ベルギーの独立系ナノテクおよびハイテク研究機関imecは5月23~24日、年次研究報告会「imec Technology Forum (ITF)2018」を開催した。そこで、同社社長兼CEOのLuc Van den hove氏は「新しい見方が画期的なイノベーションをもたらす」と題した基調講演を行ない「デジタル・トランスフォーメーション時代の到来で、ビジネスおよび社会に無限のチャンスがもたらされている。ナノエレクトロニクスとデジタル技術の融合がそれを後押ししており、IoTやAI、5G、ビッグデータ解析や迅速なDNA解析といった新たな概念が続々登場する時代においては、過去にとらわれず、オープンマインドで新しい見方ができれば、劇的なイノベーションを生み出すことができ、これまで不可能であったことも可能になる」と語った。

  • imec 社長兼CEOのLuc Van den hove氏
  • imec 社長兼CEOのLuc Van den hove氏
  • imec 社長兼CEOのLuc Van den hove氏
  • 基調講演でimecの未来を語った同社 社長兼CEOのLuc Van den hove氏 (提供:imec)

imecは、ベルギー・フランダース地方政府の科学技術振興政策強化の一環として、2016年9月に同地方の非営利デジタル技術研究機関でありインキュベーションセンター(起業支援組織)でもあったiMindsを吸収合併した。これによりimecはソフトウェアやIoT関連の研究陣を迎え入れ、従来からの強みであったハードウェア(ナノテク技術)とiMindsのソフトウェア(デジタルICT技術)を融合させ、広範囲のIoTアプリケーション開発を開始することとなった。

この結果、研究の協業先が、従来の半導体関連産業にとどまらず、健康、医学、自動車、エネルギー、地方自治体はじめ全産業分野にひろがっているという。かつて、数世代先の半導体微細化の研究が中心だったimecの変貌ぶりには目を見張るものがある。また、従来、ITFの参加者は1000名弱程度であったが、iMindsの合併により、発表テーマを広範囲のIoT関連とすることで参加者が急激に増加しているという。

また同氏は基調講演の後、取材に応じてくれ、日ごろベールに包まれているimecの経営状況を中心に大きく変化しようとしている同社の研究注力分野や研究受託ビジネスとしての日本市場への期待などについてを語ってくれた。

  • 2016年にiMindsと合併した後の研究プラットフォーム

    下段が2016年にiMindsと合併した後の研究プラットフォーム。コアCMOSヤセンサ、フレキシブル技術などの半導体技術とネットワーク、セキュリティ、ソフトウェア、データマネジメントなどのデジタル技術。上段は、その応用研究分野(スマートヘルス、スマートモビリティ、スマートシティ、スマートインダストリ、スマートエネルギー) (出所:imec)

ーーimecの直近の研究事業収入の規模は?

2017年の収入は546億ユーロ。2016年の497億ユーロから1割ほどの増収だ。業績は1984年の創業以来毎年順調に伸びてきた。このうち、2割が政府からの助成金で、ベルギー・フランダース地方政府からのものが主だが、オランダ政府系研究機関との共同運営研究所Holst Centre(オランダ・アイントホーヘン市)へのオランダ政府からの助成も含んだ値となっている(注:ベルギーは地方分権で科学技術振興は地方政府の権限であるため国家予算からの補助はない)。

実は、iMindsとの合併以前は、公的機関からの助成金は1割強であったが、規模拡大や地域産業振興推進の観点から増額が実施された。また、EU政府と欧州産業界が一体となって進めるコンソーシアムやプロジェクトからの研究資金が収入の1割を占めており、残りの7割が、世界中の企業や研究機関からの研究協業(受託研究)の収入となっている。

--現在のimec社員数は?

現在(2018年5月時点)で約3500名の規模だ。iMindsと合併する以前は2500名前後だったので、一気に1000名が増えたこととなる。

この数字には、世界中の研究委託企業から派遣されている研究者(給与は派遣元の企業が負担)が5~600名、imecで博士号取得のための研究を行うために大学から派遣されてきた学生5~600名を含んだ値だ。所属社員の国籍は77か国におよぶため、地元の言語はフラマン語(ベルギー・フランダース地方で使われるオランダ語)だが、社内公用語は英語となっている。

--iMindsとの合併でimecの研究に変化はありましたか?

imecは、伝統的に半導体やシステム技術(コアCMOS技術、センサ技術、フレキシブル技術)が強かった。一方のiMindsは、デジタル技術(ソフトウェア、ネットワーキング、データ管理、セキュリティ)やそのIoTへの応用に強い研究機関であった。その両社が合併した結果、IoT中心のアプリケーションドメイン(スマートヘルス、スマートモビリティ、スマートシティ、スマートインダストリ、スマートエネルギー)の研究が促進されるようになった。

特に、ハードウェアとソフトウェアそしてデータ分析の融合によりIoTソリューションが効率的に見出されるようになった。AIによるデータ分析は特に重要視されている。ヘルスケアや自動運転システムの開発でもハードとソフトが融合し、その結果をデータ分析することで新たなイノベーションが生みだされることとなる。このようにiMindsとの合併により、広範囲なIoTの応用研究を行えるようになった。現在のimecは、持続可能な、長寿命で快適で安全な生活を送れるスマートな社会構築を目指して研究を行っており、今後もその方向性を変えるつもりはない。

--iMindsはimecと異なった研究体制なのですか?

そうだ。imecは、ベルギーのルーベン市郊外に巨大なキャンパスを設置し、そこに社員のほとんどが集結している。一方の旧iMindsはフランダース地方の各大学のキャンパスに分散し、研究者の半分には大学から給与が支払われ、残りをimecが支払うという枠組みとなっている。いわばimecと各大学のベンチャー企業のようなものだし、各大学にimecの研究支所があるという見方もできるだろう。一番大きなチームは、ゲント大学に在籍しており、そうした各大学との密接な連携による英知の活用を進めている。

--現在の半導体プロセスの受託研究とそれ以外の研究収入の比率は?

半導体企業やファブライト、ファブレス企業からの半導体微細化プロセスや次世代デバイス委託研究収入は全収入の6割ほどで、長年にわたって収入の過半を占めてきた。しかし、iMindsとの合併で、非半導体の研究収入も徐々に増えてきており、今後は、その比率が変わってくる可能性もある。

--半導体への投資予算はどの程度でしょう?

半導体の微細化や次世代デバイス研究には莫大な研究費がかかります。そのため、支出の60~65%をそうした研究が占めている。

--受託研究以外のビジネスも行っているのでしょうか?

imecの伝統的なビジネスモデルは研究協業(受託研究)だ。これが我々の本業に変わりはない。ただ、中小企業向けにファウンドリサービスも行っている。200mmもしくは300mmの試作ラインを活用してCMOS、オプトエレクトロニクス、化合物パワー半導体、太陽電池、イメージセンサ、MEMSなどを提供するほか、中小企業がTSMCのようなメガファウンドリに直接頼むのではなく、imecが複数のそうした企業をまとめて、TSMCに製造委託を行なうといったブローカー的な役割も行なっている。

また、試作製造だけではなく、デバイス設計も受託しており、外部業者との提携によるパッケージやテストを含んだエコシステムとして活用することができる。そのため、中小企業から見れば、imecは半導体デバイスのワンストップショップと捉えることもできる。

このほか、imecでの研究成果で起業しようというスタートアップの創出も支援している。すでに、多数のベンチャーがimecから生まれており、そのビジネスを支援することで、地元の新たな雇用創出機会の提供などを実現している。

--半導体プロセスの注目株であるEUVの実用化は?

imecは従来にも増してEUVリソグラフィに楽観的な見方をしている。すでに本格的な生産に向けたEUV露光装置がASMLから複数出荷されていることも踏まえれば、先端プロセスへの量産適用は時間の問題だろう。Samsung Electronics、TSMC、Intelの3社がEUVの量産適用に向けたトップ集団だが、彼らの第2世代7nmプロセスから導入されるのではないか。

ASMLでも、すでに出力250Wの光源のデモが行なわれているほか、レジストは、一部、微小な欠陥に対する問題が解決していないものの、imecでもレジストメーカーと協力して、この問題の解決に取り組んでおり、近いうちに解決できると考えている。

--世界で注目が高まる量子コンピュータの研究状況は?

量子コンピュータは、非ノイマン型次世代コンピュータの本命として、シリコン方式、超電導方式など4種類の可能性を検討している。imecは、シリコン技術の蓄積があるため、シリコンベースの研究を重視しているが、大学には超電導方式の経験が豊富にあるため、そうした共同研究による探索も並行して進めている状況だ。

--imecと日本の産業界との関係は?

imecは、日本企業との協業に以前から積極的だ。20年前に日本にアクセスしたときには、日本企業の研究は閉鎖的で、研究は社内で密かにやるというスタンスだったが、いまではすっかりオープンコラボレーションとなり、グローバルに研究を展開しようという企業が増えてきた。

こうした長年の取り組みから、日本の多くの半導体メーカー、製造装置、材料メーカーと協業をしてきた。東京エレクトロン(TEL)やSCREENをはじめとする製造装置メーカー大手のほか、住友化学、JSR、富士フイルム、カネカなどの材料メーカー大手も複数参加している。

また、日本の半導体メーカーの市場シェアは低下傾向にあるものの、CMOS研究の中核メンバーには日本の半導体企業が複数、名を連ねている。日本の半導体企業は、近年、ファブライト、そしてファブレスを志向してきており、imecからのアプローチも、従来のCMOS研究のみならず、アプリケーションを意識したものも展開してきており、すでに多くの半導体企業がヘルスケア分野での協業を進め、化学メーカーや医薬品メーカー、大学、病院などとの連携も進めている。

今後は日本のさらに多くの産業分野の企業との協業が実現できればという意思は強く持っている。日本でも毎年技術フォーラムを開催しているが、その取り組みは、こうした意思の表れだと思ってもらいたい。

--最後の質問です。日本企業や社会への要望があれば教えてください

日本の企業や研究機関がオープンコラボレーションを重視する方向へと進んでいることはすばらしいことだと思っている。imecの研究協業(受託)ビジネスモデルは、長年にわたって検討を行い、改良を重ねてきたものであり、決して簡単に真似できるものではない。

日本の企業や研究機関は、研究の重複を避け、研究開発費の削減のためにも、オープンイノベーションを推進していくことが重要だろう。その中の候補の1つとしてimecを検討してくれ、ともにwin-winの関係を構築できれば、最高だと思っている。imecとしても、日本の研究機関などとも積極的に協業していきたいと思っており、新たな枠組みなども考えていければと思っている。

--ありがとうございました