大阪大学(阪大)は7月6日、ドラマ視聴を通じて獲得した登場人物同士の人間関係が、友好関係ではなく、敵対関係を軸に脳活動パターンに反映されることを明らかにしたと発表した。

  • 敵対関係を表象している脳領域

    敵対関係を表象している脳領域。(出所:阪大Webサイト)

同成果は、阪大大学院 情報科学研究科の近澤勇聡大学院生、同・中野珠実教授(マルチメディア工学)、脳情報通信融合研究センターの石橋遼研究員(情報通信研究機構 未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター 脳情報通信融合研究室 研究員兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英総合学術誌「Nature」系の心理学を扱うオープンアクセスジャーナル「Communication Psychology」に掲載された。

複雑な社会関係を脳はどう理解しているのか?

占い師の常套句である「人間関係でお悩みですね?」という言葉があるように、人間関係で悩みがないというヒトはほんの一握りしかいないだろう。集団内において人間関係で揉めごとを起こさずに過ごすためには、そこに属する人々の性格や趣味嗜好の把握にとどまらず、「誰と誰がどのような関係にあるのか」を理解する必要がある。それを把握せずに不適切な発言をしてしまった場合、その集団内の人間関係に緊張や軋轢が生じてしまうケースもあり、その結果として、発言した当の本人は「空気の読めない人間」といったレッテルを貼られるなど、望ましくない立場に置かれることもある。

そうした事態を避けるべく、幼稚園や保育園に通う子どもから社会人はもちろん、高齢者に至るまで、程度の差こそあれ、学校、職場、何かの会合、趣味の集まり、SNSなどのあらゆる場面で、自分に関わる人間関係を読み取っている。さらには、物語の登場人物同士の人間関係という自分には直接関係のないものまで、実に数多くの複雑な人間関係の構造を読み取るべく努力しているのである。

これまでの社会的ネットワークに関する脳科学研究では、友人の数やネットワーク上での中心性、誰と誰がつながっているかといった「つながりの構造」に注目した研究が数多く行われてきた。一方で、実際の人間関係は単なるつながりの有無ではなく、友好、信頼、協力、競争、対立、敵対といった感情的な意味を伴う。

特に敵対関係は、集団内の力関係や行動の予測に大きく影響する。例えば、物語の人物相関図では「誰が味方か」だけでなく「誰が敵か」が、展開を理解する重要な手がかりになる。しかし、このような敵対や友好という関係の質が、脳内でどのように表象されるのかは十分に解明されていなかった。そこで研究チームは今回、友情、ライバル関係、恋愛、利害対立が入り組んだテレビドラマを用いて、ヒトが自然な物語体験を通じて形成する人間関係の脳内表象を調べたという。

今回の研究では、参加者はドラマを視聴する前と視聴した後の2回、fMRI装置内で主要登場人物8名の顔画像を見た。そしてドラマ視聴後、参加者にはすべての登場人物ペアについて、関係の強さと、友好的か敵対的かの評価を実施した。その評価に基づいて、登場人物同士の関係性を数値化した「人物相関図」のモデルを作成。さらに、視聴前後のfMRIによる脳活動パターンを比較し、どの脳領域の活動パターンがこの人物相関図と対応するのかが、「表象類似性解析」により分析された。

表象類似性解析とは、異なる刺激に対する脳活動パターンが、どの程度似ているのか、または異なるのかを数値化し、心理的・行動的なモデルと比較する解析方法だ。今回の研究では、登場人物同士の関係に関する心理評価と脳活動パターンの対応を調べるために用いられた。

その結果、ドラマ視聴後には、敵対的な関係性が「左前部縁上回」を含む「下頭頂葉」周辺、および「内側前頭前野」の脳活動パターンに反映されることが確認された。一方、友好的な関係性については、同じ基準で有意な領域は確認されなかったとした。また、登場人物の顔に対する活動は視聴後に「楔前部」で増加し、各登場人物に関する物語上のエピソード記憶の想起が強まった可能性が示されたという。

これらの結果は、ヒトが物語を理解する際に、登場人物同士の関係を多次元的な「社会的地図」として構築しており、その中でも敵対関係が重要な手がかりとして働く可能性を示すものとした。

今回の成果は、ヒトが複雑な社会関係をどのように理解し、脳内に整理しているのかを解明するための基礎的知見になるという。特に、従来の研究で重視されてきた「友人関係」や「つながりの数」だけでなく、敵対関係が社会的理解の重要な軸であることが示された点に意義があるとした。

また、物語理解、対人認知、集団内の関係性理解の研究にも貢献するという。加えて、エンタテインメント作品において、人がどのように登場人物の関係性に引き込まれるのかを理解する手がかりにもなるとしている。