トレンド・ワードなんていうと、まるでファッション雑誌の見出しみたいだが、軍事の分野にも「流行」は存在する。それは、本連載で取り上げることが多いC4ISR(Command, Control, Communication, Computer, Intelligence, Surveillance and Reconnaissance。指揮、統制、通信、コンピュータ、情報、監視、偵察)の分野も変わらない。ということは、トレンド・ワードについて知ることが、業界の動向を知る役に立つかもしれないという話である。

SWaPとは

そこで最初に取り上げてみることにしたのが、SWaP。これは、Size、Weight and Powerの頭文字をとったもので、最後のPowerは「馬力」ではなくて「消費電力」を意味する。

そして、この単語が頻出するのは防衛電子機器の分野だ。ポピュラーなところでは、「この新製品は従来型の同種装備と比較するとSWaPが少ない」とか、「能力向上とともにSWaPの低減を図った」とかいった使われ方をしている。「SWaPが小さい」とは「小型軽量・低消費電力」という意味だが、それがありがたいのは、なにも軍事分野に限った話ではない。民生品の分野も同じだ。

筆者はしばらく前に、キヤノンのミラーレス機「EOS R5」を手に入れたが、これは確かに、レフ機の「EOS 5D Mark IV」と比較すると小さく、軽い。ところが、電力消費が増えたようで、バッテリひとつで撮れる枚数は減ってしまった。

つまり、SWaPのうち「S」と「W」は小さくなったが、「P」が大きくなってしまったので、短時間で用が足りるのでなけば、予備バッテリがないと不安になる。だから、泊りがけの撮影行に「EOS R5」を連れて行く時は、充電器が欠かせない。

SWaPが減ることの利点

閑話休題。「軍事とIT」の話に戻す。

電力消費が増えると電源が問題になるのは、あらゆる電気製品について回る問題である。ことにバッテリー駆動の場合は深刻な問題になるが、これが目立つのは個人携行用の装備だろう。

バッテリー駆動でなくても、電力供給側の負荷が増えるのは同じだ。艦艇でも車両でも航空機でも、搭載する電子機器に電力を供給するために発電機を搭載している。そして、センサー、コンピュータ、通信などの分野で、搭載する電気製品の数は増える一方。すると電力所要が増えて、発電機の大容量化が必要になる。

特に分かりやすいのは艦艇の分野。米海軍のアーレイ・バーク級駆逐艦が搭載する発電機の容量は、目下建造中のフライトIIIで一気に増大する。同じ「ヘリコプター護衛艦」でも、昔の「はるな」型や「しらね」型と比較すると、今の「ひゅうが」型や「いずも」型のほうが、はるかに発電能力が大きい。

  • 現在、開発中の対空・対ミサイル防衛レーダー「AN/SPY-6」を搭載するアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦フライトIII「USS Jack H. Lucas( DDG 125)」 写真:レイセオンテクノロジーズ

  • 海上自衛隊が保有するヘリコプター搭載護衛艦「いずも」(DDH-183)。全長248メートル、 高性能20ミリ機関砲や対艦ミサイル防御装置を搭載している 写真:海上自衛隊ホームページ

SWaPのうち「P」を減らすことは、こうした電力供給側の負荷を抑制する方向につながる。少なくとも、性能が向上しても電力消費が同じであれば、それだけで助かる。それに、効率100%がありえない以上、電力の一部は熱になってしまう。そして、電力消費が増えて発熱も増えると、冷却の問題が大きくなる。そして冷却装置を作動させるためにまた、電力が必要になる。

高速で飛行している航空機の場合、外部から空気を取り入れて冷やす方法が主流だが、大型の艦載電子機器では海水を使った水冷式の事例がいくつもある。かつての真空管やトランジスタの時代だけでなく、半導体を使う現代の艦載コンピュータでも同じだ。低消費電力化と発熱の抑制は、冷却負荷軽減の観点からいっても、避けて通ることはできない課題なのだ。

そして「S」と「W」については、いうまでもないことだろう。サイズが大きくなれば、大きな設置スペースを必要とする。設置だけでなく、保管や輸送の際にも同様に場所を取る。重量が増加すれば、それだけ丈夫な架台や支持架を必要とするし、それを搭載するプラットフォーム(車両、航空機、艦艇のこと)全体の重量増加にもつながる。

サイズ・重量・消費電力(と発熱)についてシビアなのは航空機だから、航空機に搭載する電子機器はとりわけ、SWaPの低減・抑制が求められる。

SWaPを低減するには

減らせ減らせというだけなら簡単だが、それを実際に実現するのは簡単ではない。しかも、「同じ性能のままでSWaPを減らす」のでは、カスタマーは納得してくれない。「性能向上とともにSWaPを減らす」か、せめて「性能が向上してもSWaPはそのまま」としたい。

電子機器の分野では、SWaP低減はムーアの法則に多くを依存している、と考えられる。つまり、半導体の集積密度が向上して性能が向上すれば、それは多くの場合、SWaPの増大を抑える方向に働く。お手元のパーソナルコンピュータで、性能向上と匡体のサイズと消費電力の関係を比較してみれば、理解しやすい種類の話だろう。そもそも当節では、民生品のパーソナルコンピュータが軍事分野でもそのまま使われている事例が多い。

また、使用する素材の改良も、SWaP低減につながる可能性がある。電力消費効率が良い素材はいうまでもないことだが、発熱・高熱に強い素材も、冷却負荷の低減という形で間接的にSWaP低減に寄与する。

あいにくと筆者の専門から外れるが、回路設計の善し悪しもSWaPに影響するのではないだろうか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。