話はいささか旧聞に属するが、BAEシステムズが2020年7月13日に、「スマートファクトリー」に関するプレスリリースを配信した。ユーロファイター・タイフーン戦闘機などを手掛けている同社のウォートン工場に、新たに数百万ポンドの資金を投じて「革新的なデジタル技術を取り入れた、業界初のIndustry 4.0対応ファクトリーを開設した」というものである。

スマートファクトリーとは

スマートファクトリーといっても、スマート爆弾とは意味が違う。未来の防衛航空システムを製造するために、最新のデジタル技術と製造技術を取り入れた工場を実現する、という意味である。定義はこうだ。

「自動化されたロボット、仮想・拡張現実の技術を通じて、エンジニアリングのプロセスを変革し、スピード、精密性、効率性を高めると同時に、複雑な防衛航空機構造の製造にかかるコストを削減する」

これだけでは抽象的に過ぎてよく分からないと思われそうだ。具体的なアイテムとして挙げているものの例として、以下のものがある。

  • IoT(Internet on Things)を活用して、リアルタイムでデータを取得
  • 積層造形(AM : Additive Manufacturing)の活用
  • 再構成によってさまざまな用途に対応できる組み立てロボット
  • BAEシステムズのスマートファクトリーの概要。さまざまなロボットが活用されている 写真:BAEシステムズ

    BAEシステムズのスマートファクトリーの概要。さまざまなロボットが活用されている 写真:BAEシステムズ

  • 英国ランカシャー州サムルズベリーのBAEシステムズにあるユーロファイタータイフーンの生産施設で稼働しているインテリジェントワークステーションテクノロジー 写真:BAEシステムズ

    英国ランカシャー州サムルズベリーのBAEシステムズにあるユーロファイタータイフーンの生産施設で稼働しているインテリジェントワークステーションテクノロジー 写真:BAEシステムズ

例えば、製作・組み立て工程の進捗状況に合わせて必要なパーツを3Dプリンタで作り、必要なタイミングに合わせて必要な場所に送り込む、といった形が考えられそうだ。

もちろん、すべてを社内製作するわけではなく、専門のサプライヤーから供給を受けるパーツもあるから、サプライヤーも巻き込んでSCM(Supply Chain Management)のシステムを構築する必要がある。そうしないと、システムからこぼれた部分がボトルネックになる。

3Dプリンタは汎用性があるから、必要なデータと素材があれば、ひとつの機材でさまざまなパーツの製作に対応できる。そのデータは当然ながら、設計担当者が作成したデジタル設計データから得られる。その設計作業や、前段階となる検討の過程では、以前に本連載で書いたように、コンピュータ上でのモデリングやシミュレーションを活用する。

「必要なタイミングに合わせて必要なモノを必要な場所に」なら、今もすでに、さまざまな業界でやっていること。さらに、構想~検討~設計~試作~テスト~見直し~量産といったプロセスにデジタル技術で筋を通して、精確さだけでなく、効率改善とコスト低減を図ろうとする取り組み。それが、BAEシステムズがいうところのスマートファクトリーの根底にある考え方ではないだろうか。

なにしろ、戦闘機をひとつ開発するにも、それを製造するにも、維持管理するにも、べらぼうな費用と手間がかかる。だからといって、予算は青天井にならない。それに、コスト上昇を放置しておけば、結果的に生産数量の減少や計画の途中打ち切りといった形でメーカーにトバッチリが及ぶ。

だからメーカーとしても、「効率改善やコスト低減のための取り組みを進めていかないと生き残れない」という危機感を持つのはもっともなことなのである。現に、F-35計画でも叩かれる際の名目として真っ先に出てくるのは多額の費用である。

なお、BAEシステムズでは2020年8月に、「コンピュータ・シミュレーションによる空力特性の検証 → 地上設置のシミュレータによる飛行試験 → 3Dプリンタによる 1/20 スケールモデルの作成 → マッハ2超の領域における風洞試験の実施」といったプロセスを実地に試したことを明らかにしている。同社では、いわゆる「デジタル・ツイン」を、戦闘機の設計・試験・保守整備に応用する考えを示しており、今回の件もその一環といえよう。

二段階整備とメーカー依存

昔、物議を醸したテレビCMではないが。戦闘機も、メーカーと軍の関係者がそれぞれ「私作る人、あなた使う人」と分かれている部分があるように思う。ここでいう「使う」には、メンテナンスの部分も含まれる。

航空機でも艦艇でも車両でも、事情や程度は異なるものの、民間企業で製作・納入した後のメンテナンスは軍の工廠やデポで行うのが、以前に主流だった方式。極端ないい方をすれば「メーカーは必要なパーツを納入して、後は適宜、必要な情報を出してくれればよろしい」で済んでいた時代であった。

ところが防衛装備品の高度化が進むと、メンテナンスするにも相応の知識とノウハウが必要になってくる。新しい装備品が入ってくる度に、軍の整備担当者に必要な教育を施してメンテナンスをさせられるのかどうか、という問題にもなってくる。

メーカーとしても、高度化した防衛装備品、あるいはそれを製作したり保守したりするためのノウハウは自社の知的所有権に属する領域だから、ホイホイと開示できるかどうかという問題が出てくる。

そうした事情もあり、例えば戦闘機に搭載するセンサーや電子機器だと、2段階整備を行う事例が増えている。つまり、軍の運用現場では日常的な点検整備やユニット交換を行うものの、外したユニットはメーカー直送。その後の整備はメーカー任せというわけ。その場合の交換単位は脱着できる「箱」であって、その中の回路基盤やアセンブリではない。

そうなると、運用現場とメーカーを結ぶサプライチェーンの切り回しが課題になる。交換用のユニットは当然、必要なときに必要なところに来ていなければならない。すると生産管理と物流管理の問題が出てくるが、これはまさにデジタル技術によって大きな進化を遂げた部分。

そこにコンピュータとデジタル通信網を持ち込むと、「不具合発生の報告が上がると直ちに、交換ユニットの請求が上がって払い出しが行われる」とか「特定のユニットで不具合が多発しているというデータが出てきたので、それを設計担当者にフィードバックして原因究明と改善を求める。その過程ではモデリングやシミュレーションも活用する」とかいう話になってくる。

いろいろ書いていたら話が長くなってしまったので、続きは次回で。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。