100年以上の歴史を誇る「銀座千疋屋」は、日本を代表する高級フルーツの老舗として、贈答品市場で確固たる地位を築いてきた。しかし、デジタルシフトが加速する中で、伝統の継承と次世代顧客の獲得の両立は、同社にとって避けて通れない経営課題となっていた。
そうした中、同社はソーシャルギフト「LINEギフト」において、2024年7月に前年同月比600%増という驚異的な売上をたたき出した。以降も、ヒット商品を次々と生み出し、売上は右肩上がりに伸びている。今回、その舞台裏を銀座千疋屋 WEB事業部 統括主任 野口麻記子氏とLINEヤフー 河田早苗氏にうかがった。
なぜ老舗がソーシャルギフトに参入したのか
銀座千疋屋がLINEギフトに注力した背景には、若年層における認知度を上げたいという事情があった。
野口氏は、「当社は40代から70代の方に広く知っていただいていますが、若年層で認知度が低く、もっと当社を知ってもらいたいと考えていました」と話す。
同社の需要は主に「お中元・お歳暮」や「法人需要」といったフォーマルな贈答だった。20代から30代の若年層に対して、「贈り物の第一候補」として想起される仕組みを作る必要があった。そこで、タッチポイントを増やすための施策として、選ばれたのがソーシャルギフトの「LINEギフト」だった。
ソーシャルギフトとは?住所不要で贈れる仕組みと市場拡大の背景
ここで、ソーシャルギフトについて簡単に説明しておきたい。ソーシャルギフトは、相手に「受取専用URL」を送信し、受け手がURLから自身の住所や希望受取日時を入力することで、贈り物が届く仕組み。つまり、相手の住所や電話番号を知らなくてもギフトを贈ることができる。
SNSがコミュニケーションの基盤となっている現代、住所と電話番号を知らない関係が当たり前になりつつあり、人との距離感が変わってきている。
そうした中、住所を知らなくても送れるソーシャルギフトは、モバイルネイティブ世代においてカジュアルに感謝を伝える手段として親しまれている。
銀座千疋屋はこうした市場の変化を「ブランドの入り口」を広げる好機と捉え、従来のギフトから、「LINEギフト」のようにLINE一つで完結するカジュアルなギフトに挑戦することにした。
売上が伸びなかった理由と転機 LINE側バイヤー主導の売り方改革
2021年9月に「LINEギフト」に出店を開始、当時は1週間に数件程度の注文だったが、2023年春、LINEギフトのスイーツバイヤーして河田氏が着任したことが転換点となった。
河田氏は銀座千疋屋のブランドポテンシャルに対し、当時の売上規模が過小であると分析。「このブランドはもっと売れるはず」という確信に基づき、贈答市場が大きく動く「母の日」が迫っていたことから、LINEギフト上で「バイヤーおすすめ」などの特集枠において商品を積極的に取り上げていった。
ヒットの鍵は商品設計 4,000円台・8個入りが売れた理由
河田氏が一番ポテンシャルを感じたのが「銀座プレミアムアイス&ソルベ8個入り」という商品だ。この商品のどこがすごいのだろうか。
河田氏は「ブランド力・商品力・価格、どれも優れているので、きちんと仕掛ければ爆発的に売れるはずと思いました」と話す。同商品には濃厚なアイスクリームとさっぱりとしたソルベ(シャーベット)の両方が入っており、「どっちも食べたい」「全部違う味を楽しめる」という点が、特に女性ユーザーの心をつかんだ。
さらに、価格にも仕掛けがある。もともと、アイスとソルベが10個入った詰め合わせを販売していたが、価格は5,000円を超えている。個数を減らすことで価格を下げ、税込み4,104円と手ごろな値段にした。贈り物をする時、5,000円を超えるか下回るかは1つの指標といえる。
もともとアイスの詰め合わせは人気だったが、「銀座プレミアムアイス&ソルベ8個入り」は4,000円台という手頃な価格とブランド力の相乗効果で大ヒットしたという。
なぜ“右肩上がり”を続けながら前年同月比600%増を達成できたのか
ここから、野口氏と河田氏の挑戦が始まった。
売上600%増を支えた要因(1)スマホで選ばれる商品画像への転換
2人が初めに手掛けたのは、クリエイティブ(画像)の改善だ。スマートフォンの小さな画面に数多くの商品が並ぶ中、ユーザーが目を止めてくれるかどうかは「0.1秒で選ばれる画像」にかかっている。
以前の商品写真は、百貨店のカタログや法人向けを想定した、重厚な箱に入った状態での写真がメインだったところ、商品をメインとした写真に変更した。
「Webサイトの場合、お客さまは『銀座千疋屋』とわかっていらっしゃいますが、LINEギフトの場合、数多くの商品の中から選んでもらわないといけないので画像が大事です」(野口氏)
LINEギフトの写真には「シズル感(美味しそうな質感)」が求められる。そこで、アイスの盛り付け、フルーツのみずみずしい質感、スプーンですくった際のテクスチャをクローズアップし、明るいトーンで構成する「スマホファースト」の画像へと刷新した。
また、銀座千疋屋やこの商品を知らないお客様にも魅力が伝わるよう、商品説明に関しても、フレーバーごとのこだわりや中身の詳細を丁寧に記載するように改善した。
売上600%増を支えた要因(2)内製スタジオと高速PDCA体制
LINEギフトでは画像が購入の決め手になるとして、次に取り組んだのはLINEギフト専用の「撮影スタジオ」の新設だ
当初、リソースの制約から新規で撮影することが難しかったため、野口氏は社内のストック画像からより良い画像を探してLINEギフトの画像へ転用した。地道な努力で結果を出したことで会社を動かし、1年越しで社内に専用の撮影スタジオを設立したという。
今では機材をそろえ、毎週のように撮影を行い、マーケットの反応に合わせて画像を即座に差し替える「スピード・トゥ・マーケット」の体制を構築している。
上記の施策に合わせて、過去の施策に関するデータに基づき、「売れる」と確信した重点商品に対し、事前に数万個単位の在庫を確保した。これにより、欠品による機会損失を回避する供給体制を構築した。
また、LINEギフトが発行するクーポンや公式アカウントのプッシュ配信に合わせて、クリエイティブと商品を投入した。
若年層を引き込む戦略カギは?低価格化とダウンサイジング
先に、「アイス&ソルベ」の詰め合わせの低価格化とダウンサイジングが成功したことをお伝えしたが、この施策は他の商品でも行い、成功を収めている。
例えば、LINEギフト特有の「ちょっとしたお礼」というカジュアルなニーズに応えるため、16個入り(4,000~5,000円台)だった「焼きショコラサブレ」について、2,000円以下の4個入りの商品を用意した。
当初、社内では小ロット展開に慎重な声もあったが、野口氏はLINEギフトにおけるギフト単価のデータを示して粘り強く交渉し、プレゼントしやすい価格帯の商品を実現。バレンタインやホワイトデーでの爆発的なヒットへとつなげた。
実のところ、こうした小サイズの商品は実店舗(パティスリー銀座千疋屋)でも扱いやすいというメリットがあり、現在では社内で小さいサイズの商品を開発する文化が定着するきっかけとなったそうだ。
銀座千疋屋のDXから学ぶ 伝統ブランドが売れる条件とは
野口氏は今後の展望について、「まだまだ伸び悩む商品もありますし、販売中の商品も商品ページでの説明、写真に満足はしていません。イベントがない時期にも売上を増やしたいと考えています」と話す。
イベント向けの施策として、商品を変えずに、母の日カードなどイベント用のカードをプラスした商品を用意することで、通常商品とイベントカード付きの商品がそれぞれ売れるようになったそうだ。ちょっとした工夫がニーズを掘り起こしたのだ。
今回の銀座千疋屋の事例は、伝統ある老舗ブランドがDX(デジタルトランスフォーメーション)の本質「ブランドの誇りを守りながら、手法を柔軟に変革する」ことをいかに体現すべきかを示しているといえる。
同社の成功のカギは魔法のような技術ではない。社内の既存の常識を「数字」で覆し、クリエイティブを磨き、外部パートナーを「ブランドを共に育てるパートナー」として信頼したことに集約される。
伝統とは、単に過去を守ることではない。新しい時代の言語で、その価値を翻訳し続けることである。この「伝統のデジタル翻訳」に成功した銀座千疋屋の挑戦は、DXの壁に直面するすべての伝統ブランドにとって、進むべき指針となるだろう。




