シミュレータでは完璧に動作するプログラムも、装置に実装してみると、空気抵抗や摩擦、反発などの物理現象により予想どおりに動かない——。単なるコーディング力のみでは勝てない、異色のプログラミングコンテスト「DISCO Equipment Coding Contest(以下、DECC) 2025」が3月23日、東京都大田区にあるディスコ本社・R&Dセンターで開催された。本稿では、"理論"と"装置"の狭間で繰り広げられた、唯一無二の技術バトルの全貌をレポートする。

  • イベントの様子

球をバウンドさせて狙った穴(コミットターゲット)に入れる、新世代の玉入れ

半導体製造装置メーカーのディスコが主催するDECCは、"E"が表す"Equipment(装置)"が最大の特徴だ。参加者は与えられた課題に対して戦略を練り、プログラムを装置に実装して得点を競い合う。通常のプログラミングコンテストにはない、現実の物理現象を考慮した実装力が求められる点が魅力となっている。

今年の参加者は、オンライン予選を勝ち抜いた60名。そのうちの約半数が2026年・2027年3月卒業見込者という構成だ。午前中に行われたシミュレータ部門で上位26名が選出され、午後からの装置実装部門へと進んだ。さらに敗者復活戦を勝ち抜いた4名も加わり、装置実装部門に進んだ30名は、装置を用いた2回のトライアル(敗者復活者は1回)でプログラムの調整を行い、最後に行われるファイナルステージの得点で順位を競い合った。

装置の写真

装置は、上部から落下する球が、可動式の斜面(バウンド盤)に当たって跳ね返り、水平に並んだターゲットの列へと飛んでいく構造。参加者は、バウンド盤の高さと角度を調整し、コミットしたターゲットにピンポイントで球を届ける必要がある。

今回の問題は、直径3cm程度のフェノール樹脂製の球を、傾斜がある盤面でバウンドさせ、7個×3列、合計21個の直径5cmほどの平面上の穴(ターゲット)のいずれかに入れるというもの。球は自由落下しており、参加者は、反射板の高さと2方向の回転角度を調整し、バウンドする球の軌道をコントロールする。事前に入れたいターゲットを「宣言(コミット)」し、そこに入れると高得点が得られる。この動作を繰り返し、21個のターゲットすべてに狙いどおり球を入れると満点となる。偶然違うターゲットに入ってしまった場合の点数は低く設定されている。

シミュレータでは完璧に動いていたプログラムも、装置に実装すると空気抵抗や摩擦といったさまざまな物理現象の影響を受けて思うように動かないことが多い。装置実装部門に挑戦した参加者たちは、限られたトライアルの時間のなかで、プログラムの補正に奮闘した。

このように、DECCのおもしろさは、コーディングの能力だけでなく、物理現象を理解し制御する力も問われる点にある。それはまさに、ディスコがエンジニアに求める力と重なっている。ファイナルステージに先立って、トークセッションも行われた。「なぜディスコに来たのか」という問いに対し、エンジニアのN氏は「メーカーでありながら自分でソフトを書くことができるのが魅力だった」と答え、自分の想像したものを自作できる点にやりがいを感じると語った。T氏はコンテストで培ったプログラミングスキルが、デバッグ時に発生頻度の低い不具合を発見する際などにも活きていると説明した。

装置実装における勝負の分かれ目は、物理現象への理解とトライアルの戦略

トークセッションが終了すると、いよいよファイナルステージが始まった。シミュレータ問題の結果に基づき、参加者は30位から順番に登場し、開発したプログラムを装置に実装して動かしていく。自分の書いたコードがどこまで装置に通用するか、緊張感が会場を包む。

  • 装置の写真

特に注目を集めたのが、遠くのターゲットから順番に狙う戦略を採用し、ほとんどの球をノーバウンドでターゲットに入れていった参加者だ。シミュレータ部門では26位と上位に食い込めなかったものの、装置実装での正確な動きに会場からは驚きの声が上がった。見事に全21球中17球をコミットターゲットに入れ、2,940点という高得点をマークした。

このように、シミュレータ部門で成績がふるわなくとも装置実装部門では結果を出せた参加者もいれば、その逆の参加者もいた。

ポイントとなったのは、どのターゲットをノーバウンドで狙い、どのターゲットにバウンドさせて入れるかという戦略だ。「ノーバウンドにするために球に対するバウンド盤の角度を大きくすると、球速が出てしまってターゲットに入りづらい。一方で、平面上でワンバウンドさせる方針だと計算と装置実装した際のズレの調整が難しい」と、ディスコのT氏は解説する。実際に「遠くの方はノーバウンドで、中段はワンバウンドで」「全部ワンバウンドでなんとかならないか」という独自の戦略を採用した参加者や、「物理的に正確な計算をすることなく、パラメーターを調整」して高得点を獲得した参加者も見られた。

最終的に、前述の2,940点を獲得した参加者が1位、シミュレータ部門5位の参加者が2,254点で2位、シミュレータ部門でトップだった参加者は2,197点で3位という結果だった。

T氏は総評で「限られた時間のなかでこれだけきれいに球を入れられるようになるのは素晴らしい。トライアルの工程が後ろになるにつれて、補正をしようとすると、かえってそれが悪い方向に働いてしまうこともある。シミュレータと装置実装のズレの原因を論理立てて考え、適切に対応できる人が装置実装部門で上位に食い込んだ」と話した。実際の業務も物理現象を制御する仕事であり、その意味で今回のコンテストには業務のエッセンスが詰まっていたという。

シミュレータと装置実装、異なる戦略で勝利した優勝者の声

熱戦を制した優勝者たちの声を聞いてみよう。まずは見事に装置実装部門で2,940点という高得点を叩き出した優勝者から。

「シミュレータ部門の成績はあまり良くなかったのですが、装置実装部門では調整で弾みをわずかに長くすることで成功しました。物理現象の理解は難しく、シミュレータ問題は時間内に終わらず苦戦しましたが、紙で整理したのが功を奏しました。実際に装置を動かして結果を出す経験は初めてで、とても貴重でした。今後は人の手では難しい動作を計算機の力で実現する仕事に注目していきたいです」(装置実装部門優勝者)

一方、シミュレータ部門では圧倒的な強さを見せたものの、装置実装部門では3位となった参加者はこう振り返る。

「シミュレータ部門で1位を取れたことは嬉しかったですが、装置に実装してみると弾かれたり、空気抵抗の影響で予想外の動きをしたりして、補正の判断が難しかったです。1回目のトライアルの失敗を踏まえて2回目に対策を入れたのですが、新たな問題も発生し、対応に悩みました。ただ、装置を扱うのが苦手だと思っていた自分にとっては、今回の経験でその意識が少し変わった気がします」(シミュレータ部門優勝者)

  • 装置実装部門優勝者の写真

    装置実装部門優勝者

  • シミュレータ部門優勝者の写真

    シミュレータ部門優勝者

企画・運営担当者が語る、「装置」への徹底したこだわり

このユニークなコンテストを作り上げた裏側には、どのような思いがあったのだろうか。DECCを企画・運営したディスコのY氏に、コンテスト終了後、思いの丈を語ってもらった。

  • Y氏の写真

    株式会社ディスコ 技術開発本部 Y氏

「1位、2位の方が思ったより高得点で驚きました」と率直な感想を述べるY氏。「社内でもテストしましたが、あそこまでの点数は短時間では出せなかった。いきなり装置に実装すると600-700点くらいが限界で、3,000点近く出ることはなかなかない」と参加者の実力に舌を巻いた。

今回の装置は、バウンド盤を傾けて球をターゲットに入れるという前回の装置から大きく刷新された形だ。Y氏は「前回は球の軌跡を考える計算が難しかった。今回は反射の物理で、計算自体は簡単になった。ただ、装置にはさまざまな物理現象が影響するという意味で難しくなった」と説明する。

装置のアイデアは「ピンポン球をバウンドさせてコップに入れる動画が動画サイトで流行っていた」ことがきっかけだったという。こうしたエンタメ的な要素を技術コンテストに落とし込むことで、直感的におもしろさが伝わり、かつ設計の奥深さも表現できる装置を目指した。

「まずは社内で機械のイメージを作って社長に見せ、装置の試作を繰り返して、最終的な形にまとめました。得点の出し方も工夫しました。ビンゴのようにランダム性を楽しむ案もあったのですが、それだと運の要素が強すぎる。狙って球を入れる方が参加者の実力が反映されるし、達成感も大きくなると考え、今のような構成にしました」(Y氏)

装置づくりで苦労したのは「球」の選定だったという。「卓球のピンポン球やビリヤードの球などでも検討しましたが、空気抵抗や、表面の印刷の影響があり、なかなか決まりませんでした。結局、フェノール球を採用しましたが、製造工程を見学に行くなど、徹底的に調べました」と語るY氏。「球の精度は再現性に直結します。繰り返しの動作が前提になる競技なので、ほんのわずかなばらつきでも結果に差が出てしまう」と装置の再現性へのこだわりを見せる。

来年に向けては「今回のコンテストの結果を活かして、さらに装置を進化させていきたい」と意欲を見せるY氏。表彰式では「コンピュータのなかで完結させるのではなく、こうした大きな装置を自分の思いどおりに動かせるとおもしろい。就職活動の際には、(ソフトウェア企業だけでなく)装置メーカーにも目を向けてもらえれば」と締めくくった。

DECCが問いかけるものは、デジタルの世界を超えた「現実を制御する技術」の可能性だ。シミュレーションと装置実装のギャップ、計算と現実のあいだに横たわる見えない壁。それを乗り越えるための試行錯誤こそが、真のエンジニアリングの醍醐味なのかもしれない。来年のDECCでは、どのような装置と挑戦が参加者たちを待ち受けるのだろうか。境界を超える技術の祭典は、これからも進化を続けていく。

関連リンク