この半導体ニュースのまとめ

・ロームがテラヘルツ波発振デバイスの社会実装に向けた共創の重要性を説明
・企業の研究開発は技術で勝つだけでなく、顧客が求める価値につなげる必要があると強調
・安価で試せるRTDデバイスを起点に、日本発のテラヘルツエコシステム構築を目指す

既報の通りロームは8月7日、「テラヘルツ波・共鳴トンネルダイオード シンポジウム」を開催し、8月4日に発表したばかりの第2世代テラヘルツ波発振デバイスに関する説明などを顧客やパートナーに向けて行った。同イベントでは、ロームの研究開発センター長である中原健氏が、イベントを開催するに至った背景と、顧客を含めたさまざまなパートナーとなぜ「共創」を進める必要があるのかについて、自身のこれまでのロームでのエンジニア、そして研究開発に携わった経験を振り返る形で、その重要性を語った。

  • ロームの研究開発センターセンター長である中原健氏

    「研究開発と共創で加速する産業創出~テラヘルツ波産業への期待~」というタイトルで講演を行ったロームの研究開発センターセンター長である中原健氏

企業の研究開発は「社会の役に立つこと」が出発点

中原氏の経歴を簡単に紹介すると、ロームに入社したのは1995年。入社当時はレーザーダイオード(LD)製造部に配属され、ウェハプロセス工程を担当。その後、1998年にZnOの研究のためにR&D部門に異動するも、DVD用の高出力LDの開発のために2003年に事業部門へと戻った。しかし、青色発光ダイオード(LED)/LDの盛り上がりもあり、その材料であるGaNに携わるため2004年には再びR&D部門へと異動し、あわせてZnOの研究開発にも従事。2010年からはGaNのパワー半導体としての活路が見えてきたことからパワーエレクトロニクスの研究にマネジメント職として関与し、2013年ごろよりパワーシステムの研究へとシフト。その後、2019年R&D部門統合による研究開発センターの立ち上げに併せてセンター長に就任し、以降、同センターを率いてきた。

中原氏は、自身の経歴の中で、最も今の思いに影響を与えているのはパワーエレクトロニクスを研究していた時代の経験だと振り返る。同氏がGaNパワートランジスタの研究担当となった2010年当時、ロームはSiCパワー半導体の量産販売をアナウンスし、同社内からも「未来は明るい」という声が挙がっていた一方、応用を考える顧客や研究者などからの評判は芳しくなかったという。同氏は、「評判が伸び悩んだ理由を今振り返れば、当時のデバイスは資金を投じてくれる人々のニーズにあっていなかった」と振り返る。そこから、どうすることが企業の研究開発として良かったのかを考察。「企業の研究開発は何のためにやるのか。実際に役に立つことが目標のはず。技術で勝って、ビジネスで負けるのは企業R&Dとして失敗ではないのか。企業が社会からお金をいただいている以上、社会の役に立つものを生み出すのが本来の企業R&Dだろう」という思いに至ったという。

  • 中原氏が半導体企業の研究開発部門として重視すること

    中原氏が半導体企業の研究開発部門として重視することは、高性能かつ先進的なデバイスを開発することはもちろんだが、それ以上に、その開発したデバイスは顧客が本当に必要としているものであるか。良く言われる話ではあるが、それが分かっていれば、常にヒットを生み出し続けることができるというわけで、言うは易し、行うは難しの難題であるとも言える (提供:ローム)

デバイス単体ではなくシステムで顧客価値を理解する

「チップ側の意識だけでは何が役立つのか明確化できない。顧客のやりたいこと、欲していることを理解する必要がある」という思いは、研究開発の方向性をパワーエレクトロニクスからパワーシステムへとシフトさせた。実際、当時のロームはSiCトランジスタの評価のためにモーターのテストベンチを構築。その取り組みを経て、回転数やトルクによる効率の変化や世界標準の走行モードでの電費算出などができるようになり、初めて顧客がなにを半導体デバイスに求めているのか考える意識が育った。

  • デバイス単体ではなくシステムとして何が求められているのかを理解する必要性

    中原氏が転換点と語ったデバイス単体ではなくシステムとして何が求められているのかを理解する必要性。複数のコンポーネントを組み合わせた時、突出した性能を1つのデバイスが持っていても、その真価を発揮できず、むしろ足かせになって最適なパフォーマンスが発揮できない場合があることも良く聞く話である (提供:ローム)

こうしたシステムとして理解する重要性が示された事例が、同社の研究チームがWorld Electric Vehicle Journalに発表したSiC MOSFETに関する論文だという。かつて同社が提供していたSiC MOSFETのうち第2世代と、その後に登場した第3世代を比較すると、データシートに記載されている標準的なデバイス単体の性能は第3世代が上回っていた。しかし、双方を用いて電気自動車(EV)のトラクションインバータを構築し、性能評価を行ったところ、IPMSM(Interior Permanent Magnet Synchronous Motor:埋込磁石型同期電動機)、インダクションモーター(IM)ともにインバータの損失は第3世代の方が大きいという結果が示されたという。いずれの世代もEVのトラクションインバータを志向した製品ではなかったが、デバイス単体での性能向上が決してそのままインバータの性能向上に直結するものではないということを示す教訓だという。

ブルーオーシャンでも市場は勝手には育たない

翻ってテラヘルツ波の領域はどうか。まだ商用利用はほとんど進んでいないため、市場として考えればブルーオーシャンである。しかし、他社に先駆けてそこに利用可能なデバイスを投入すれば、先行者利益で高い収益性を生み出せるかというと、事はそう簡単ではないという。

「テラヘルツはブルーオーシャンだと思っていたが、自然に魅力的な市場へ育つわけではない」と語る中原氏。実際にテラヘルツ波は、市場としての成長は期待されているものの、現状は市場そのものがほぼない状態だ。市場がなければデバイスを買って、最終製品を投入しようと思う野心的なプレイヤーも出現しづらいのが実情であり、放っておいても売り上げが勝手にあがってくるわけではない。

「テラヘルツと言えばローム」を目指す情報発信

「そこで、デバイスの出力向上や高周波化を図る以前に、何が市場として期待されているのかを考えてみた」と中原氏は振り返る。一般的には、2019年頃の5Gの立ち上がりを受けて、次世代の無線通信がテラヘルツの主力市場になると言われていた。しかし、そこにロームが参入できるのかというと、通信分野に携わったこともなければリン化インジウム(InP)も高周波回路も手掛けたことがないという状態で、「本当に入り込めるのか?」という疑問から、現状を理解するためにテラヘルツ波を取り巻く環境の調査を実施。その結果、市場の成長性はともかく、その時点では、用途の半分弱が研究開発用途であり、その応用先もセンシング・イメージングが7割程度であることが判明したとする。

  • 通信はテラヘルツ波のキラーアプリケーションになるのか

    5Gでミリ波対応がなされたので、6Gではさらなる高速、低遅延、大容量の通信に向けてより帯域幅を取りやすいテラヘルツ波への対応が期待されるのは理解できるが、そこに現在のロームが市場として参入して競争優位性を確保できるかというとまた別の話となってくる。そもそも5Gのミリ波対応にしても実際に対応しているスマートフォンがどれだけあるかと言われるとメジャーメーカーのハイエンドモデルなど一部に限られた状況が続いており、本当に通信分野がテラヘルツ波のキラーアプリケーションになるのかと言われると、現状では通信距離の問題なども考えるとまだ懐疑的に見ておく必要があるだろう (提供:ローム。総務省発表資料を元にローム作成)

これは、まだ市場が形成される前の段階であり、テラヘルツ波という市場が大きく育つのかどうかも不明という状況を意味する。この結果を踏まえ、少なくとも直近の市場成長をけん引するのが通信分野とは言い難いと判断。ロームとしてはやることを2つに絞った。1つめは「テラヘルツと言えばロームと言われる状況を目指す」ことだ。中原氏は、「発信する者だけが受信できる」と元上司に言われた言葉を強調する。有名になること、つまり情報を発信し、それに取り組んでいることを広く世間に伝えることで、テラヘルツとロームを紐づけてもらえるレベルまで認知度を高めると決めたという。

  • aロームによるテラヘルツ波の市場状況調査

    ロームによるテラヘルツ波の市場状況調査。ユーザーの半数近くが研究開発で、利用用途もセンシング・イメージングが過半を超す状況であることが判明。市場の醸成はまだまだこれからだ (提供:ローム)

まずは顧客に使ってもらう、共創で本当のニーズを探る

そしてもう1つが、「開発品を早々にユーザーに渡して使ってもらう」ということ。ユーザーに役に立つものにするためには、ユーザーが本当に解決したいニーズを理解する必要がある。「本当のところどうなのよ? という話に行くためには、実際に使ってもらって、実感してもらって、本音を言ってもらう必要がある。共同開発という形で無料のProof of Concept(PoC)で試している時には良いと言ってくれるが、ではお金を払って、実際にビジネスで使ってくれますか?、というと話が変わってくる。お金を出すとなると、相手も本気になって、あれが足りない、これが欲しいといった話をしてくれるようになる。使っていただくにしても、我々の目には顕在化していない市場ニーズがあるだろうし、使う側も最終製品の仕様がしっかりと見えているわけではない。お互いに探りながら、より良いものを作っていくためには、『共創』が必要になってくる」と、市場を形成するためにも、実際にその市場で課題を解決したい企業が必要とする能力を備えたデバイスへと発展させる必要があり、そのためにはそうした潜在需要を持つユーザーたちと力を合わせていくことが重要だとする。

  • 評価キットの全景
  • 発振デバイス/検出デバイス部のアップ
  • 評価キットの全景と発振デバイス/検出デバイス部のアップ

「無線通信市場は規模が大きくなることが期待されているが、今、目の前にある市場を順に立ち上げ、まずは『センシングやイメージングと言えばロームに聞いてみるか』と言ってもらえることが目標。そうなれば、やがて無線通信でもロームのデバイスを使って試してみるか、という形になれる可能性がある」と中原氏。見えない市場を育てるためには、パートナーたちとともに種をまき、手入れをして、それを育てていくことを繰り返すことが重要で、少しずつでもその実現に向けて歩みを進める必要があることを強調する。また、「そのために、誰でも使えるデバイスが重要になる。これまで手軽に試すことが難しかったテラヘルツという領域を、誰もが試せるようにすることを優先し、まずはサンプル品として形にしてユーザーに提供することを重視した」と、共創のためには入手しやすいデバイスを提供することが重要だとして、性能を向上させるよりも前に市場展開することを優先したと説明。その結果として、「できることが見えてきた」と共創の成果が出てきている手ごたえを語るほか、「使ってもらって中途半端だという話になれば、足りない部分も見えてくるので、(こうした取り組みを)続けていく必要があると感じている」と、今後も共創を通じて、市場や顧客が必要とする性能を持つデバイスを提供していくことを目標に掲げる。ただし、「テラヘルツ領域がどうなるかはまだまだ分からないので、多くの人の協力が重要になってくる。マーケットドリブンとかよく言われるが、そんな簡単な話ではない。ローム以外のパートナー、顧客ももうからないといけない。そのお金が回っていく仕組みが重要で、それだけのエコシステムを作っていかないといけない」と、自社だけでなく、テラヘルツ産業というエコシステムが構築され、全体として成長していく必要性があり、そのためにも共創が重要になってくるとも語る。

  •  テラヘルツ波の市場形成の考え方

    市場を育てていくために、まずは誰でも使えるデバイスを提供して、広くさまざまなユーザーが自由な発想のもと、テラヘルツ波に慣れてもらって、活用していくことが重要になるという発想。慣れていないものはどうしても失敗しやすいが、その失敗を許容できるレベルにコストが下がれば、試行回数を増やすことができ、習熟度があがっていき、新たな活用法につながることが期待できるようになる (提供:ローム)

「テラヘルツなら日本へ行け」、日本発の新産業育成へ

共創を通じて、「テラヘルツなら日本に行け」という流れを生み出したいと語る中原氏。そうした流れの中核にロームが居て、そこに多くのプレイヤーがぶら下がるのではなく、柱は立てるが、同社以外にも柱が存在するエコシステムとしての成長を目指す。そのためにも、「我々のデバイスを使ってもらって、本音を言ってもらいたい」と、誰でも試せる小型・低コストのRTDデバイスを起点に、テラヘルツ波ならではの用途を見つけ、企業や研究機関、大学を巻き込みながら、日本発の新たな産業基盤を築いていきたい考えを見せている。

  • 共創が必要になるという考え方

    ロームの考えるテラヘルツ波のエコシステムイメージ。デバイスは中心ではなく、あくまで循環するエコシステムのループの一部。それぞれのレイヤのプレイヤーが利益を上げられる仕組みを構築することが重要になるというのがロームのスタンスであり、そのために共創が必要になるという考え方である (提供:ローム)