日本企業は、先行者利益を得るため、AIの導入を急速に進めています。しかし、導入スピードを重視するあまりガバナンスが後回しになれば、攻撃者につけ込まれる隙が生じます。
『Tenable クラウド・AIセキュリティリスクレポート 2026』によると、マシンアイデンティティ、AIエージェント、サービスアカウントを含む非人間アイデンティティの52%が、重大なリスクにつながる過剰な権限を保有しており、人間のアイデンティティの37%を大きく上回っています。さらに、管理者レベルの権限を持つアイデンティティのほぼ半数(49%)が、90日間使用されていないにもかかわらず、依然として攻撃に悪用される可能性のある状態にあります。
基本的なセキュリティ対策を怠れば、こうしたリスクはさらに高まります。非人間アイデンティティが既存のガバナンスの対象から漏れるなか、攻撃者はAIシステムを活用し、組織の環境内に存在する過剰な権限を持つアカウントや脆弱なアクセス制御を発見し、悪用し始めています。最近では、国家の支援を受けた攻撃者がClaude Codeをサイバー攻撃の自動化に利用し、テクノロジー企業、金融機関、化学メーカー、政府機関など、世界各地の約30の標的に侵入しました。
この攻撃では、AIがシステムのスキャンや認証情報の収集に使われたほか、高い権限を持つアイデンティティを悪用したバックドアの作成や重要なデータへのアクセスにも利用されました。人間のオペレーターが介入したのはごくわずかで、大部分の作業をAIエージェントが自律的に実行しました。この事例は、適切なガードレールを整備しないままAIを導入することの危険性を改めて浮き彫りにしています。
「誰も守っていないAI」というセキュリティの死角
現在、多くのセキュリティツールは、人間のアイデンティティを監視することを前提に設計されています。従業員であれば、入社や退職に合わせてアカウントを管理し、アクセス権限を定期的に見直すといった運用が行われます。
しかし、サービスアカウントやAIエージェント、自動化されたロールなどのマシンアイデンティティには、こうした管理プロセスが十分に適用されていません。迅速な導入が進むなかで権限が増えていく一方、その権限が適切かどうかを監査する機会は限られています。AIエージェントが組織内で従業員のような役割を担うようになれば、これらのマシンアイデンティティもセキュリティの監視対象に含める必要があります。
AIエージェントを円滑に動作させるために必要以上の権限を与えることは、玄関マットの下に鍵を隠しておくようなものです。さらに、65%の組織では、重大または過度に広範な権限を持つアイデンティティにひも付いた、未使用または長期間更新されていない鍵が存在しています。完全な管理者権限を持つアカウントに、使われなくなった認証情報が残されているケースもあります。現在使われていない認証情報であっても、攻撃者に悪用される可能性がある以上、無害とは限りません。
従来のツールでは、こうしたリスクを十分に捉えきれない場合があります。マシンアイデンティティが正規の認証情報を使ってアクセスする場合、その挙動は一見すると通常の利用と区別しにくいためです。攻撃者に認証情報を悪用されても、システム上は正規のアクセスに見え、異常として検知することが難しいケースがあります。
攻撃者は、こうした盲点を悪用します。正規のアイデンティティになりすまして組織の環境内で活動することで、発覚するまでの間に被害を拡大させることができます。アイデンティティが現在も主要な攻撃経路の一つとなっている背景には、こうした事情があります。
包括的な常時監視が、これからのカギ
日本の多くの組織では、リスクとガバナンスが、AI導入における大きな課題となっています。一方で、企業は先行者利益を得るために、導入スピードも重要視しています。ただし、リスク管理と導入スピードのどちらか一方を選ぶ必要はありません。AIの導入と同時に、その利用状況やリスクを継続的に把握できる仕組みを整えることが重要です。
AIのセキュリティリスクは、AIツール単体だけでなく、周囲のインフラやアイデンティティとの相互作用によって生じます。例えば、AIワークロードに接続された休眠状態のサービスアカウントや、数カ月間誰も確認していない管理者権限を持つAIエージェント、既知の脆弱性を含むサードパーティ製パッケージが、気づかないうちにモデルにデータを供給しているケースなどがあります。
Tenableの最新レポートによると、86%の組織が「深刻」レベルの脆弱性を含むサードパーティ製コードパッケージを少なくとも1つ保有しており、13%は過去に侵害された履歴のあるパッケージを導入していることが判明しました。
危険なのは、こうした要素が組み合わさることです。過剰な権限を持つアイデンティティにひも付く忘れられた認証情報が、侵害されたパッケージを実行するワークロードと結びつくことで、攻撃者が侵入口からデータ窃取までたどりつく一連の攻撃経路が生まれます。
こうしたリスクに対処するには、人間だけでなく、AIエージェントやサービスアカウントなどの非人間アイデンティティについても、権限や相互作用、接続先を継続的に把握する必要があります。従業員がどのAIツールを利用しているかだけでなく、それらが何にアクセスでき、どこにリスクの連鎖が生じているのかまで可視化することが重要です。
こうした考え方は「エクスポージャー管理」とも呼ばれます。個々の脆弱性だけを見るのではなく、Web、コード、クラウド、アイデンティティ、AIなどを横断してリスクを捉え、実際の攻撃につながる可能性の高い問題を把握するアプローチです。
ガバナンスはブレーキではなく、ガバナンスの欠如こそがブレーキ
見直されていないマシンアイデンティティ、休眠状態の管理者アカウント、監査されていないサードパーティ製パッケージなどは、気づかれないうちに蓄積され、やがて顕在化するリスクです。
AI活用を拡大する企業に求められるのは、導入を止めることではありません。AIエージェントを含めたシステム全体の権限や接続関係、脆弱性を継続的に把握し、問題が攻撃経路へと発展する前に対処できる体制を整えることです。
AI導入のスピードが上がるほど、ガバナンスにも同じスピードが求められます。AIを止めるためではなく、安全に活用を広げていくためのガバナンスをどう構築するか。それが、AI時代の企業に問われている課題です。