ことに軍用機の商談では、受注獲得のために相手国のメーカーを引き込んで「生産参画や現地組み立てを実現します」とやるのは業界の通例。これは機体の製造だけでなく、導入後の保守サポートについても同様だ。すると当然のことながら、サプライチェーン管理(SCM : Supply Chain Management)の業務は複雑化する。
リスクも生産も分担するF-35
それを機体の開発段階から計画的に実行しているのが、御存じF-35(計画名称はJSF : Joint Strike Fighter)。アメリカと開発パートナー8カ国が資金を出し合うとともに、製造も分担する形となった。
パートナー諸国の内訳は、イギリス、イタリア、オランダ、デンマーク、ノルウェー、オーストラリア、カナダ、(トルコ。後に追い出された)。
これら諸国のメーカーが製造に参画しているわけだが、最終組立拠点となるFACO(Final Assembly and Check-Out)施設についても、アメリカのテキサス州フォートワースに加えて、イタリアのカメリに設けている。そして後者は、イタリアやオランダなどの機体を手掛けている。ここまでが開発パートナー各国の分。
ところがさらに、パートナー国以外でも生産参画やFACO施設の事例がある。主翼の製造にイスラエルのIAI(Israel Aerospace Industries Ltd.)が関わっているほか、日本の愛知県にもFACO施設がある。そして、スイスやフィンランドでの採用獲得に併せて、この両国についても生産参画や現地組み立ての話が出てきている。これだけ多くの国が関わっていると、サプライチェーンを切り回すのが大変なのはいうまでもない。
効率を考えれば、同じパーツはできるだけ同じメーカーでまとめて製造する方が良い。ところが、できたパーツの行先はどうか。仕向地によって担当するFACO施設が変わるから、フォートワースに送ったり、カメリに送ったり、愛知に送ったりしなければならない。同じパーツやコンポーネントを複数の国、複数のメーカーが手掛けていると、さらにややこしいことになる。
どの国向けの機体かは最終組立ラインの時点で決まる
機体については、最終組立ラインに載った時点で、すでにどの国向けの何号機になるかは決まっている。その辺は受注生産品らしいところ。この機番はタイプ・バージョンといい、F-35A/B/Cの別と仕向地ごとに割り当てられたアルファベット、カスタマーごとの通し番号からなる。
日本向けならアルファベットは「X」だから、日本向けF-35Aの10号機なら「AX-10」となるわけだ。そして、組立工程に載っているF-35は1機ごとに、機首のレーダー取付部などに機番を掲出している。
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通算100機目のF-35、かつ、ルーク空軍基地に配備される最初のF-35Aとなった機体「AF-41」が、フォートワースの最終組立ラインに載っている様子。垂直尾翼と機体の左側に「AF-41」の掲出がある様子が分かる 写真:USAF
生産に参画しているメーカーも、それぞれのメーカーがある国の政府も、そしてもちろんロッキード・マーティンも、「F-35がいかに各国の産業に貢献しているか、雇用につながっているか」を積極的にアピールしている。
アピールするのはいいが、SCMを支援するシステム作りや、SCMを円滑に切り回すための配慮は欠かせない。F-35は特にスケールが大きい事例だが、他の国際共同プログラム、例えばユーロファイターやA400M、あるいはボーイングやエアバスの民航機にしても、事情は似たようなものである。
国際的なサプライチェーンに関わるリスク
こうしてワールドワイドなサプライチェーンを構築することは、完成した機体の売り込みに際して有利な条件につながるだけでなく、最適な製品を安価かつタイムリーに入手するための競争創出にもつながっている、と考えられる。
実際、F-35計画の関係者が「いったん受注を決めたからといって、それで安泰というものではない」という趣旨の発言をしているのを見た記憶がある。つまり、品質改善、納期の遵守、そしてコストダウンといったところで発注元の要求に応え続けていかなければ、他のサプライヤーに乗り換えられてしまうかもしれないというわけだ。といっても、同じ品物を同じ品質で、かつより安価に製造できるサプライヤーが、そう簡単に見つかるとも思えないが。
また、外部の企業を巻き込むということは、最終的な完成品を作る機体メーカーからすると、サプライヤーとの関係作りや業務管理といった課題が生じることを意味する。すべてのサプライヤーと直接コンタクトしている場合はまだしも、サプライヤー網を階層化すると、どうなるか。
これは、「機体メーカーはTier 1のサプライヤーとだけ直接コンタクトする。Tier 1のサプライヤーが、Tier 2のサプライヤーに対して発注を行う場合、それはTier 1のサプライヤーの責任」という話。こうすることで、機体メーカーはTier 1のサプライヤーとだけやりとりすれば済むようになる。その代わり、Tier 2から先のサプライヤーで何か問題が生じたときに、その情報が機体メーカーまで伝わりにくくなる等の問題は考えられないだろうか。
また、国際的なサプライチェーン網は、当然ながら政治の影響も受ける。第338回で取り上げた対露制裁の話もそうだし、F-35計画からトルコが追い出された件もそうだ。
トルコがロシアからS-400地対空ミサイルの調達を強行したため、トルコはF-35計画から追い出されたが、その結果として「トルコのメーカーが担当していた部位について、新たなサプライヤー網を構築する」という手間が発生した。
また、サプライヤー網が全世界に展開すると、輸送の問題も出てくる。COVID-19のパンデミックに起因するロックダウンや物流の混乱、輸送経費の上昇といった問題は、航空機のサプライチェーンにも影響を及ぼしている。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。