われわれが日常、どこかを訪れる際に頼りにするのは、住所の情報であることが多い。しかし、それは事前に住所を定めてあるから使える方法だ。軍事作戦を行う場所は、そういう場所とは限らない。極端な話、砂漠や山岳地帯や大平原では、いちいち住所を細かく割り当てることはしていない。

場所を指示する方法

といったところで、いきなり余談に入る。

アメリカに行ってクルマを運転した時に、日本とは要領が違うなあと実感した部分がある。といっても、右側通行とか左ハンドルとかいう話ではなく、ナビゲーションのやり方を変えないと通用しない、と感じたのだ。

日本では、基本的には交差点の名前が基準になるのではないだろうか。現に、カーナビの案内も「○○メートル先、△△交差点を右折します」といった案内をする。しかしアメリカに行くと、交差点には名前が付いていない。表示があるのは通りの名前だけだから、「どの通りに行くか」が問題になる。

そこで、事前にWeb上の地図サービスを使って経路を出した時に、途中で通る道の名前を順番にメモ書きしたものを用意して、ダッシュボードに置いておいた。それを参照しながら走るようにしたら、だいぶスムーズになった。

便利だなあと思ったのは、道路の番号に方向を示すアルファベットが付いていること。インターステート5号線なら略して「I-5」というが、それの南行なら「I-5S」、北行なら「I-5N」といった具合。これが東西だと、「E」または「W」が付くのはいうまでもない。

住所にしても、日本だと区画が単位だが、アメリカだと通りが単位になっていて「○○通りの何番地」という書き方をする。ということは、まず目的の通りを見つけてそこに入り、後は何番目かな……というナビゲーションになる。

これは煎じ詰めると、「場所の指示をどうやるか」「経路の指示をどうやるか」という問題なのだろう。

地図の座標

では、軍事作戦の場合にはどうなるか。戦場になるような場所だと、通りも交差点も番地もないことを前提にしなければならない。

今は慣性航法システム(INS : Inertial Navigation System)やGPS(Global Positioning System)受信機が普及しているが、これらは現在位置を緯度・経度で出してくる。だから、飛行機のオートパイロットに目的地を指示する際にも、緯度・経度を入力する。

しかし、陸戦ではいささか事情が異なる。例えば、歩兵が砲兵に火力支援を要請する場面では目標の場所を指示しなければならないが、そこでは緯度・経度ではなく、地図に記されたグリッド座標を使う。

そこで、米陸軍が1940年代に考案したのがMGRS(Military Grid Reference System)。対象は南緯80度から北緯84度までの範囲で、以下の構成要素からなる。

  • UTMゾーン : 経度を6度ごとに区切って設定。西経180度から東回りに割り当てて、ゾーン1~60まである(6×60=360度)。
  • 緯度バンド : 南緯80度を起点にして、8度ごとに緯度を区切ったもの。C~Xのアルファベット(誤記・誤読しやすいIとOは除外)で識別する。南半球は0~80度で8度ごとだから、10のバンドに分かれることになる。北半球は8度ずつだと端数が出るので、北端のXだけ12度の幅がある。
  • グリッドID : アルファベット2文字の識別子で、100km四方の範囲ごとに割り当てる。1文字目は経度方向、2文字目は緯度方向。これもIとOは使わない。
  • X座標とY座標 : グリッドIDで示される個々の範囲について、左下隅を起点として設定する座標。桁数を変えることで、細かい指定も広い指定もできる。最大5桁ずつ。

緯度・経度だと、細かく位置を指定するには桁数が多くなる上に、小数点以下何桁のオーダーになるので伝達がややこしい。MGRSは小数点を使わず、アルファベットと数字を列挙するだけで、広い範囲も細かい地点も指示できる。

座標系の相互運用性

同盟関係にあり、連合作戦を実施する可能性がある国同士では、同じ方式で地点や範囲を指示できるようになっていないと不便極まりない。A国の歩兵部隊がB国の砲兵隊に火力支援を要請したら、座標系が違っていたのでまったく違う場所に弾を撃ち込んでしまった、なんてことになると洒落にならない。

だから、米陸軍が考案したMGRSは、NATO諸国や陸上自衛隊でも使われている。相互運用性(interoperability)の実現とは、装備体系をそろえるだけの話ではなくて、こういうところも影響するのである。円滑かつ確実な伝達のためには、無線通信の手順も統一しておかなければならないだろう。

さらに、軍事組織が災害派遣任務に出ると、民間部門とのやりとりが発生する。しかし、軍事組織で使用している地図は保全の対象になるから、そのままでは民間に出せない。そこで、民間で使用する地図情報でもMGRSコードを出せるようにしよう、という話になった。これは日本で実際に行われている話である。

MGRSに関する基本的なデータを、アメリカの国家地理空間情報局(NGA : National Geospatial-Intelligence Agency)が公開しているので、参考のためにリンクしておく。下の方にある「Links to Further Information on UTM and MGRS:」以下のリンク群で、地域ごとに割り当てられたMGRSコードなどを知ることができる。

Military Grid Reference System (MGRS): Downloads
http://earth-info.nga.mil/GandG/coordsys/grids/mgrs_100km_dloads.html

緯度・経度を使うこともある

とはいえ、緯度・経度の情報が必要になることもある。当節の精密誘導兵器はGPS誘導が主流で、これは緯度・経度でターゲットを指示する必要があるからだ。

最初から場所がわかっていればいいが、その場で臨機応変に場所を指示しなければならないこともある。かといって、ターゲットのところまで出かけていってGPS受信機で数字をとる、というわけにもいかない。そんなことをやったら敵兵に撃たれてしまう。

しかし、基準となる現在位置(緯度と経度と高度)がわかっていれば、そこからターゲットに対する三次元の方位と距離を精確に出すことで、ターゲットの緯度と経度を幾何学的に割り出すことができる。

それには、GPS受信機とレーザー測遠機があればよい。レーザー測遠機で得た目標までの距離、それとレーザー測遠機が向いている方向がわかれば、現在位置を起点として目標の位置を計算できる理屈。

航空機が搭載するターゲティング・ポッドでも、地上軍が使用する携帯式のレーザー目標指示器でも、当節はこうした機能を備えた製品が主流になっている。だから、どこにいても光学センサーで捕捉・確認したターゲットの緯度・経度を得ることができる。

  • ロッキード・マーティン社製のターゲティング・ポッド「スナイパー」。写真はB-1B爆撃機に搭載した状態だが、ほかにも多様な機体で使用できる

しかし、航空機が自分の搭載兵装を投下する場合はそれでいいとしても、地上軍が目標を指示する場合、兵装を投射するのは別の誰かさんである。そちらに情報を伝達するにはどうすればいいのだろう?

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。