英Clarivate(クラリベイト)は9月19日、近い将来ノーベル賞を受賞する可能性の高い研究者が選出される「クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞(Clarivate Laureates)」の2024年版を発表した。

同賞は、同社の学術文献引用データベース「Web of Science」のCore Collectionをもとに、論文がどの程度引用され、学術界にインパクトを与えたのかなどを考慮し、ノーベル賞クラスと目される研究者を選出するもの。これまで同賞の受賞者の中から75名が実際にノーベル賞を受賞しており、そのうち4名(山中伸弥氏、中村修二氏、大隅良典氏、本城佑氏)が日本人受賞者となっている。

  • 引用栄誉賞
  • 引用栄誉賞
  • 引用栄誉賞
  • 2002年の引用栄誉賞開始時から2023年までの引用栄誉賞受賞者とノーベル賞受賞者の関連。日本人受賞者からは4名がノーベル賞も受賞している (資料提供:クラリベイト)

同賞はノーベル賞の科学系4賞(生理学・医学賞、物理学、化学、経済学)と同じカテゴリで構成されており、2002年以降、毎年ノーベル賞発表月の前の月となる9月に発表されてきた。

その選出方法は、2000回以上引用されている学術界に与えた影響が大きい論文(高インパクト論文)といった定量的な要素をベースに、研究への貢献度や他の賞の受賞歴、過去のノーベル賞から予想される注目領域などの定性的要素を含めて検討されるものとなっている。同社によると、引用回数2000回以上という数値は、1970年以降に発表された6100万件以上の論文の9600件程度(0.015%)だという。

同賞は毎年最大36名(各分野3トピック×3名×4分野)が選出されるが、2024年は22名が選出され、その研究者の主要所属学術機関の国別内訳は米国が11名、英国が6名、スイスが2名、そしてドイツ、イスラエル、日本が各1名となっている。

  • 受賞者の所属研究機関の国別内訳

    受賞者の所属研究機関の国別内訳。彦坂氏は米国の研究機関に所属しているため、米国の11名の中に含まれる (資料提供:クラリベイト)

今回、日本出身の研究者として選出されたのは生理学・医学分野と化学分野の2分野。生理学・医学分野は、「運動制御や学習行動の中心となる大脳基底核の生理学的研究」として米国国立眼病研究所の彦坂興秀氏が、化学分野は「水分解用光触媒と太陽光水素製造システムの構築に関する基礎研究」として、信州大学アクア・リジェネレーション(ARG)機構 特別特任教授、東京大学 特別教室 特別教授の堂免一成氏(東京工業大学 名誉教授)がそれぞれ表彰された。

  • 受賞理由
  • 受賞理由
  • 堂免氏と彦坂氏の受賞理由 (資料提供:クラリベイト)

水素社会の実現に必須な安価な水素製造技術

堂免氏の研究テーマは「太陽エネルギーと水から直接水素を製造する光触媒およびシステムの開発」というもの。日本は世界に先駆け水素社会の実現を目指した取り組みを推進しているが、その普及のカギを握るのが水素の生成コストの低減。太陽光から水素を生成する方法は大きく3つ。水素の生成というと、中学生の理科の授業で水に電気を流すことで水素と酸素を発生させる電気分解を思い浮かべるが、これは太陽電池を活用して、発生した電力を用いて水を電気分解する手法につながる。太陽電池も普及し、水もあるため、すでに実用レベルに達していると言えるが、世界にその仕組みが普及しているとは言えない。その理由は、この方法で作られる水素エネルギーの値段が、化石燃料由来のものと比べて数倍高いためで、このコスト削減がなかなか進まないことが課題となっている。

2つ目は「光電極系」。東京理科大学の学長も務め、2012年のトムソン・ロイター引用栄誉章の受賞者でもある藤嶋昭氏と、同氏の指導教官であった本多健一氏が見出した本多-藤島効果に基づく電極そのものを見ずに漬けて光を当てることで水素を生成する方法で、安価に水素を生成できる可能性はあるものの、大面積への展開が難しいとされている。そして3つ目が堂免氏が携わってきた「微粒子光触媒系」。微粒子の光触媒を活用して水素を生成しようというもので、「やり方は簡単だが効率を上げるのが難しい」(堂免氏)という。この効率を高める部分が研究の肝となる部分で、微粒子の光触媒は、大きく紫外光に反応するもの、波長の短い可視光に反応するもの、赤外光に近い波長まで幅広い可視光に反応するものと大きく分けることができるが、反応できる波長域が広ければ広いほど、水素を生成しやすくなるため、「この長波長の可視光で反応する光触媒を作りたいという想いがある」(同)とする。

また、反応系としては、一種類の触媒反応で直接的に水を分解して水素を生成する1段階の触媒と、2種類の光触媒を使って酸素を発生させた後に水素を発生させるという2段階(Z-スキームとも呼ばれる)の手法がある。いずれにしても研究室レベルでは水素を生成できることが確認されているが、例えば堂免氏が世界に先駆けて1段階可視光水分解光触媒として2006年に報告したGaN:ZnO固溶体光触媒は数百μmほどの微粒子であるため、大量の水素を一度の生成することができないという課題があった。

  • 1段階可視光水分解光触媒

    2006年に堂免氏が世界に先駆けて報告した1段階可視光水分解光触媒 (資料提供:堂免一成氏/クラリベイト)

  • 光触媒シートによる水分解
  • 光触媒シートによる水分解
  • 研究室レベルであれば1段階、2段階ともに光触媒シートによる水分解が可能であることを確認 (資料提供:堂免一成氏/クラリベイト)

そこで堂免氏は、光触媒の微粒子をガラス板の上にシート状にナノシリカを吹き付ける形で固定し、そのシートを内部に入れた水分解パネルを開発。実際に、実証試験を実施し、大面積に展開できることを実証してきた。開発した水分解パネルは25cm角で、水の厚さは100μmほど。実験では紫外光を当てる形で水素が生成されることを確認。このパネルを1600枚組み合わせ、約100m2の受光面積を持つ水素生成システムを東京大学の柿岡研究施設に設置。実際に水素と酸素が生成されること、ならびに水素と酸素の混合気体から分離膜を活用して水素だけを取り出すことができることも確認。「1気圧の水素ガスであれば、流路をコントロールすると安全に扱えることも分かっている」(同)とのことで、利用に際しての安全性にも大きな問題は発生しないとの見方を示す。

  • 堂免氏が開発した25cm角の水分解パネル

    堂免氏が開発した25cm角の水分解パネル (資料提供:堂免一成氏/クラリベイト)

実際、100m2の水分解パネルからは1分間で3.7Lの水素と酸素が生成されていることも確認されているが、堂免氏は「100m2のサイズの水素生成システムを1ユニットとして、採算が見合う効率まで引き上げられれば、いくらでも大面積化ができるようになる」とし、その実用化レベルとしては最低でも太陽光エネルギーから水素エネルギーに変換できる効率として5%ほどで、「頑張らないといけない部分」と、今後のさらなる高効率化に向けた研究を進めていく意欲を見せる。

  • 水分解パネルと水素生成システム

    100m2規模の受光面積を持つ水分解パネルと水素生成システムも構築済み (資料提供:堂免一成氏/クラリベイト)

直近の研究成果としては、1段階、2段階の手法ともに相当良いところまでは研究が進んできたが、理論限界値を見ると、1段階で材料によるが17%~19%ほどまで行けることが期待されており、「現状、ここを何としても近い将来、できれば2~3年以内に5%以上を達成できる1段階の光触媒、ないし2段階光触媒の開発にこぎつけたい」(同)とする。

  • ソーラー水素製造プラント実用化のイメージ

    ソーラー水素製造プラント実用化のイメージ (資料提供:堂免一成氏/クラリベイト)

  • 水分解光触媒の吸収端と量子収率の関係性

    各種の水分解光触媒の吸収端と量子収率の関係性 (資料提供:堂免一成氏/クラリベイト)

さまざまな役割を担う大脳の基底核

一方の彦坂氏の研究は、マサチューセッツ工科大学のAnn M. Graybiel氏、ケンブリッジ大学/カリフォルニア工科大学のWolfram Schultz氏との共同受賞で、大脳基底核のさまざまな機能を解き明かしてきたことが評価されたものとなる。

大脳基底核の出力細胞は2種類の核から出ており、そのいずれもが抑制系であることが知られているが、同氏は報酬の量を予測して“やる気”につなげる神経回路の一部であることや、価値あるものを見つけるための神経回路メカニズムを有していることなどを報告してきた。

今回の受賞対象となった論文は2010年に科学誌「Neuron」に掲載されたもので、引用件数は1500件以上だという。同氏の研究成果は、脳の生理学、大脳基底核、記憶と報酬、運動と動機付けなど、さまざまな分野にわたっており、うつ病や依存症のほか、多くの精神疾患の理解に役立っているとクラリベイトでは説明している。

研究だけでなく社会実装を目指す堂免氏

なお、堂免氏は今回の受賞に際し、「この賞は、受賞したほかの日本人研究者の面々を見ても皆さん優れた方々なので、その仲間に入れてもらえたことは非常に光栄」とする一方で「数年早かった」という想いも述べている。

  • 授賞式の様子

    授賞式の様子。左がクラリベイトアカデミア・ガバメント事業部 リージョナルセールスディレクターの渡辺麻子氏、右が堂免一成氏)

これは、上述のとおり、現在進めている研究の完成にはまだ少なくとも数年かかると見ているため。「触媒だけを作って、実用化は企業に任せるという方法もあるが、光触媒を使って水素を取り出すことを事業化している企業は世界でもまだない。研究者として、それが可能であることを証明する必要がある。これまでに100m2のパネルを用いて原理の証明はできたが、コストをどこまで下げられるかを無視してサイズを拡大できることを証明しただけ。大面積に展開して、本当に安い水素を作れるかどうかはこれから」と、今後も研究を継続していく意欲を強調していた。

また、この研究に携わったきっかけについて、「最初は博士課程。個人的な、自然界の光合成を触媒でできたら素晴らしいという夢みたいな想いでスタートした。1970年代の終わりころの話だが、ここまでに至る中で粉末の光触媒を研究している人たちが減っていった。ほかの研究者たちがいなくなっても、やはり面白い。だからずっと研究を続けてこれた。日本の仕組みとして研究助成を受けられる仕組みもあるし、企業からの援助を受ける機会も得ることができた。若い人には、自分で非常に詰めのある研究をどんどんとやってもらいたい。先生がやっているからとか、この分野であれば大きな予算が出るからではなく、自分の興味のある研究をしつこくやっていくことが重要。そのための仕組みも日本には用意されているし、企業も説明したら援助してくれる仕組みになっていると思う。世界中をめぐっているが、日本人は優秀だと思うし、今、研究のレベルの低下が懸念されているが、決して下がっていくだけではなく、いずれは復活して世界をリードしていけると期待している」と振り返りつつ、若手研究者たちへのエールを送っていた。