これまで4回にわたり、仮想現実(VR : Virtual Reality)や拡張現実(AR : Augmented Reality)の活用事例を紹介してきた。そうなると、今回は複合現実(MR : Mixed Reality)にお鉢が回ってくることになる。すでに、米陸軍がマイクロソフトのHoloLensを活用する動きに出ていることから、取り上げておく価値はあると思われる。

米陸軍におけるHoloLensの活用事例

米陸軍が2018年に、IVAS(Integrated Visual Augmentation System)計画の下でMicrosoft HoloLensを発注した、と報じられた。ちなみに米陸軍では、MRヘッドセット40,129セットの調達を要求しているという。

IVASを逐語訳すると「統合視界増強システム」となるが、むしろ「目視で得られる情報を増強するシステム」というほうが、MRの実態に近いと思われる。「歩兵に対して、戦闘機パイロットと同等レベルの状況認識をもたらすモノ」との触れ込みだそうだ。

  • 米陸軍兵士がMicrosoft HoloLensを使ってIVASのプロトタイプをテストしている様子 写真:US.Army

    米陸軍兵士がMicrosoft HoloLensを使ってIVASのプロトタイプをテストしている様子 写真:US.Army

  • 米陸軍は今年4月、新型コロナウイルス対策として、訓練生の検温にMicrosoft HoloLensを用いたIVASのプロトタイプの転用を開始した 写真:US.Army

    米陸軍は今年4月、新型コロナウイルス対策として、訓練生の検温にMicrosoft HoloLensを用いたIVASのプロトタイプの転用を開始した 写真:US.Army

MRとは、現実世界に高解像度のホログラムを投影し、操作するもの。拡張現実(AR : Augmented Reality)との違いは、「MRでは現実世界にあるものの形状をデバイスが把握して、そこにぴったり合う形でデジタル映像を重畳できる」点にある。しかもそのデジタル映像の動きは、使用者の動きにシンクロする。

その考え方を応用して、状況認識に関わる情報をデジタル映像として提供、それを実際に見ている目の前の光景に重畳する」という形を考えているようだ。

例えば、あちこちの国で研究を進めている将来個人用戦闘装備では、構成要素の1つに暗視装置が挙げられている。今は光増管を使用する暗視ゴーグル(NVG : Night Vision Goggle)をヘルメットに装着する形が一般的だが、これは視野が狭い上に距離感の把握が難しいと聞く。

すると、MRヘッドセットに映像を重畳するほうが、扱いやすいものができるかもしれない。しかも、もともと目の前の映像にデジタル映像を重畳する目的で作られたものだから、開発のための道具立ても整っている。

さらに、地図情報、敵味方の位置情報や敵味方識別に関する情報、といったものを重ね合わせることで、状況認識の強化を図れるとも考えられる。ただしもちろん、敵の位置情報については別途、各種の探知手段を駆使してデータをとれることが前提となる。

射撃訓練に使えるか?

演習場で射撃訓練を行う時、標的を設置したり、ポップアップさせたりする。最初から目に見えるように標的を設置していると、撃つ側はじっくり時間をかけて狙いを定められるから、それではあまり現実的な訓練にならない。そこで物陰にいくつも標的を用意しておいて、それをランダムにポップアップさせたり、引っ込めたりするわけだ。

これは実際に存在する物理的なモノを使う訓練だが、MRを使うとどうなるか。例えば、戦車長がMRデバイスを装着して前方を眺めていると、いきなり「○の台」に敵戦車が姿を現す。ただしそれは本物の戦車ではなくて、MRデバイスが投影したホログラム映像の戦車、といった按配になろうか。

つまり、「現実の場で訓練を行うが、そこでいちいち交戦相手などの現物をリアルな形で用意するには手がかかる」という場面で、その「交戦相手」だけを映像として重畳させる。それが、訓練におけるMRデバイスの使い方だろうという話になる。

ただし現実問題としては、車両でも個人でも、演習場で戦闘訓練をするときには激しく動き回っているという前提で考えなければならない。そこで、MRデバイスがズレたり脱落したりするのでは使い物にならないし、激しく動き回る中で的確な映像を投影するのも簡単ではなさそう。

といったことを考えると、まずは歩兵や戦車兵よりも、狙撃兵の訓練あたりから始めるほうがよいのかもしれない。狙撃兵は、じっと身を潜めてターゲットが現れるのを待っているわけだから。

いずれにせよ、交戦の訓練に使用する時は、標的の映像を重畳させるだけでは不十分で、撃った弾が当たるかどうかの判定手段が必要になる。それには、銃や砲を指向する向きや、撃つタイミング、撃った弾の弾道、といったデータが必要になるので、MR以外の分野も関わる問題になってしまう。

となると、先に書いた状況認識支援手段としての活用のほうが現実的であり、野戦環境での射撃訓練なんかに使うのはもっと先の話、といえるのかもしれない。

3Dマップとの組み合わせ

サーブが2019年の暮れに発表した新しい訓練ソリューション「Beyond Live」では、MRと3Dマップを組み合わせている。HoloLens Sandboxによってリアルタイムの3Dトラッキング機能を実現、それと組み合わせる3DマップはVriconのOne World Terrainという製品を使用するのだという。

  • 「Beyond Live」のイメージ 写真:サーブ

    「Beyond Live」のイメージ 写真:サーブ

HoloLensの利点として「コラボレーション」が挙げられている。つまり、同じモノを複数名で囲んで、皆で共有しながら共同作業を行う形態だが、3Dマップと組み合わせた場合、指揮官と幕僚が同じ3Dマップを囲んで立体的な図上演習を行う、という按配になるだろうか。いわばデジタル砂盤演習である。作戦発起の前に、指揮官が部下に作戦の計画・構想を説明したりする場面でも使える。

砂盤というと一般にはなじみのない言葉だが、交戦現場の地形を土や砂を盛って再現するものだ。そこに部隊を示すコマを置いたり、札を立てたりする。一種の図上演習だが、平面の地図ではなく立体的になるところがミソで、より現場の状況を理解しやすいと思われる。そこにMRデバイスを持ち込むという考え方だ。

地図上でコマを動かす図上演習と違い、デジタル化すれば誰が何を見て何をやったかを記録できるから、演習の事後検討(AAR : After Action Review)にも役立つのではないか。

なお、MRだけでなく、砂盤演習にARを組み合わせる試みもなされている。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。