挿絵

野菜の値段が高騰している。特に葉物など、ひどいところでは白菜が一玉700円で売られていたそうだ。もはや定食ぐらいなら食える値段だし、その方が白菜単体を1玉食うより、ゴリラでなければ満足できると思う。

何故このような事態になったのか、と農業関係の仕事をしている夫に問うてみたところ、「乾燥の後に長雨が続いた。もしくはその逆、またはそれ以外の理由」ということである。 これは夫の説明が曖昧だったのではなく、私の理解がボンヤリしているからだ。

つまり「お天道様には勝てない」という話なのである。

確かに、自然を前にしたら人間は無力だ。先の大雪でも、交通機関が止まるとわかってはいるが、どうしても己の無力さを示したい人間が続々と出社をし、電車の止まった駅のホームで思う存分その無力さを晒していたという。もはや「無力芸」と言って良いほどの無力さだ。

おそらく、人間が自然に完全勝利することはないだろうし、太陽の眉間をぶち抜いてやる必要はない。さりとて勝てるところは勝ちにいかないと、キャベツも満足に食えないのである。

つまり「そろそろ農作物ぐらいは自然に左右されるのをやめないか」という話が今回のテーマである。

人間には大雪の日に出社したり、台風の日に用水路や田んぼの様子を見に行ったりするという「自ら自然に左右されにいく」という習性があるので、如何ともしがたいが、お野菜さんは雨の日も風の日も素直にそこにいてくれるので、まだ救いようがある、ということだ。

野菜をつくる工場、今の課題は

「植物工場」、これが今回の用語だ。

「わからせる気がない」でお馴染みのITワード界において、逆に罠を疑うほどの直球さであり、不穏ささえ漂っている。おそらく「人肉饅頭」とかに語呂が似ているからだろう。こういうタイトルのホラー映画があってもおかしくない。

そして読んで字の如く、工場内で野菜などの作物を作ることである。工場で作る製品が天候、季節に左右されないのと同じように、野菜も工場内で作れば、常時、安定した品質、価格で出荷することができる。悪天候で工員が出社できない、ということはあるかもしれないが、人間はよほどのことでない限り来てしまうので大丈夫だ。

工場と言っても、パーツを組み立てて白菜を作るというわけではない。工場内で太陽の代わりにLEDを使った水耕栽培を行っているようである。LEDなら太陽のように、一週間雲に隠れているということはない。どれだけ天候に恵まれない年でも関係なく、安定生産できるはず…だったのだが、これが苦戦しているようだ。

「生き物を育てるのは難しい」

全然親の思い通りに育たなかった自分を見てもわかるように、生物を育てるのは難しい。人間より2兆倍素直なお野菜さんでも難しいのだ。水質の問題や、広い工場内の温度を一定に保つのが難しく、なかなか安定した品質の野菜が生産できなかったようである。また、LEDなど、多額の設備投資が必要なため、それが乗っかって野菜の価格が割高になってしまうという。

法外に高い野菜の写真はSNSで山ほど見かけたが、投稿者がその後、その野菜を買ったかというと、ほとんどの人が「高いから買わなかった」のではないだろうか。外で作ろうが中で作ろうが、値段が高ければ消費者は買わないので、「割高」というのは致命的である。

また水耕栽培ゆえに、作れる野菜もレタスなど葉物に限定されてしまうという。いくら安くても、食卓にレタスのみというのはゴリラでも厳しいのではないか。

よって、植物工場の課題というのは安定した品質でかつ安価、さらに多種類の野菜を作れるようにならなければならない、というものだ。

それを考えると、LEDや空調もなしに植物を育てる太陽や土、雨などの自然はすごいと改めて思わせられるが、やはりいつまでも自然に負けているわけにもいかない。それに、世の中には、大自然に反し「カワイイ」などという到底作れそうにないものを作ろうと奮闘している者も大勢いるのだし、何度失敗してもまったく諦める様子がない。

ぜひその不屈の闘志を見習って、高品質・低価格な工場野菜を作り出してほしい。

<作者プロフィール>

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カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集、「ブス図鑑」(2016年)、「やらない理由」(2017年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2018年2月13日(火)掲載予定です。