NTTドコモビジネスは10月7日、AIエージェントを活用できる環境の実現に向けて「Trusted Data Fabric」構想を発表した。また、同日に日本IBMとAIの開発・導入・利用において法令や倫理、社内規程などに沿ってAIを適切に管理・運用するAIガバナンス領域での協業にするための基本合意書を締結した。両社は企業がAIエージェントをいつ・どのように使っているかを把握し、法令や社内規程に沿って継続的に管理・監査できる仕組みの確立に向けて検討を進め、企業が安心してAIエージェントを活用できる環境の実現を目指す。

AIは「答える」から「行動する」へ

はじめに登壇した、NTTドコモビジネス 執行役員 ビジネスソリューション本部 ソーシャルイノベーション部長の福田亜希子氏は「AI活用のトレンドが大きな転換点を迎えている。これまではAIが質問に答える時代だったが、今はAIが実際に行動する時代になりつつある」との認識を示した。

  • NTTドコモビジネス 執行役員 ビジネスソリューション本部 ソーシャルイノベーション部長の福田亜希子氏

    NTTドコモビジネス 執行役員 ビジネスソリューション本部 ソーシャルイノベーション部長の福田亜希子氏

生成AIの活用は、文書作成や要約といった支援業務から、システム操作や申請処理などを自律的に実行するAIエージェントへと広がりつつある。利用者が1つのAIに依頼しているように見えても、その裏側では複数のAIエージェントが連携し、業務を分担するケースも増えているという。

福田氏は「変わるのは賢さではなく、任される範囲だ」と説明する。ユーザーから見ると一つのAIに依頼しているように見えても、実際には複数のAIエージェントが連携しながら業務を遂行するケースが増えているという。

AIエージェント活用を阻む2つの課題

一方、AIエージェントに重要業務を任せるうえでは、AIの統制とデータ活用という2つの課題がある。例えば、営業担当者が提案書の作成をAIに依頼すると、AIは社内資料や過去案件などを参照して作業を進める。しかし、利用者が最終成果物や要約だけを確認した場合、どの情報を参照し、どのような経緯で判断したのかを十分に把握できない可能性がある。

福田氏は「問われるのは、何を見てAIのアウトプットを承認したのかということ。人を前提とした従来の管理では追いつかなくなる。誰の代わりに、何を目的に、どの範囲を許されてAIが動いているのかを把握する必要がある」と指摘した。

AIに悪意がなくても情報漏えいやコンプライアンス上の問題が発生する可能性があると指摘する。従来のID管理だけでは、AIが誰の代わりに、何を目的として、どの範囲の権限で動いているのかを十分管理できないという。

もう1つの課題は、価値の高いデータほどAIに利用させにくいことだ。企業は情報漏えいなどのリスクを避けるため、AIが利用できるデータを制限する傾向にある。ただし、公開情報や限られた社内データだけでは、一般的な提案や判断にとどまり、AI活用の効果も限定される。

  • 2つの課題がAIエージェントの活用を阻むという

    2つの課題がAIエージェントの活用を阻むという

福田氏は「営業提案や需要予測、経営判断のような高付加価値業務では、顧客データや購買履歴、利用状況などの活用が欠かせない。しかし現状では、使わせないか、すべて見せるかの二択になりがちで、そのことがAI活用の上限を決めている」と説明した。

3つの「Trust」でAIとデータを安全につなぐ

NTTドコモビジネスは、こうした状況を「AIが重要な業務の手前で止まっている」と捉える。その解決策として打ち出したのが「Trusted Data Fabric」だ。企業や組織が自らのデータを管理する権限を持ったまま、組織内外のAIエージェントやデータと安全に連携できる環境の実現を目指す。

Trusted Data Fabricは、AIの判断と行動を統制する「Trusted AI」、AIエージェントの身元や権限を管理する「Trusted Identity」、機微なデータを守りながら活用する「Trusted Data Access」の3領域で構成される。

同社は、これらをAI時代に向けた次世代ICT基盤「AI-Centric ICTプラットフォーム」のトラスト層として位置付け、2026年度末から2027年度にかけて関連機能を段階的に提供する方針だ。

  • 「Trusted Data Fabric」の概要

    「Trusted Data Fabric」の概要

AIの行動を統制する「Trusted AI」

1つ目のTrusted AIは、AIエージェントの判断と行動を統制する仕組みである。AIが実行しようとする処理を直前に判定し、不適切な行動を未然に止める「Action Guardrails」や、AIの利用状況とリスクを組織として管理するAIガバナンスなどを整備する。

福田氏は「その行動を、今、このAIに本当に任せられるのかが重要になる」と説明した。同社はすでに、企業専用の環境でAIエージェントを利用できる「クローズドAIエージェント」や、日本語に特化したAIガードレール「Chakoshi」を提供している。今後は、AIの行動を実行前に制御する機能や、継続的な管理・監査を可能にする仕組みを加えていく。

  • 「Trusted AI」の概要

    「Trusted AI」の概要

AIに身元と権限を与える「Trusted Identity」

2つ目のTrusted Identityは、AIエージェントに検証可能な身元と委任情報を与える仕組みだ。従来のID管理では、利用者が本人であるかどうかを確認し、その人に与えられた権限に応じてシステムへのアクセスを制御してきた。これに対してAIエージェントでは、どの組織に属しているのかに加え、誰から、どのような目的で、どこまでの業務を委任されているのかを確認する必要がある。

同氏は「人向けのID管理と同じ考え方でAIの権限範囲を決めるだけでは足りない。AIが誰の代わりに、何を目的に、どの範囲で動いているのかまで管理する必要がある」と述べている。

NTTドコモビジネスでは、認証・認可や同意管理、本人確認を統合したID管理プラットフォーム「SmartLiTA」をAIエージェント向けに拡張する予定。また、AIエージェントの提供者や機能、権限などの属性情報を登録・確認する「AIエージェント属性情報レジストリ(仮称)」の実現に向けた検討も進める。

  • 「Trusted Identity」の概要

    「Trusted Identity」の概要

機微データを守りながら活用する「Trusted Data Access」

3つ目のTrusted Data Accessは、機密情報や個人情報を含むデータを守りながら活用する仕組みである。データを外部へ持ち出さず、隔離された環境の中でAIエージェントに処理させる方法に加え、複数の組織が保有するデータを秘匿したまま計算し、必要な結果だけを共有する方法を想定する。

同領域では、機密性の高い情報を秘匿化したまま保管・加工・分析できるデータ利活用サービス「析秘」を活用する。データの保有者が管理権限を維持したまま組織を越えた分析を可能にすることで、「使わせない」か「すべて見せる」かという二者択一からの脱却を図る。

  • 「Trusted Data Access」の概要

    「Trusted Data Access」の概要

Trusted AIでは日本IBMと協業

このうち、AIガバナンスを担うTrusted AIの領域で協業するのが日本IBMだ。両社は同日、AIガバナンス領域での協業するための基本合意書を締結。AIエージェントの判断根拠や権限、利用状況を可視化し、法令や社内規程に沿って継続的に管理・監査できるアーキテクチャと活用モデルを検討する。将来的な事業化や商用展開を見据え、提供モデルと推進体制についても協議する。

日本IBM 理事 データ・プラットフォーム事業部長の佐藤隆子氏は、AIエージェントを取り巻く課題について「開発から運用へ移り始めている。AIエージェントを作ること自体は、さまざまな技術や製品の登場によって非常に簡単になった一方で、多くのお客さまからは、その後の本番運用に関する悩みが寄せられている」と明かした。

  • 日本IBM 理事 データ・プラットフォーム事業部長の佐藤隆子氏

    日本IBM 理事 データ・プラットフォーム事業部長の佐藤隆子氏

既存のバックエンドシステムとの統合、モニタリング、想定外のリスクへの対応、継続的な改善、複数のAIエージェント間の調整などが課題になるという。佐藤氏は、2028年までに平均的なFortune 500企業で15万を超えるAIエージェントが稼働するとのGartnerの予測に触れ「この規模になると、人手による管理は限界を迎える。早急な仕組みづくりが必要だ」と指摘する。

ただし、AIガバナンスの目的はAI活用を制限することではない。同氏は「企業におけるAIガバナンスは、ブレーキをかけるためのものではない。社員が安心してAIを活用するためのガードレールを設置することが目的」と強調する。

IBMが重視するのが、リスクの高いAIを重点的に管理する「リスクベースアプローチ」、企画や開発だけでなく運用までを対象とする「ライフサイクル全体にわたるガバナンス」、技術や法規制の変化に素早く対応する「アジャイルな推進」の3点だ。

こうした考え方を支える中核製品が、AIガバナンス基盤「IBM watsonx.governance」となる。同製品は、企業内で利用されているAIアプリケーションやモデル、AIエージェントなどを整理し、その利用状況やリスク評価、規制への対応状況を一元的に可視化する。把握したリスクに対しては、ポリシーや承認プロセスを適用して統制するほか、判断根拠や評価結果、変更履歴、監査証跡を管理し、説明責任の確保を支援する。

  • 「IBM watsonx.governance」の概要

    「IBM watsonx.governance」の概要

佐藤氏は「AIの世界はすでに、複数のエージェント、複数のモデル、複数の稼働環境が混在し、日々目まぐるしく変化している。その中で、いかにオープンかつ一貫してガバナンスを効かせられるかが重要になる」と述べた。

日本IBMとの協業でAIガバナンスの実装を加速

日本でAI活用を進めるうえでは、データやシステムを自らの管理下に置くソブリンAIやAI主権の考え方も重要になる。watsonx.governanceはオンプレミス環境にも対応し、企業の要件に応じた環境でガバナンスを適用できるという。

福田氏は協業について「IBMが持つAIガバナンス領域のグローバルな知見や、リスクベースアプローチによるリスク把握、統制、説明責任を担うログや監査の仕組みを実装していく」と説明した。

一方、佐藤氏はNTTドコモビジネスが持つ業界特化型のAIエージェントや社会インフラ領域のユースケース、幅広いソリューションを評価し「ここにwatsonx.governanceを加えることで、日本企業が安心してAIエージェントを活用できる環境を、よりスピード感を持って実現できる」と力を込めていた。

  • 協業の概要

    協業の概要

NTTドコモビジネスは今後、金融、スマートシティ、教育、医療、製造、公共、インフラなどへの展開を進め、将来的には企業や業界の境界を越えてAIエージェントとデータが連携する環境へ発展させる。

福田氏は「AIが企業の境界を越えて働き、価値がつながっていく。その境界をTrustでつなぐのが、Trusted Data Fabricとなる。ただ、これは当社だけでは作れない」と述べ、パートナーや顧客とともに構想を具体化していく。

  • Trusted Data Fabricでは金融、スマートシティ、教育、医療、製造、公共、インフラなどへの展開を想定

    Trusted Data Fabricでは金融、スマートシティ、教育、医療、製造、公共、インフラなどへの展開を想定

AIエージェントの性能競争が続く一方で、企業が本格的に活用を進めるためには、どこまで任せられるのかを保証する仕組みが欠かせない。NTTドコモビジネスは、Trusted Data Fabricによってその課題の解決を目指す考えだ。