気予報」が行われている。パーカー・ソーラー・プローブの観測は、こうした宇宙天気の研究にも役立ち、予報精度の向上にもつながる。

  • 太陽風の概念図

    太陽風の概念図 (C) NASA's Goddard Space Flight Center