「オムニチャネル化の本質は、チャネルを統合することではない」―こう語るのは、3年間で直営通販の利益率を8ポイント改善させたファンケルで、その変革を主導してきた同社 マーケティング推進統括オフィス オムニチャネル本部 戦略企画部 部長の石川雅俊氏だ。
7月14日~15日に開催されたオンラインセミナー「DCSオンライン×TECH+セミナー 2026 Jul. リテールDX 顧客理解と店舗革新で描く、次世代リテールの姿」において同氏は、ファンケルが推進してきた変革の軌跡を明かした。データ活用を組織に浸透させ成果を上げた取り組みと、その先に見据えるオムニチャネル化の要諦をひも解く。
「顧客理解」が事業成長の起点になる
1980年に創業したファンケルは、「正義感を持って世の中の『不』を解消しよう」という創業理念を掲げている。当時、化粧品に含まれる防腐剤などの添加物による肌トラブルに悩む人たちを救うため、無添加化粧品を世に送り出したのが原点だ。
石川氏は「当社は『人間大好き企業』であり、お客さまに喜んでいただくことを常に突き詰めている組織」だと自社の風土を紹介したうえで、同社のビジネスモデルの特徴について次のように説明した。
「当社のチャネルは通販と直営店舗で売上の半分以上を占めています。日々の生活で不安や悩みを抱えるお客さまの『不』を解消するためには、その不安を理解すること、つまり“顧客を知る”ことこそがビジネスの根幹にあります」(石川氏)
ファンケルのような直営D2Cモデルにおける事業成長は、新規獲得と継続・併売による顧客育成の両輪で成り立つ。年間売上は「顧客数×年間購入金額」で構成され、LTVを最大化するためには、顧客とダイレクトにつながり、データに基づいてコミュニケーションを図り、信頼を勝ち取っていくことが求められる。
「“顧客を知る”からスタートし、つながりを増やし、行動を増やし、体験を増やす。この『顧客育成サイクル』を回すことで得られたデータをさらに活用し、循環をより大きくしていくことが重要です」(石川氏)
顧客IDでデータを統合し、顧客投資を組み替える
ファンケルが本格的な変革へと舵を切ったのは約3年前。化粧品・サプリメント業界における競合の増加、コロナ禍を経たデジタル広告費の高騰、さらには情報過多による消費者の刹那的な情報接触など、競争環境の激化に対する強い危機意識が背景にあった。
そこで同社は、あらゆるデータを顧客IDで統合されたデータ活用を本格化。購買履歴やコンタクト履歴、サイトでの行動履歴といった定量データに加え、モニターやアンケート、店舗での接客情報といった定性データも顧客IDとひも付け、一人の顧客に対して多面的な理解を推進した。
特徴的なのは、顧客セグメントごとに収益性とコストまで可視化した点だ。これにより、「ロイヤル層には値引きではなく体験に投資する」「値引きの原資は、購入がまだ安定していないライト層に振り向ける」といった戦略的な投資の再配分が実現した。
分析結果を「伴走」で実行へ落とし込む
しかし、データを集めて分析するだけでは組織は動かない。ファンケルは、年間購入金額と経過年数の2軸で顧客をセグメント化し、それぞれの特徴を可視化して組織全体で共有した。「継続」「事業内併売」「化粧品・健康食品の事業間併売」「ロイヤル化」という育成の道筋を共通言語とし、セグメントごとに打ち手を議論・実行する体制へと切り替えたのだ。
その実行を支えたのが、石川氏が「伴走型」と呼ぶ進め方である。戦略立案から顧客分析、課題・テーマ設定までを担った3〜4名のメンバーが、担当組織による施策の検討・実行、さらには効果検証に至るまで一貫して伴走する。加えて、テーマ設定の議論には主管役員も参加し、経営としてのコミットを同時に取り付ける。
「一部の分析メンバーが『こういうことが分かったから、やってくれ』と指示を出すのではなく、担当組織と一緒にテーマや施策を考えました。戦略立案から施策検討、効果検証に至るまで、分析・テーマ設定を行ったメンバーが伴走することで、施策がブレることなく実行されました。担当者にも『自分ごと化』してもらうことで、意識と文化を変えることに注力したのです」(石川氏)
初期に仮説を立てた本人が検証まで主導するため、「仮説→実行→検証」のサイクルが次の戦略へそのままフィードバックされる点も、この体制の利点だという。
その好例がECサイトの改善だ。顧客のサイト内行動を各担当者自らも調査した結果、特定の商品だけを買うライト層と、月に数回訪れサイトをくまなく回遊するロイヤル層とでは、行動特性がまったく異なることが浮き彫りになった。そこでライト層向けには購買導線上の目につく位置に商品のレコメンドを配置するなど、各セグメントの目的に合わせた改善を実施。結果として、特定エリアのPV数が5倍になるなどの大きな成果につながった。
継続策の見直しやライト層の育成、情報誌の刷新、メンバーズサービスのリニューアル、離反顧客の復活策まで、3年間で組織全体が数多くの施策をやり切った。その結果、化粧品・サプリメントの併売人数は6%増、継続顧客の年間購入回数は17%増、年間購入金額は20%増となり、直営通販の利益率は8ポイントの改善を達成している(いずれも2022年→2025年の比較)。
店舗は販売拠点ではなくデータ収集拠点になる
3年間の変革を経てファンケルは、本格的なオムニチャネル化による顧客体験の変革を見据えている。ここで大きな鍵を握っているのが、店舗の価値の再定義である。
同社は2025年、店舗スタッフ用の接客アプリを全店に導入し、顧客情報の一元管理を進めている。石川氏がとくに大きな変化として挙げたのが、これまで取得できなかったデータの収集だ。
「今までデータ化できていなかったお客さまとの会話情報を収集できるようになったのは非常に大きい変化です。例えば通販の場合、他社のどの製品を使っているかを知るにはわざわざアンケートを取らなければなりませんが、店舗での接客中なら『クレンジングはどこのものを使っているんですか?』と聞けば、お客さまは意外と簡単に答えてくださいます。こうした競合情報やお客さまの趣味、悩みなどの情報を、店舗のスタッフだけでなくチャネルを超えて活用していく。体験を提供するだけでなく、データを収集することも店舗の価値であり、その価値を別次元に持っていくことがオムニチャネル化だと考えています」(石川氏)
目指す姿は、通販と店舗のデータをさらに整え、AIなども活用しながら顧客の文脈(コンテキスト)を深く理解することだという。顧客一人ひとりに合わせて、チャネルを超えた一貫性のあるファンケルらしい体験を提供していく。今まさに同社は、その全体設計に取り組んでいる。
オムニチャネル成功の鍵は「顧客起点」と「やり切る覚悟」
講演の締めくくりに石川氏が時間を割いたのが、オムニチャネル化を進めてきて大事だと感じている4つのポイントだ。
1つ目は「何を目指すのかを明確にする」こと。目的はチャネルを増やすことではなく、顧客体験を一貫して高めることにある。ファンケルの場合、創業理念である「不」の解消と、オムニチャネル化をしっかりとひも付けている。まずは“顧客を知る”ことに加え、現状の業務の実態把握と自社の強みの整理から始めるべきだと同氏は語る。
2つ目は「顧客主語で全体を設計する」こと。ファンケルでも通販と店舗の組織は別々で、通販のなかでもECサイト、アプリ、顧客フォローが部分的に設計されていた。
「お客さまからすると、ECもアプリも店舗も全て一緒です。部分最適ではなく、お客さまの気持ちと行動を起点に全体を設計することが大事です」(石川氏)
3つ目は、障壁となる「組織の分断」だ。チャネルごとの組織・KPI・運用のままでは、体験は分断される。ファンケルは顧客一人当たりの指標をブレイクダウンした数字での管理へと切り替え、チャネル統合の視点で組織設計と運営そのものを大きく変えた。
そして石川氏が最も重要だと語ったのが、4つ目の「意識変革」である。
「オムニチャネル化は、仕組みを導入すれば、ある程度はかたちにできると思います。ただ、それだけで高い成果が出るわけではありません。やはり重要なのは、取り組む人たちの意識と覚悟です。実際に進めていくと、さまざまな障壁にぶつかりますし、『できない』と言われる場面も出てきます。それでも、どうすれば実現できるのかを突き詰め、道を探し続ける。結局は、そこに尽きると思っています」(石川氏)
同氏は、今回の議論の本質は施策論や仕組み論ではなく、顧客起点へ組織の考え方を変えることにあると位置付ける。
「オムニチャネル化の本質は、通販で購入した商品を店舗で受け取れる、といった個別のサービスにあるわけではありません。単にチャネルを統合するのではなく、顧客体験を起点に、組織と運営そのものを再設計していくことです。まだまだこれからではありますが、取り組みを進めるなかで、その重要性を改めて実感しています」(石川氏)
事業内容や企業文化、組織や人の状況によって進め方に違いはある。それでも「大事なところは同じ」だと、他社との対話を通じて実感しているという。
“顧客を知る”ことから始まり、組織の意識を変えるところまでやり切る──ファンケルの3年間は、その一連の営みが成果につながることを示している。




