1892 年に設立され、日本を代表する総合建設会社としてビジネスを展開する株式会社大林組。2021 年に創業 130 年を迎える同社はブランドビジョンとして「MAKE BEYOND つくるを拓く」をスローガンに掲げ、建設の枠を超え事業領域の深化・拡大を進めています。
同社では ICT 技術の活用に積極的に取り組んでおり、その一環としてブロックチェーン活用に着手しました。マイクロソフトが提供するブロックチェーンサービス「Azure Blockchain Service」のハンズオンを経て、社内のコンクリート受入検査システムにブロックチェーンを連携させる“テーマ A”と、協力会社との取引業務に対しブロックチェーンで省力化を図る“テーマ B”の 2 つのプロジェクトを推進。2020 年夏より本格的な開発をスタートし、テーマ A は同年 10 月末に運用を開始。テーマ B も PoC の最終段階に到達しています。
マイクロソフトのハンズオンにより、ブロックチェーン活用プロジェクトが始動
ブロックチェーン活用プロジェクトのまとめ役を務める大林組 デジタル推進室 デジタル推進第二部 上級主席技師の太田 洋行 氏は、同社における ICT 技術活用を牽引するキーマンです。ニーズベースの技術開発はもちろん、シーズベースでの最新技術活用にも積極的に取り組んでいます。
「ICT 領域は技術の進展が早く、ニーズベースだけではキャッチアップすることが困難です。そのため具体的な導入効果を模索しながらシーズベースで最新技術の収集や検証に取り組むケースが増えてきました。毎年予算を確保して、BIM/CIM や xR、IoT といった先進技術の収集や検証を進めています。その中にブロックチェーン技術の活用もあり、2019 年 4 月には 活動が開始しました」(太田 氏)。
プロジェクト始動前の初期段階では、具体的な業務改善効果などは想定しておらず、コンサルティングを受けてブロックチェーン技術について理解するところから始めたと太田 氏。「まずは登録したファイルが改ざんされていないことについて、ブロックチェーン技術がどういった裏付けを取ってくれるかを確認できる小さなプログラムを作って、基本的なふるまいを理解するところで初年度が終わりました。」と当時を振り返ります。
具体的にどう活用するのかを検討する段階に入り、太田 氏はマイクロソフトのブロックチェーンサービス「Azure Blockchain Service」(以下、ABS)に注目します。同社が運用する社内システムの一部が Microsoft Azure 上に構築されていたこともあり、マイクロソフトの技術営業窓口に相談し、ハンズオンで環境構築を実践。そこには、今回のプロジェクトを担当するデジタル推進室 デジタル推進第二部 生産デジタル推進課の佐藤 洋平 氏と、生産技術本部 先端技術企画部 技術第一課 副課長の湯淺 知英 氏も参加していました。
「半日ほどかけて ABS のハンズオンを実施していただき、具体的な活用に向けた可能性を感じました。初期の検証(コンサルティング)から参加していた 3 名(佐藤氏、湯淺氏ともう 1 名)にも加わってもらい、結果的にはこのメンバーを中心にプロジェクトを実施していくことになりました」(太田 氏)。
ハンズオンに参加した湯淺 氏は「思ったよりも容易に構築できることに驚きました。」と ABS の印象を話します。佐藤 氏も「ABS のしくみやメリット、制限を理解するよい機会になりました。」と語り、マイクロソフトのハンズオンが同社のブロックチェーン活用プロジェクトに影響を与えたことがわかります。
マイクロソフトのハンズオンでブロックチェーン活用の手応えを掴んだ同社は、ABS 上での実装を前提に環境構築に対応してくれる業者を選定し、2 つのプロジェクトを立ち上げます。その 1 つが検査履歴管理システムの構築で、佐藤 氏が担当するテーマ A プロジェクトに当たります。これは既存のコンクリート受入検査システムにブロックチェーンを連携させることでデータの信憑性を確保し、現場のデジタル化を加速させる取り組みとなります。
運用開始から 2 カ月弱で 17 の現場に導入され、約 3 万件の検査データの連携が実現
「モバイル端末が普及し、現場で生まれる情報がデジタルデータ化されるようになりましたが、監理者等からデジタルデータの信頼性を十分に得られないために、現場でのデジタルデータの活用ができない場面が存在します。ブロックチェーンを活用することで、データの信憑性を担保できるようにすれば、こうした課題を解決し現場のデジタル化を推進できるのではと考え、今回のプロジェクトを立ち上げました」(佐藤 氏)。
ハンズオンで使い方を確認できていたこともあり、佐藤 氏はブロックチェーンのプラットフォームとして ABS を採用。Azure 上に構築された既存のコンクリート受入検査システムのデータベースを Logic Apps で監視し、データベースの更新を検知すると検査データを検査履歴管理システムに複製しつつ、ブロックチェーンにハッシュ化したデータを書き込むという仕組みを構築しました。
「Web アプリも構築し、ブラウザ上で任意の検査結果を選択するとデータベース上の検査データからリアルタイムに生成したハッシュ値と、検査データの登録時にブロックチェーンに書き込まれたハッシュ値が同じであることを確認できるようにしました。これにより、データの改ざんの有無が迅速に確認できるようになり、データの信憑性を確保できるようになりました。実際に構築してみて ABS は Azure ベースのシステムとの繋ぎ込みが簡単なことが大きなメリットだと実感しました」(佐藤 氏)。
テーマ A のプロジェクトは 2020 年夏から開発に着手し、同年 10 月末に運用を開始。3 カ月程度でシステムの構築に完了しています。2020 年 11 月末時点(運用開始から 2 カ月弱)で、17 の現場の計 3 万件のデータが連携されるなど、すでに具体的な成果が現れてきています。
「今回のプロジェクトはコンクリート受入検査という特定の領域にブロックチェーンを活用しましたが、今回構築した API を他のシステムと連携させ活用範囲を広げ、大林組の検査データの信頼性をアピールできれば、発注者や社会に対して訴求力を得られるのではないかと考えています」(佐藤 氏)。
Corda を採用し、社内システムと外部システムと繋げるブロックチェーンネットワークを構築
テーマ A のプロジェクトは社内システムにブロックチェーンを導入するものでしたが、湯淺 氏が担当するテーマ B のプロジェクトは協力会社との取引業務をブロックチェーンで効率化するという取り組みとなります。
「建設現場では、足場など仮設部材関連のやり取りが毎月大量に発生しています。その都度納品伝票と請求書の数量を突き合わたり、故障品の有無をチェックするなど、現場事務所では膨大な確認作業が必要となっています。この業務をブロックチェーンの活用で省力化するというのが、テーマ B のプロジェクトの概要となります」(湯淺 氏)。
湯淺 氏は、東京大学大学院工学系研究科の「i-Construction システム学寄付講座」の共同研究員を務めており、その活動の中で関わりを深めた日建リース工業株式会社をパートナーとしてプロジェクトを推進。「最初の 2~3 カ月は課題の抽出と日建リース工業さんへのヒアリングに費やしました。今回のプロジェクトでは、社内システムの把握と併行して外部(日建リース工業)のシステムも把握しなければならず、その中間にどのようなシステムを構築すればお互いの業務課題を解決できるのかを探っていきました。」と当時を振り返ります。
もちろん、すべての課題をブロックチェーンで解決できるわけではないと湯淺 氏。他の Web システムへの置き換えなど、複数のアプローチを組み合わせたストーリー作りが重要だったと力を込めます。こうした要因をふまえ、テーマ B のプロジェクトではブロックチェーンプラットフォーム「Corda」を採用しています。金融機関をはじめ多くの企業・団体の取引で利用されている Corda は、エンドユーザー(金融機関)主導で開発されており、他の会社のやり取りを秘匿する情報と、裏付けを取るためのブロックチェーンの書き込み、すなわち「見える部分」「見せない部分」をコントロールできるのが特徴で、今回のプロジェクトに最適なプラットフォームといえます。2020 年 8 月後半よりシステムの開発に着手、現在は PoC の最終段階です。開発委託先の Azure(IaaS)上への環境構築はほぼ完了しており、その環境を大林組の Azure 上に構築するための準備を進めているところです。
「今回のプロジェクトは日建リース工業とタッグを組んで進めていますが、次のステップとしては多数の協力企業との連携が不可欠です。最終的には、建設業界全体を巻き込んだ取り組みを行い、ブロックチェーンの価値を最大化する必要があります。大林組としては、今回のプロジェクトを含めたさまざまな取り組みをリリースしてブロックチェーンの価値をアピールし、関連企業に興味を持ってもらいたいと考えています」(湯淺 氏)。
とはいえ、管理システムを持たない協力会社にブロックチェーンのノードを所有してもらうのは非常に困難なミッションになると湯淺 氏。「これまでカーボン紙で取引を管理していた会社が一足飛びにブロックチェーンを導入するのはハードルが高く、管理システムを持たない会社には簡易的な Web アプリ、管理システムを構築している会社には API を提供するなど、わかりやすいインタフェースを用意することが重要です。」と今後の課題を語ります。
太田 氏も「ブロックチェーンを活用したスマートコントラクトの流れはさまざまな領域で進んでおり、スマートシティ構想などに参画する場合でも流れに巻き込まれて関わるのか、あらかじめ準備して関わるのかで、今後のビジネスに違いが出てくると思います。」と語り、今回のプロジェクトでブロックチェーン活用の準備を進められた成果を強調します。
テーマ B プロジェクトの PoC における最大の効果として湯淺 氏が挙げたのは、「社内・社外を含め、今後はこういった世界になっていくというロードマップを示せるようになったこと」だといいます。ブロックチェーンの具体的な仕組みや導入の効果を PoC のデータから見せられるようになったことで、今後の展開への道筋が開けたと湯淺 氏は手応えを口にしました。
建設業界全体を巻き込んだスマートコントラクトの実現も視野に入れて取り組みを継続
大林組におけるブロックチェーン活用は、まだ始まったばかりです。テーマ A のプロジェクトで、ブロックチェーンを活用して現場のデジタル化を推進した佐藤 氏は今後の展望をこう語ります。
「今後は他のシステムとの連携を進めていきたいと考えています。また、現場のデジタル化を図るうえでは IoT との連携も積極的に進めていく必要があります。現状の検査システムは担当者が手動で入力しており、その時点で間違ったデータが書き込まれるとブロックチェーンの意味がありません。ここを IoT で自動化できれば、業務の効率化とデータの信頼性確保を実現できると考えています」(佐藤 氏)。
テーマ B プロジェクトで外部との連携に取り組んでいる湯淺 氏にとっては、ブロックチェーンのネットワークに参加する協力会社の数を増やすことが重要なミッションとなります。
「今回の PoC は 2 社間での取引に対する導入で、比較的単純な契約形態における実証です。建設業界では膨大な協力会社との取引が不可欠なため、今後はより複雑な契約形態に対応したシステムを構築していく必要があります。その過程で顕在化した技術的な課題をひとつひとつクリアしていき、最終的には業界全体に対してどのように適用していくかといった戦略的な取り組みも進めていかなければと考えています」(湯淺 氏)。
プロジェクトを取りまとめる太田 氏は「具体的な業務への結びつけられるように社内営業を積極的に行い、今回の PoC プロジェクトの成果を紹介していきたいと思います。」と語り、今回のプロジェクトの成果が大林組全体で活用されることを期待しています。
ブロックチェーン導入の効果を最大限に得るためには、関連する企業・組織すべてがブロックチェーンを活用できる環境を構築することが重要です。そのためには協力会社がブロックチェーンに興味を持ってくれることが重要になると佐藤 氏、湯淺 氏は口を揃えます。
「ブロックチェーンと聞くと難しく感じる方がいるかもしれませんが、分散型ネットワーク技術を利用した“分散台帳”でしかありません。建設業界の現場ではカーボン紙を利用することでデータの原本性を担保していますが、これにより集計作業が発生するなど、現場業務の大きな負担になっています。ブロックチェーンを導入することで、デジタルカーボン紙への移行が実現し、これまでの無駄をなくすことができます。膨大な業者との取引がある建設業界にとっては非常に効果的な技術となるので、同業界の方に興味を持っていただけることを願っています」(佐藤 氏)。
「今回のプロジェクトで Corda を使ったシステムの構築を実証することができました。このノウハウを活かし、関連企業との連携を進めていければと思っています。ブロックチェーンの活用に興味がある、サプライチェーンに関係する会社の皆様には、ぜひお声がけいただければと思っています」(湯淺 氏)。
単なるブロックチェーン活用に留まらず、建設業界全体を巻き込んだスマートコントラクト推進も視野に入れた大林組の取り組みには、今後も注視していく必要があるでしょう。
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