宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2018年8月26日、新型の固体ロケット・ブースター「SRB-3」の地上燃焼試験を実施した。SRB-3は、開発中の大型ロケット「H3」のブースターや、改良型の「イプシロン」ロケットの第1段に使われる予定で、今回の試験を経て、さらに設計を煮詰め、あと2回の燃焼試験を実施。そして宇宙へ挑む。

第1回では固体ロケットの概要と、日本のロケットが固体ロケットをブースターとして採用し続けている理由について解説した。第2回では、今回燃焼試験が行われたSRB-3の概要や、先代となるSRB-Aとの違いや改良点、それらが実現した背景などについて解説する。

  • 燃焼試験を終えたSRB-3

    燃焼試験を終えたSRB-3 (筆者撮影)

SRB-AからSRB-3へ

現在、日本の大型主力ロケットとして活躍中のH-IIAロケット、またH-IIBロケットには、「SRB-A」と呼ばれる固体ロケット・ブースターが使われている。SRBとはSolid Rocket Boosterの略で、先代のH-IIロケットが装着していたSRBに続く改良型という意味で、"A"が冠されている。そしてH3に採用される「SRB-3」は、H3のブースターであること、SRBから数えて3代目であることなどから、"3"という数字が冠されている。

ちなみにH-IIAもH3も、全体の開発や製造は三菱重工が行なっているが、SRB-AやSRB-3は、IHIエアロスペースが手がけている。

SRB-3は、SRB-Aの"改良型"と位置付けられている。その言葉どおり、SRB-3とSRB-Aはとてもよく似ている。以下の図のように、たとえば直径は同じ2.5mで、比推力もほぼ同じ。全長はやや短くなっているが、これはノーズ・コーン(先端の円錐形の部分)などが変わっているためであり、固体ロケットの機体にあたるモーター・ケースの大きさはほぼ同じである。

また推力や燃焼時間にもわずかに違いがあるが、これはそれぞれのロケットの特性に合わせて、燃焼パターンを変える――言い換えると推進薬の形状を変えるなどしているためで、ロケットがもつ能力そのものには、やはり大きな違いはない(ただしSRB-3は若干向上はしている)。

さらに細かいことを付け加えると、現在SRB-Aで使っている推進薬のバインダー(ゴム)が生産終了することに伴い、SRB-3では代替品が開発、適用される。ただ、特性はほぼ同じになるように開発されるため、それによってSRB-3の性能が上がるということもない。

  • SRB-AとSRB-3の比較

    H-IIA/H-IIBロケットに使われているSRB-Aと、H3に使われるSRB-3との比較 (C) JAXA

逆に大きな違いはというと、モーター・ケースを国産化したところにある。SRB-Aでは、モーター・ケースに炭素繊維複合材(CFRP)のフィラメント・ワインディング方式を採用し、構造の簡素化や性能向上を図った。ただ、短期間での開発だったことなどから、当時米国にすでにあったモーターをベースとして設計しており、技術導入に伴ってライセンス料も支払っていた。また製造装置も海外製だという。

しかしSRB-Aの開発後、「M-V」ロケットや「イプシロン」ロケット上段のモーター・ケースの開発などを経て、日本国内で大型のCFRP製モーター・ケースを設計、開発し、そして安定した品質で製造する技術を確立。そしてSRB-3で、ついに国産化が果たされることになった。

この国産化によって、ライセンス料の支払いなどが不要になり、コストダウンを実現。そしてなにより、設計や、使う材料の自在性が増し、ロケットの開発に自由度が生まれることになった。

複雑だったH-IIAロケットのSRB-Aの結合・分離方法

モーターを国産化し、設計などの自由度が増したことの最も大きな恩恵は、ブースターの結合・分離方法の改良にもたらされた。

H-IIAやH-IIBのブースター周辺を見ると、何本もの白い棒のような部品でロケット本体と結合されているのがわかる。他のロケットにはないアクセントになっており、分離時にはその長い棒によって、ブースターが棒高跳びの選手のように動き、きれいに離れていく映像でおなじみでもある。

  • H-IIAのロケット本体とブースター(SRB-A)

    H-IIAのロケット本体とブースター(SRB-A)とは、何本もの白い棒のような部品で結合されている (C) 三菱重工/JAXA

こうした、複雑に見える結合・分離方法を用いているのにはもちろん理由がある。前述のように、SRB-Aのモーター・ケースにはCFRPが使われている。CFRPは高い強度と軽さを合わせもった素材ではあるものの、どこか一か所に力が集まることに弱い。そのため、たとえばボルトを使って直接結合するようなことはできない。

そこでSRB-Aでは、モーター・ケースの上下にアルミ合金製のアダプターを取り付け、そこに横方向に、「ヨー・ブレス」と呼ばれる4本の棒を取り付けることで、第1段機体と結合している。また、上部のアダプターから斜めに「スラスト・ストラット」と呼ばれる2本の長い棒も接続。SRB-Aが発生する推力は、このスラスト・ストラットによって第1段機体に伝えられる。

またヨー・ブレスは、SRB-Aのヨー方向(左右に振るような方向)に搖れる動きを伝える役目ももち、さらにその近くにあるピッチピンと呼ばれる部品によって、ピッチ方向(上下に振るような方向)の動きを伝えている。

ブースター燃焼終了後には、まず分離するための小さなロケット・モーターに点火し、ほぼ同時にヨー・ブレスを火工品で切断。直後にスラスト・ストラットも切断する。そして、あの棒高跳びのような分離が行われる。

なかなか言葉では説明しにくいところではあるが、要はH-IIAやH-IIBでは、壊れやすいブースターとロケット本体とをつなぐため、6本の棒と6つの結合箇所を使って巧みに力を分散させ、つなげているのである。

しかし、ブレスやストラットは電柱ほどの太さがあるため重く、その影響は無視できない。また、分離時に切断に失敗すれば、ブースターをぶら下げたまま飛行することになり、打ち上げは失敗する。実際、H-IIA 6号機の打ち上げ失敗は、まさに上部にあるブレスが切断できなかったことで起きた(ブレスそのものが原因だったわけではないが)。

  • H-IIAロケットのブースター(SRB-A)分離時

    H-IIAロケットのブースター(SRB-A)分離時には、スラスト・ストラットがまるで棒高跳びの棒のように作用して、うまく外れるようになっている (C) JAXA

国産化でシンプルな結合・分離機構が実現

そこでH3では、この結合・分離方式を見直し、新しい、そしてシンプルな方式が採用される。

まず、ブースターからロケット本体に推力を伝える部分は、「スラストピン」と呼ばれる一か所のみとなった。スラストピンは金属製の円柱形をした部品で、ピンという文字どおり簡単な留め具のようになっており、ロケット本体とがっちりとは結合されず、ただ穴に嵌っているだけのようなの状態にある。

もちろん、このスラストピンを直接CFRP製のモーター・ケースにくっつけると壊れてしまう。そのため、ブースターの下部には金属製の「結合構造部」という頑丈な部分があり、この部分がスラストピンを介して、ロケット本体にブースターの推力を伝えるようになっている。したがって荷重がモーター・ケースに直接かかることはない。

そして結合と分離は、ブースターの上下に取り付けられた「分離スラスター」という部分が担う。スラスターといっても、人工衛星などにある姿勢制御用の小さなロケット・エンジンのようなものではなく、別名「ガス・アクチュエーター」とも呼ばれる、ガスの力でピストンを押し出すような装置である。ロケット本体との結合時は、棒の状態でしっかりつながっているものの、分離時には、内部でガスを発生させ、ピストンを押し出し、ロケット本体を蹴飛ばすようにして離れるようになっている。

たとえるなら、理科の実験でおなじみの空気鉄砲のようなもので、スポンジの弾を押さえつけた状態で発射しようとすると、逆に押し返されるような力を受けるが、それと似た仕組み、作用を使っている。

これにより、スラスト・ストラットは不要になり、ロケット本体との結合箇所も4か所に削減。また分離モーターや、ピッチピンのような荷重を受けるポイントも減った。結合・分離機構を簡略化して軽くなったことで性能も上がり、コストダウンにも寄与している。

  • H-IIAとH3のブースターの結合・分離方法の違い

    H-IIAとH3での、ブースターの結合・分離方法の違い。H3のシンプルさがよくわかる (C) JAXA

ちなみに同様の分離機構は、米国の「アトラスV」のブースターや、かつてH-IIAで使われていた固体補助ロケット(SSB)に採用されている。ただ、どちらもブースターは比較的小さく、SRB-Aほどの大型モーターで採用された例はない。そのため世界的に見ても新規性のある開発だったという。

こうした、シンプルな結合・分離機構が実現したのには、モーター・ケースを国産で造れるようになったことが最も大きいという。設計に自在性ができたことで、最適な仕組みを取り入れることができたのである。

国産化が実現したのも、それにより結合・分離方法の簡素化ができたのも、SRB-Aやイプシロンをはじめ、これまで日本が固体ロケットを数多く開発、製造し続けてきたことによって、技術やノウハウの蓄積ができたことが大きい。さらに、やや目立ちにくいところではあるものの、製造効率の改善や、材料の使用量の削減とそれによるコストダウン、製造品質の向上、安定なども実現している。

「ローマは一日にして成らず」という言葉どおり、長年の努力や苦労、実績の積み重ねを経て、SRB-3は生み出されようとしているのである。

  • 燃焼試験を待つSRB-3

    燃焼試験を待つSRB-3 (筆者撮影)

(次回に続く)

参考

概要|SRB-3 | エンジン | JAXA 第一宇宙技術部門 ロケットナビゲーター
国際競争力のある H3ロケット用固体ロケットブースタの開発
H-IIAロケットの新技術と初号機打上げ結果
JAXA|H-IIAロケット6号機の打上げ失敗について(速報)
SRB-A | エンジン | JAXA 第一宇宙技術部門 ロケットナビゲーター

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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Twitter: @Kosmograd_Info