腫瘍や椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症などによる神経の圧迫、抗がん剤治療や糖尿病、帯状疱疹後などで神経に損傷や異常が生じることにより発症する神経障害性疼痛は、患者の生活の質(QOL)を著しく低下させる要因となる。

これらの疾患で生じる痛みは、現在汎用されている「ロキソニン」などに代表される非ステロイド性鎮痛薬や、モルヒネなどの麻薬性鎮痛薬が効きにくく、治療が困難であることから、新たな作用機序を持つ治療薬や治療法の確立が望まれていた。

こうした課題に対して、広島大学は、ラットの神経障害性疼痛モデルを用いて、疼痛の発症にリン脂質の一種である「リゾフォスファチジン酸」(LPA)の受容体の1つである「LPA4」が関与するメカニズムを解明。LPA4の働きを抑制する薬剤(遮断薬)が。新たな神経障害性疼痛用の治療薬と成り得る可能性を見出したと、9月11日に発表した。

  • 神経障害性疼痛モデルにおける痛みの発症に対するLPA4遺伝子欠損の影響。正常(左)およびLPA4遺伝子を欠損したラット(右)それぞれの坐骨神経を損傷させた神経障害性疼痛モデル。正常ラットでは神経損傷前と比較して、損傷してからの時間経過に伴い、逃避行動を示す刺激強度が小さくなる(弱い刺激でも痛みを感じるようになる)。一方、LPA4遺伝子欠損ラットでは、神経損傷前後で逃避行動を示す刺激強度に明確な違いは認められなかった (出所:広島大ニュースリリースPDF)

    神経障害性疼痛モデルにおける痛みの発症に対するLPA4遺伝子欠損の影響。正常(左)およびLPA4遺伝子を欠損したラット(右)それぞれの坐骨神経を損傷させた神経障害性疼痛モデル。正常ラットでは神経損傷前と比較して、損傷してからの時間経過に伴い、逃避行動を示す刺激強度が小さくなる(弱い刺激でも痛みを感じるようになる)。一方、LPA4遺伝子欠損ラットでは、神経損傷前後で逃避行動を示す刺激強度に明確な違いは認められなかった (出所:広島大ニュースリリースPDF)

同成果は、広島大大学院 医系科学研究科の森岡徳光教授、同・下田嵩央大学院生、同・麻思萌助教、同・中村庸輝准教授、同・中島一恵助教らの研究チームによるもの。詳細は、生命・物理・地球科学など多様な分野を扱うオープンアクセスジャーナル「iScience」に掲載された。

神経障害性疼痛はなぜ起こる? 脊髄の「アストロサイト」の働きに着目

神経障害性疼痛は、痛みを伝える知覚神経の病変や疾患によって生じる痛みだ。外傷や圧迫、絞扼(こうやく:締め付け)、ウイルス感染などによる神経の損傷、脳卒中や糖尿病などの疾患、自己免疫疾患による慢性炎症によって発症する可能性がある。

症状として焼けるような痛み、刺すような痛み、ピリピリとした電気が流れたような痛みを特徴とし、さらに衣服が触れただけでも激痛が走る「アロディニア」症状が生じるため、日常生活に大きく支障を及ぼす。既存の鎮痛薬では効果が十分でないことも多く、長期間の使用による副作用リスクの増加も大きな課題となっていた。

こうした背景の下、研究チームはこれまで、神経障害性疼痛の発症に対し、痛みの伝導路である脊髄に存在する「アストロサイト」の働きに注目をして研究を続けてきた。アストロサイトとは、脳や脊髄などの中枢神経系に存在する、神経細胞の働きや構造を調節する役割を持つ細胞だ。これまでの研究の中で、アストロサイトが活性化すると痛みが生じ、逆に同細胞を抑制すると痛みが和らぐことが明らかにされてきた。

そこで今回の研究では、アストロサイトの働きを抑制する薬剤が鎮痛薬として有効であると考察し、その可能性を探ることにした。

今回の研究成果

先行研究により、神経障害性疼痛患者の脳脊髄液において、リン脂質の1つである「リゾフォスファチジン酸」(LPA)が増加しており、その量と痛みの程度が相関することが報告されていた。そこでLPA受容体を遮断する薬剤に注目が集まり、研究が実施されたものの、創薬開発には至っていなかった。

そこで研究チームは今回、公共データベースにおいて、ヒトのアストロサイトに発現することが示されているにもかかわらず、選択的に作用する薬剤が世の中に存在しないために、痛みに関する研究が全く実施されていないLPA受容体のLPA4に注目することにしたという。LPA4遺伝子を欠損したラットを独自に作製し、神経障害性疼痛の発症に対するLPA4の関わりが検証された。

その結果、LPA4遺伝子を欠損した(LPA4が体内に存在しない)ラットでは、神経障害性疼痛を発症しないことが判明。さらに、脊髄でのLPA4はアストロサイトに多く発現し、その活性化を制御していることも解明された。加えて、網羅的な遺伝子解析から、LPA4によって産生が制御され、疼痛誘発に関わる可能性のある物質の存在も特定された。

今回の結果から、LPA4の働きを抑制する薬剤(遮断薬)が神経障害性疼痛に対する新たな治療薬となることが期待される。研究チームは今後、アストロサイトのみのLPA4を欠損させた動物モデルを用いて、同細胞におけるLPA4の機能や役割をより詳細に解析すると同時に、LPA4を遮断する薬剤の開発も加速させていく予定とのこと。

  • 神経障害性疼痛では脊髄でのアストロサイトの活性化が生じており、痛みの慢性化に関与している。アストロサイトのLPA4は、その活性化を制御する受容体として神経障害性疼痛の発症に対して重要な役割を果たしていることが解明された (Part of this figure was created with BioRender.com.) (出所:広島大ニュースリリースPDF)

    神経障害性疼痛では脊髄でのアストロサイトの活性化が生じており、痛みの慢性化に関与している。アストロサイトのLPA4は、その活性化を制御する受容体として神経障害性疼痛の発症に対して重要な役割を果たしていることが解明された (Part of this figure was created with BioRender.com.) (出所:広島大ニュースリリースPDF)