この半導体ニュースのまとめ
・中国商務部と海関総署が、ヘリウムを対象に臨時輸出禁止管理を実施
・対象は税関商品番号2804290010のヘリウムで、公告公布日である2026年7月10日から実施
・半導体製造やEUVプロセスで重要な希少ガスの供給網に、新たな調達リスクが加わる可能性
中国がヘリウムの臨時輸出禁止管理を発表
中国商務部と海関総署は7月10日、ヘリウムに対して臨時輸出禁止管理を実施すると発表した。公告番号は「商務部 海関総署公告2026年第29号」で、対象品目は税関商品番号2804290010のヘリウム。根拠法規として「中華人民共和国対外貿易法」を挙げており、公告は公布日から実施される。今後の調整については別途公告するとしている。
発表文そのものは短く、対象品目と実施時期を示す内容にとどまっているが、ヘリウムは半導体、医療、低温工学、リーク検査など幅広い産業で使われる重要ガスである。特に半導体製造では、一般的な窒素や酸素、アルゴンとは異なり、特定工程で代替が難しい用途を持つため、輸出管理の対象となったことは、材料・ガス調達の観点で無視しにくい。
半導体製造で代替が難しいヘリウム
ヘリウムは天然ガスの採掘時に副産物として得られる希少資源であり、空気中から大量に分離できる窒素や酸素とは供給構造が異なる。半導体製造では、エッチング工程などでウェハ裏面を冷却する用途、装置や配管のリーク検査、EUV露光装置を含む高度な製造装置の冷却・温度制御などで利用されている。
特にEUVプロセスでは、波長13.5nmのEUV光を発生させるために高温プラズマを扱う必要があり、露光装置の光源や周辺機構では冷却と安定運用が重要となる。AI向け先端ロジックや先端メモリの需要が拡大する中、EUV露光工程を抱えるメーカーにとって、ヘリウムを含む特殊ガスの安定調達は、生産継続性に直結する要素となっている。
ヘリウムは分子が小さく取り扱いが難しいこともあり、長期保管や大量備蓄にも制約がある。専用容器を用いても保管中のロスが生じやすく、必要量を長期間にわたって在庫だけで賄うことは容易ではない。そのため、供給源の多角化やリサイクル技術の導入が各国・各社で進められてきた。
中東情勢で顕在化していた供給不安
ヘリウムを巡っては、すでに中東情勢の緊迫化に伴う供給不安が半導体業界で意識されていた。カタールは世界の主要なヘリウム供給国の1つであり、ホルムズ海峡周辺の物流混乱やLNG関連インフラへの影響は、ヘリウム供給網にも波及し得る。
日本ではヘリウムを主に米国や中東から輸入しており、供給途絶リスクに備えた代替調達や在庫確保が課題とされてきた。韓国ではヘリウム輸入の多くをカタールに依存していることから、Samsung ElectronicsやSK hynixが在庫確保や代替調達先の調査を進めていると報じられていた。台湾ではTSMCやUMCが調達先の多角化、在庫確保、リサイクル率向上に取り組んでいるとされる。
こうした中で、中国は国内でのヘリウム増産や高純度ヘリウムの生産、ヘリウム回収技術の開発を進めてきた。山西省などで天然ガスや炭層メタン由来のヘリウム抽出プロジェクトが進むほか、中国企業による高純度ヘリウム量産や回収技術の開発も伝えられている。ただし、中国国内の生産能力は需要全体に比べるとまだ限定的とみられ、今回の輸出禁止管理は、国内需要の確保を優先する動きと受け止められる可能性がある。
半導体材料サプライチェーンの不確実性が拡大
今回の中国によるヘリウムの臨時輸出禁止管理は、単体で世界の半導体生産をただちに止める性質のものではない可能性がある。主要半導体メーカーは、ヘリウムについて複数の供給源や在庫、リサイクルシステムを組み合わせて一定のリスク管理を進めているためだ。
しかし、重要なのは、ヘリウム供給網に対する不確実性がさらに積み増された点である。中東情勢、輸送ルート、LNG供給、特殊ガスの価格上昇、各国の輸出管理が重なることで、半導体材料サプライチェーンはより複雑になっている。
半導体製造では、フォトレジスト、溶剤、洗浄薬液、成膜材料、特殊ガスなど、個別には小さな材料でも、品質や供給が途絶えればプロセス全体に影響するものが多い。特に先端プロセスでは材料仕様が顧客・工程ごとに最適化されているため、別材料への切り替えには評価、認定、製品変更通知などで長い時間がかかる。
EUV導入を控える日本にも無関係ではない
日本では、現時点でEUVを用いた大規模な先端ロジック量産は限られているが、今後はTSMCの熊本第2工場、Micron Technologyの広島拠点、Rapidusの北海道拠点などで、より先端的なプロセスやEUV関連技術の導入が進むとみられている。そうした中で、ヘリウムや水素、各種特殊ガス、フォトレジスト原料などの安定調達は、日本国内の半導体製造基盤を拡大するうえでも重要な課題となる。
また、ヘリウムは半導体だけでなく、MRIなどの医療機器、研究用低温装置、宇宙・航空、防衛関連、リーク検査などにも使われる。供給がひっ迫すれば、半導体産業以外の重要分野とも調達競争が生じる可能性がある。
日本企業としては、米国やカナダなど中東以外の調達先確保に加え、回収・再利用技術、使用量削減、在庫管理、長期契約、サプライヤー分散などを組み合わせた備えが求められる。すでに半導体メーカーや材料・ガスメーカーは調達先の多角化に取り組んできたが、今回の中国の措置は、重要資源の調達が地政学リスクや政策判断の影響を受けやすいことを改めて示した格好だ。
重要ガスの囲い込みが半導体競争の一部に
AI需要の拡大により、先端半導体の生産能力は各国の産業競争力や経済安全保障と直結するようになっている。その中で、半導体製造装置や前工程技術だけでなく、ヘリウムのような特殊ガスや薬液も、供給網の重要な構成要素として位置付けられつつある。
中国による今回の措置は、ヘリウムを戦略物資として管理する姿勢を示すものとも解釈できる。今後、調整が行われる可能性はあるものの、少なくとも短期的には、中国からのヘリウム調達に依存する企業にとって、代替調達や在庫運用の見直しが必要になる。
半導体産業では、先端プロセスの微細化やAI向け需要の拡大が注目されがちだが、その裏側では、材料・ガス・物流・電力といった基盤要素の安定性が生産継続性を左右している。今回のヘリウム臨時輸出禁止管理は、半導体サプライチェーンが、装置やチップだけでなく、希少ガスを含む資源調達まで含めた総合的な競争へ移行していることを示す動きといえそうだ。