ソフトバンクは2022年2月28日、「Segment Routing IPv6 Mobile User Plane」(SRv6 MUP)という技術の開発に成功したと発表しました。これは5Gの特徴となるMEC(マルチアクセス・エッジコンピューティング)やネットワークスライシングなどを、低コストかつ容易に実現するとされていますが、具体的にはどのようなものなのでしょうか。→過去の回はこちらを参照。

IP技術の活用で多数の端末からの接続に対応しやすく

携帯各社がスタンドアローン(SA)運用への移行を打ち出し、ネットワークスライシングなどの技術を活用した5Gの本格活用が進められようとしている昨今。ソフトバンクはその5Gの特徴をより生かすための新しい技術として、2022年2月28日に「SRv6 MUP」を開発したことを発表しています。

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これはコアネットワークの中で、従来の電話回線で用いられる回線交換方式で用いられていた技術を、IPベースの技術に置き換える取り組みの1つとなるもの。

端末と基地局が途切れることなくデータをやり取りする技術として、これまでは回線交換方式の技術をベースとしたGTP(General Packet Radio System)が用いられてきましたが、GTPでは同時に通信できるセッションを増やすごとに設備も増やす必要があり、その分コストがかかる仕組みでした。

しかし、ソフトバンクは自社のコアネットワークにIPv6を使った新しいルーティング技術「SRv6」を導入しており、SRv6 MUPはそのSRv6の仕組みを生かしてGTPを置き換えるものになります。

SRv6は送るパケット(データ)に「セグメントID」というIDを付けるだけで自動的にデータを送る仕組みで、GTPのようにセッション数に応じて機器を増やす必要がないことから、より少ないコストで多くの端末による通信を可能にできるわけです。

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    ソフトバンクが開発を発表した「SRv6 MUP」は、従来端末とネットワークとの接続に1本ずつトンネルを用意していたのを、IP技術によるルーティングに置き換えることで低コストかつより多くの端末を接続できるようにするものになる

それがなぜ、MECやネットワークスライシングにメリットを与えるのかといいますと、それは今後5GのSA運用への移行により、ネットワーク接続する端末数が大幅に増えるからです。

5Gではスマートフォンだけでなく、さまざまなIoT機器がネットワークに接続されることから、その分通信のセッション数が大幅に増えることが予想されます。

ですが、そこにMECやネットワークスライシングなどの技術が導入されますと、1つの端末から複数のセッションを用いて通信するケース、例えばインターネット接続と、低遅延のためのMECサーバへの通信が同時に発生するようなケースも多数起こり得ると考えられます。

そうなると、従来の技術では増加するセッション数に対応するのに多額の設備投資が必要になりますし、セッション数の急増で障害が起きる可能性も高まってきます。

しかし、SRv6 MUPを導入すれば、より安価なルータを用い、IP技術によるルーティングで処理をこなせることから増加するセッションに低コストで対応しやすくなるのです。

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    SA運用への移行やMEC、ネットワークスライシングの導入で接続端末数が増えるだけでなく、1つの機器で通信するセッション数の増加も見込まれることから、低コストで負荷を抑えられるSRv6 MUPのメリットが高まってくるとのこと

モバイルネットワークのIP移行に必要な技術

ソフトバンクの説明によりますと、同社がSRv6 MUPの開発に至った背景には、IP技術の活用を成長につなげてきた歴史があるとのこと。

同社は「Yahoo! BB」を展開していたADSLの時代、後発であったことを生かして従来の電話回線の技術ではなくIP技術を全面的に採用、それによって低価格かつ大容量のネットワークを構築でき、利用の拡大につなげることができたといいます。

SRv6 MUPの取り組みもそれと同じく、回線交換技術からIP技術へ移行することで安価、かつ大容量通信ができる仕組みを作ることが狙いだといいます。

GTPを用いた方法ではADSLで電話回線技術を活用していたのと同じで、MECやネットワークスライシングとの親和性が低いと判断したことから、IPベースの技術で安価なルータで大容量通信処理ができるSRv6 MUPの開発に至ったとのことです。

なお、SRv6 MUPの技術開発にあたっては、ネットワーク装置を手掛けるスタートアップの米Arrcus社が開発したネットワークOS上にSRv6 MUPを実装しているとのこと。

すでにPoC(概念実証)は完了しており、2022年2月28日から実施されていた携帯電話業界の見本市イベント「MWC Barcelona 2022」の、インテルやVMwareのブースでデモ動画を放映していたとのことです。

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    2022年の「MWC Barcelona」においても、複数企業のブースでSRv6 MUPのデモを公開しており、海外でのアピールも積極的に進めている

また、ソフトバンクではインターネット技術の標準化団体であるIETF(Internet Engineering Task Force)に、SRv6 MUPの基本技術のドラフトを提出して標準化作業を進めているほか、モバイル通信の標準化団体である3GPPでも、2020年に標準化作業が完了した「リリース16」での採用には至っていないものの、技術に関する話し合いは進められ、SRv6がMUPとしての要件を満たすことの合意はなされているといいます。

ソフトバンク側の説明によると、3GPPでの標準化に関しては今後も技術のPoCでの検証を基に技術の成熟度を上げながら取り組むとしており、6Gの要素技術としての採用に向けた取り組みを進めていきたいとのこと。

商用ネットワークにどのようなタイミングで導入されるかはまだ分かりませんが、SA運用で5G、ひいてはMECやネットワークスライシングの利用が今後急拡大することが予想されるだけに、新技術がどのような形で貢献を見せるのか、注目しておきたいところです。