KDDIは2022年2月21日、AbemaTVと共同で日本初となる5Gのスタンドアローン(SA)運用による映像生中継を実施すると発表、同日より法人向けの5G SAサービスを開始すると発表しましたが、本格的な5G SA時代の幕開け、そして企業の5G利活用を加速するにはまだ課題が少なからずあるようです。→過去の回はこちらを参照。

安定した映像中継にSAが必要な理由とは

携帯各社が基地局だけでなく、コアネットワークも5G仕様の機器で運用するSA運用への移行を打ち出し、ようやく5Gの本領を発揮できる環境整備が進もうとしています。そのSA運用による法人向けのサービスを本格的に開始すると発表したのがKDDIです。

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同社は、2021年9月に5Gの商用環境におけるSAでの通信試験を開始したと発表していますが、それはあくまで実証実験にとどまっていました。しかし、2022年2月21日、KDDIは法人向け5GのSA運用による商用サービス提供を開始すると発表、本格的なSA運用での5Gサービス提供へと踏み出すに至っています。

その活用事例の第1弾となるのが、映像配信サービス「ABEMA」を手掛けるAbemaTVと共同で取り組む、5G SAを活用した映像の生中継です。具体的には2月21日にABEMA配信で配信された「ABEMAMIX」の一部で、5G SAによる映像配信を実施しました。

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    KDDIは法人向けに、5GのSA運用による商用サービス提供開始を発表。最初の取り組みとして「ABEMA」での映像配信に5G SAを活用する取り組みを打ち出している

具体的には、東京都渋谷区にある公開スタジオ「UDAGAWA BASE」をKDDIの5Gエリア化。ソニーの「Xperia 1 III」をベースに5G SA対応を施したスマートフォン試作機を用いて、カメラで撮影した映像を5G SAのネットワークを通じて伝送することにより、ライブ中継する仕組みになるとのことです。

KDDIの説明によりますと、映像配信にSA運用が必要な理由は安定した通信回線品質の確保にあるようです。テレビ局やABEMAのようなサービスが映像中継をする際には、高品質の映像を安定して届けられる品質のネットワークが必要となりますが、通常のモバイル通信はさまざまな用途に用いられていることから品質が安定しないという弱点があります。

それゆえ従来は専用の通信回線を用意したり、複数のモバイル回線を束ねたりして安定した通信を確保する取り組みをしてきましたが、いずれも大掛かりな機材が必要になり、多くのスタッフの手がかかってしまうという課題がありました。

しかし、SA運用の5Gネットワークであれば、利用用途に応じてネットワークを仮想的に分割する「ネットワークスライシング」が使えることから、映像配信をするネットワークとそれ以外のネットワークを分けることにより、安定したネットワーク品質での映像配信ができるようになる訳です。

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    5G SAの導入で、ネットワークスライシングにより通常のネットワークと映像配信専用のネットワークを分け、安定した通信を確保できるようになる

スライシングに求められるSLA、その実現には時間がかかる

SA運用に移行することで最大のメリットとなるのはネットワークスライシングであることから、KDDIでは商用サービス開始に合わせて今後、ネットワークスライシングをさらに進化させていくことが重要だとしています。中でも同社が注力しているのがSLA(サービス品質保証)です。

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    ネットワークスライシングの高度化に向け、KDDIが重視しているのは企業が求めるネットワークの性能・品質を維持して提供し続けることだという

先のABEMAの事例でも触れた通り、企業がネットワークスライシングに求めるのは、外部環境に左右されることなく、安定した品質でネットワークを利用し続けられることです。

それだけにスライスされたネットワークの品質を保証し、それを維持し続ける仕組みを実現することこそが、企業の5G利活用を促進する上で重要と見ているようです。

そのためにKDDIでは、コアネットワークだけでなく基地局などの無線アクセスネットワーク(RAN)でもSLAを実現する取り組みを進めており、個々のユーザーの通信状況を把握して適切な無線リソースを割り当てる「RANインテリジェントコントローラ」(RIC)に関する技術開発に力を入れています。

実際、2020年9月には韓国サムスン電子と、RICをネットワークスライシングの制御に用いてエンド・ツー・エンドでのネットワークスライシングを実現する実証実験を実施しています。

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    KDDIは2020年9月に、サムスン電子とRICをネットワークスライシングの制御に用いる実証実験を実施、SLAの実現に向けた取り組みに力を入れている

ただ、RICはRANのオープン化を推進する「O-RAN Alliance」で規定された技術でもあることから、KDDIではSA運用への移行に合わせる形でRANのオープン化に向けた取り組みも積極化しています。

そして、KDDIは2022年2月18日に富士通、サムスン電子と、商用ネットワークに接続するオープン化した5G SAの仮想化基地局によるデータ通信に成功したと発表しています。

これは、O-RANに準拠した異なるメーカーの機器を用いて構成された基地局を用いて通信するというもの。具体的には無線信号を処理するDU(Distributed Unit)と、処理したデータを集約してコアネットワークとやり取りするCU(Central Unit)に仮想化技術を用いたサムスン電子製の機器を、無線通信を担うRU(Radio Unit)に富士通製のMMU(Massive MIMO Unit)を用いて基地局を構成し、実際に通信できることを確認したとのことです。

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    RICの導入に向けRANのオープン化にも取り組んでおり、O-RAN仕様で富士通とサムスン電子の機器を組み合わせ、仮想化された5G SA基地局での通信を実現したとしている

しかし、そうした技術開発はまだ途上の部分もあり、実際の商用ネットワークに企業が求めるSLAを実現するネットワークスライシングを導入するにはまだ時間がかかるようです。それゆえKDDIは、SA運用によるサービスの本格展開が2024年度と、2年以上先になるとしています。

今回のABEMAとの取り組みに関しても、本格的なシステム導入にはまだ検証を重ねながら検討するとしており、実際の現場で本格導入されてフル活用する段階には至っていません。

SA運用による商用サービスが始まったからといってもまだ課題は多く残っており、企業で本格活用されるにはまだ相応の時間がかかることとなりそうです。