スターシップV3の初飛行

  • 離昇したスターシップV3 (C)SpaceX

    離昇したスターシップV3 (C)SpaceX

スターシップにとって通算12回目、スターシップV3としては初めてとなる今回の飛行試験では、ブースターを発射塔でキャッチ回収せず、メキシコ湾に着水させる計画だった。また、スターシップ宇宙船も地球周回軌道には入らず、サブオービタル軌道を飛行する計画だった。一方で、宇宙空間での衛星放出実証、エンジンの再着火、大気圏再突入、そしてインド洋への着水が予定されていた。

米中部夏時間5月22日17時30分(日本時間23日7時30分)、スターシップV3は、スターベースのOLP-2から離昇した。

ブースターに搭載された33基の「ラプター3」エンジンはすべて正常に始動し、ロケットはゆっくりと上昇を始めた。しかし、打ち上げから1分42秒後、外周部にあるエンジンの1基が停止した。スターシップは、数基のエンジンが停止しても、残りのエンジンを長く燃焼させることで飛行を続けられるよう設計されている。このため、スターシップV3はそのまま上昇を続けた。

打ち上げから約2分30秒後、ブースターとスターシップ宇宙船が分離した。ブースターは分離後、帰還コースに乗るためのブーストバック燃焼を行う予定だった。しかし、再着火するはずだったエンジンの一部が始動せず、燃焼は部分的なものにとどまり、予定より早く終了した。また、中央部のラプター3エンジンの少なくとも1基では、爆発したかのような閃光が確認された。

ブースターはその後も、残ったエンジンで飛行を続け、メキシコ湾に向けて降下した。着水直前には着陸燃焼のためにエンジンの再着火を試みたが、何らかの問題により十分な減速には至らず、最終的に高速で海面に激突した。

一方、スターシップ宇宙船は、6基のラプター3エンジンのうち、真空用エンジン1基が早期に停止した。宇宙船側も、エンジンの一部が停止した場合には、残りのエンジンを通常より長く燃焼させて飛行を継続できる設計になっている。実際にスターシップ宇宙船は、予定より約1分長くエンジンを燃焼させ、計画していたサブオービタル軌道に到達した。

宇宙空間を飛行中、宇宙船は20機のスターリンク模擬衛星を放出する実証を行った。さらに、2機の改修型スターリンク衛星も展開し、宇宙空間から飛行中の機体を観測した。一方、上段エンジンの一部が停止した影響で、予定されていたエンジンの再着火試験は中止された。

やがて宇宙船は大気圏に再突入した。機体は健全性を保ったまま再突入を耐え抜き、耐熱シールドの性能や構造強度に関するデータを収集した。飛行の終盤には、後部フラップの構造的な限界を意図的に探る機動や、将来のスターベースへの帰還、回収を想定して機体を大きく傾けるバンク機動も行った。

  • 大気圏に再突入したスターシップV3の宇宙船 (C)SpaceX

    大気圏に再突入したスターシップV3の宇宙船 (C)SpaceX

その後、宇宙船は4枚のフラップで姿勢を制御しながら、インド洋上にあらかじめ設定された着水海域へ向かった。着水直前には機体を垂直姿勢に戻す反転機動を行い、2基のラプター3による着陸燃焼で減速したうえで、海上に軟着水し、ミッションを完了した。

  • 着水するスターシップ宇宙船 (C)SpaceX

    着水するスターシップ宇宙船 (C)SpaceX

初飛行の成果と課題、次回はどこまで改善できるか

新たなブースターやエンジン、地上設備など、数多くの改良を盛り込んだスターシップV3の初飛行は、成果と課題がはっきり分かれた結果となった。

複数のラプター3エンジンが飛行中に停止し、ブースターの着水は予定どおりには進まなかった。スターシップ宇宙船側でもエンジンが停止し、予定されていたエンジンの再着火試験は中止された。

一方で、新しい要素が多かったにもかかわらず、初期のスターシップ飛行試験で見られたような、機体全体を失うような重大な事態には至らなかった。ブースターと宇宙船の分離、宇宙空間での衛星放出実証、大気圏再突入、そしてインド洋への着水まで進んだことは、V3の設計を次の段階へ進めるうえで重要な成果といえる。

今後の焦点は、次のスターシップV3の飛行試験をいつ実施できるか、そしてラプター3をめぐる問題をどこまで改善できるかにある。しかも、その改善には速度も求められる。

スターシップの初飛行から約3年で、実用化を見据えたV3の飛行試験に至った開発速度は、きわめて速い。しかし、スペースXには、今後その速さにさらに輪を掛けて、技術実証と改良を進めなければならない事情がある。

スターシップは、NASAが進める有人月探査プロジェクト「アルテミス計画」で、月着陸船に使用されることが決まっている。スペースXは、スターシップを基にした月着陸船型の「スターシップHLS」を開発しており、2027年の「アルテミスIII」では、地球低軌道で「オライオン」宇宙船とスターシップHLSとのランデヴー・ドッキング試験を行う予定だ。

アルテミスIIIでは、スターシップHLSに求められるすべての能力が必要になるわけではない。月面への降下や、月面からの離陸といった本格的な月着陸船としての能力は、その後のミッションで問われることになる。しかし、安定して宇宙まで飛行する能力、エンジンを再着火して軌道を変更する能力、オライオンと安全に接近・ドッキングする能力など、現時点でまだ十分に実証されていない要素は、アルテミスIIIの時点ですでに必要となる。2027年の実施予定まで残された時間は約1年であり、決して余裕があるとはいえない。

その次に控える「アルテミスIV」では、さらに高い完成度が求められる。現在の計画では、有人月着陸は2028年初頭を目標としており、スターシップHLSは、宇宙飛行士を月面へ降ろし、滞在後に再び月面から飛び立たせる役割を担う。アルテミスIIIで求められるランデヴー・ドッキングや軌道変更に加え、月面への降下、着陸、月面からの上昇という、本格的な月着陸船としての能力を実証しなければならない。したがって、スペースXに残された時間は決して長くない。

急がなければならない理由は、アルテミス計画だけではない。スペースXは現在、約1万機の通信衛星コンステレーション「スターリンク」を運用しているが、通信能力を大幅に向上させる次世代衛星「スターリンクV2」や「スターリンクV3」の開発も進めている。これらは従来の衛星より大型で、スターシップによる打ち上げを前提としている。現在は、機能を一部抑えた「スターリンクV2ミニ」衛星を「ファルコン9」で打ち上げているが、事業をさらに拡大し、収益力を高めるには、スターシップによる本来のスターリンクV2、V3の打ち上げが重要になる。

アルテミス計画とスターリンクの双方でスターシップを必要とする以上、スペースXに残された時間は長くない。スターシップが文字どおり軌道に乗り、そして事業としても軌道に乗ることができるのか。次回以降の飛行試験では、スペースXの持ち味である開発の速さが、信頼性という次の壁を越える力になるかが問われることになる。

  • 宇宙空間を飛行するスターシップ宇宙船 (C)SpaceX

    宇宙空間を飛行するスターシップ宇宙船 (C)SpaceX

参考文献