今回のお題は「電磁スペクトラム」。英語では Electromagnetic Spectrum という。Electromagnetic は電磁波のことだが、Spectrum は辞書を引くと「範囲」という意味だという。

電子戦と何が違うのか

電子戦(EW : Electronic Warfare)なら、なにも今に始まった概念ではなく、第2次世界大戦でもやっていたことだ。電子戦の対象は、レーダーのような電波兵器、それと通信である。どちらも狭義の電磁波、つまり電波を使用している。

そこで、敵国の電波兵器や通信機が使用している電波の周波数や変調方式、レーダーならパルス繰り返し数(PRF : Repetition Frequency)などのデータを集めた上で、対抗策を立案して、実際に妨害を仕掛ける。すると、敵軍の探知能力や通信能力が損なわれるので、その分だけ戦闘を有利に運ぶことができる(と期待する)。

また、傍受されたり妨害されたりする可能性があるとなれば、敵軍が電波兵器や通信機の使用を差し控える場面も出てくる。これもまた、敵軍の探知能力や通信能力を損ねる方向に働く(と期待できる)。

実際には、赤外線誘導ミサイルについて飛来を探知したり、妨害したりするための装備も、電子戦装置の仲間に分類される。この場合は「広義の電磁波」の話に近付いてくる。そこで使用する紫外線や赤外線は、「狭義の電磁波=電波」ではないからだ。

  • 米空軍のCV-22オスプレイは敵地に隠密潜入するのが任務だから、自衛装備が充実している。左端付近にあるのがミサイル接近警報装置のセンサー、下方にある丸い物体がミサイルのシーカーを妨害する装置。いずれも自衛用電子戦装置のカテゴリーに属する 撮影:井上孝司

    米空軍のCV-22オスプレイは敵地に隠密潜入するのが任務だから、自衛装備が充実している。左端付近にあるのがミサイル接近警報装置のセンサー、下方にある丸い物体がミサイルのシーカーを妨害する装置。いずれも自衛用電子戦装置のカテゴリーに属する

なお、通信傍受という行為は電子戦の対象に含まれない。対象が電波そのものではなく、電波に乗って行き来している情報のほうだから、という理由だろう。

ここまでは昔からある電子戦の話だが、最近になって「電磁スペクトラム」という言葉が急にクローズアップされるようになってきたのはなぜだろう。ということで、自分なりにあれこれと考えてみた。

「電磁波を使う兵器」の広がり

先にも触れたように、ウェポン・システムやセンサーで用いる電磁波は、電波だけではない。紫外線も赤外線も使っているし、電子光学センサーなら可視光線を使う。レーザーは、誘導武器だけでなく、センシングや通信でも使うようになってきているし、破壊の道具としてもモノになりつつある。これらはいずれも「広義の電磁波」に属する領域の話となる。

つまり、「電磁波を扱う兵器」の幅が、昔ながらの電子戦以外の領域にも広がってきている、という話になる。

そして、電子戦兵器の能力が向上して、電波兵器や通信機をいつでもどこでも確実に使えるかどうかが怪しくなってきている状況もある。GPS(Global Positioning System)に代表される各種のGNSS(Global Navigation Satellite System)も、電波を使用する装備の一例だが、これは最近、妨害や欺瞞の話がいろいろ取り沙汰されている。

おまけに、電波は限りある資源である。周波数帯ごとに細かく用途の割り当てがなされており、しかもその内容が国によって異なることもある。電波は好き勝手に使えるものではないし、「こちらの周波数で妨害されたので、それならあちらの周波数」とホイホイ切り替えられるとは限らない。

そうなってくると、洋上における「航行の自由(FON : Freedom of Navigation)」ならぬ、「電磁波利用の自由」という話が出てくる。なにやら、昔の就職情報誌のCMみたいなフレーズだが。

  • 空母から発着するEA-18Gグラウラー電子戦機は、敵軍の「電磁波利用の自由」を妨げるのがお仕事。EA-6B プラウラーの後継機として、F/A-18F スーパーホーネットをベースに開発された 撮影:井上孝司

    空母から発着するEA-18Gグラウラー電子戦機は、敵軍の「電磁波利用の自由」を妨げるのがお仕事。EA-6B プラウラーの後継機として、F/A-18F スーパーホーネットをベースに開発された

そして、昔から電子戦の対象になっている「狭義の電波」にとどまらず、可視光線も紫外線も赤外線も含めた「広義の電磁波」に対して、その「電磁波利用の自由」を包括的に実現したい。妨害や干渉や重複を回避しながら、電磁波をセンシングや通信や破壊の手段として意図した通りに活用して、戦闘を有利に運び、ひいては武力紛争の勝利につなげたい。そういう話になるのではないか。

その「包括的な電磁波利用の自由」を端的に示すキーワードが「電磁スペクトラム」という話になるのではないだろうか。電磁波は周波数(または波長)の違いによって分類されるが、その中から自由に利用できる範囲(スペクトラム)を確保したり、利用したい範囲における妨害・干渉・傍受を排除したりすることは、「電磁波利用の自由」を実現する手段となる。

目に見えないのが泣き所

広義の電磁波は、C4ISR(Command, Control, Communications, Computers, Intelligence, Surveillance and Reconnaissance。指揮・統制・通信・コンピュータ・情報収集・監視・偵察)の分野で不可欠な道具だが、生憎と可視光線以外は目に見えない。

だから、重要なものではあるが、デモンストレーションしてみせるのは難しい。一般公開イベントで「電磁スペクトラム戦を仕掛けます!」とやっても、目に見えないから、観客は何が起きているか分からない。これは、見せようとする側にとっては辛いところ。

いっそ「これから電磁スペクトラム戦の一例として、皆さんの携帯電話を妨害します!」とやれば効果覿面かもしれない。しかし、電波法の観点からいって大問題になりそうだから、本当にやるわけにはいかない。それに、「電波に戸は立てられない」から、妨害電波が余計なところまで飛んで行って付随的被害を引き起こしてしまう。

つまり、広報しようとしても難しいのが電磁スペクトラムの分野である、ともいえそうだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。