11月8日の午前4時26分(現地時間)に、ノルウェーのベルゲン北西・ヘルテフィヨルデン東方で、ノルウェー海軍のフリチョフ・ナンセン級フリゲート「ヘルゲ・イングスタ(Helge Ingstad)」が、ギリシャの船会社TSAKOSの油送船「ソラTS(Sola TS)」と衝突する事故が発生した。

GEOINT的な観点から事故を見てみる

と、これだけなら海難事故のニュースであって、地理空間情報(GEOINT : Geospatial Intelligence)とは関係なさそうな話に見える。しかし、たまたま事故の経緯を追うことになったのでいろいろ調べていたら、GEOINTに関わる話も影響しているのではないか、と思えてきた。そこで、(半ば強引だが)本連載で取り上げてみようと思い立った次第。

事故が発生した時、ヘルゲ・イングスタは母港に向かう途中で、北から南に向けて航行していた。一方、ソラTSは北上していた。船同士がすれ違う場面で衝突を避ける時は、互いに面舵、つまり右方向に曲がるように舵を取るのが国際的な約束事である。

ところが2隻が衝突した時は、ソラTSの右舷船首が、ヘルゲ・イングスタの右舷艦尾にぶつかっている。互いに面舵をとっているのに右舷同士が接触するのはおかしい。となると、少なくともどちらか一方は取舵、つまり左方向に曲がるように舵を取っていたと考えられる。

そこで、現地の地図を見てみると、衝突現場はフィヨルドの西岸に近い。南下するヘルゲ・イングスタが面舵をとれば、陸岸に向かうことになってしまう。ひょっとして、それを避けようとしてイレギュラーな向きに舵を切った可能性はないのだろうか、という仮説を立ててみた(あくまで仮説である)。

また、ノルウェー海軍は事故の後でヘルゲ・イングスタの沈没を避けようとして、曳船を出して艦を陸岸に寄せて座礁させた。この時点では艦はちゃんと浮いていたのだが、陸岸に寄せたところで急激に右側に傾斜して、曳船は急いで後進をかけて待避した。その後、ヘルゲ・イングスタは沈下が進み、ほとんど海面下に没した状態になってしまった。

フィヨルドといえば御存じの通り、氷河による浸食作用が原因でできた峡湾だから、幅は狭く、両岸は切り立っている。おそらく、海底地形も切り立っているであろうし、海底は砂ではなく岩ではないか、と推察できる。

こんな話を始めると、これはまさにGEOIINTの領分である。海岸、あるいは海底の地形や地質は、艦船の安全な運航に大きく影響するし、投錨する際にも底質(海底の地質。砂とか岩とか)が問題になる。

また、艦が沈まないように対策するとか、海没した艦を引き揚げるとかいうことになれば、海洋条件、海底や近隣の陸岸における地形・地質、そして現場の気象条件といった要因が関わってくる。これらもまた、GEOINTの領分である。

  • 「ヘルゲ・イングスタ」と「ソラTS」が衝突した現場 資料:ノルウェー沿岸警備隊

  • 「ヘルゲ・イングスタ」と「ソラTS」が衝突した現場の地図 資料:ノルウェー沿岸警備隊

フィヨルドと戦争

戦史に詳しい人でもないとピンとこない話かもしれないが、第2次世界大戦中、ノルウェーのフィヨルドが戦闘の現場になった事例がいくつもあった。

例えば、ドイツ軍が1940年の春にノルウェーに侵攻した時、オスロ南方のフィヨルドで独海軍の巡洋艦「ブリュッヒャー」が沈没した。ノルウェー軍が陸上の要塞から砲撃を行い、さらに魚雷をぶっ放したためである。広い外洋なら回避機動の余地があるが、狭いフィヨルドでは話が違う。

ノルウェー北部のアルテン・フィヨルドは、ドイツ海軍の戦艦「ティルピッツ」などが根拠地にしていたことで知られる。そこにイギリス海軍が空母搭載機で爆撃を仕掛けたことがあった。ところが、艦は切り立った陸岸に近いところに係留していたから、爆撃しようとして下手に突っ込むと、自機が陸岸との意図せざる接触をすることになりかねない。

すると、現地の地形を考慮に入れて、突入する際の針路を慎重に計画しなければならない。するとGEOINTは不可欠という話になる。

ノルウェー海軍は戦後、ミサイル艇による沿岸防衛を任務の1つとして、そこでペンギン艦対艦ミサイルを自国開発した(後に空対艦型もできた)。これはコンパクトで小型のミサイル艇にも載せやすい設計だが、特徴の1つとして赤外線誘導を使用している点が挙げられる。

緯度が高く寒冷なノルウェーでは、海水温も当然ながら低めなので、艦艇が発する赤外線は相対的に目立つ。また。レーダー誘導ミサイルだと「敵艦からのレーダー反射」と「背景の陸岸からのレーダー反射」を識別できないと具合が悪い。その点、赤外線誘導のほうが艦艇を識別しやすいと考えられる。

しかもレーダー誘導ミサイルと違い、赤外線誘導ミサイルは妨害電波を出しても影響されない。フレア(火炎弾)を発射して囮にするしかないが、すべての艦がフレアを積んでいるとは限らない。そしてミサイルから電磁波を発しないパッシブ探知だから、逆探知される気遣いもない。敵艦が対空捜索レーダーを作動させない限り、みつからない。

ノルウェーがその後に開発したNSM (Naval Strike Missile)にしろ、これもノルウェー製で日本でも導入の話が出ているJSM(Joint Strike Missile)にしろ、やはり赤外線誘導である。

  • 「国際航空宇宙展2018」で展示されていた、JSMのスケールモデル。展示スペースの関係で、実大模型とはいかなかったようだ

これらノルウェー製の対艦ミサイルは、「我が国固有の事情」に基づいてウェポン・システムを国内開発する際に、仕様の策定にGEOINT的な要因が関わった一例といえる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。