
アナウンサーのセカンドキャリアを広げたい─。そんな思いを抱いてアナウンサーから起業し、はや10年。次から次へとやることが出てきては、汗水を流す日々。あっという間に10年という歳月が経ちました。
幼少期の私自身は決して話すことが好きではありませんでした。しかし、それでは何も始まりません。意を決して高校時代に入部したのが放送部。これがきっかけとなり、徐々に話すことが好きになりました。それは声で相手を元気にしたり、相手の気持ちが分かることにもなると実感できたからです。
発声方法や話し方のトレーニングを積み重ね、高校野球のウグイス嬢を務めることもできました。気持ちを込めて声を届けると、喜んでくれる人たちがいることを肌で感じられました。「自分の声でこんなに人を喜ばせることができる」。自分に可能性を感じる瞬間でした。
20代になると、生まれの岐阜から名古屋に出て、2008年から日本テレビ系列青森放送のアナウンサーとして入社。入社1年間からレギュラー番組を持たせてもらい、報道番組のお天気キャスターやニュースキャスター、さらには7時間生放送のラジオパーソナリティなど放送の最前線の現場で目が回るような毎日を送りました。
そんな私が起業を意識することになったのは、28歳でフリーアナウンサーとなったときに交わした中小企業庁の方との会話からでした。「中小企業は素晴らしい技術を持っているけれども、それを社会に発信する力がない。どこも困っている」と。
私がフリーになったのも、誰の役にも立っていないのではないかという漠然とした不安が1つにあったからです。アナウンサーは感動や喜びを率直に伝えることに長けています。しかも、フリーのアナウンサーは結婚・出産で退社するケースが多く、キャリアアップしたくてもセカンドキャリアがないという業界特有の課題もありました。
そうであるならば、アナウンサーの強みを存分に発揮できる企業の広報を支援する仕事ができるのではないか。もちろん、最初からクライアントがいるわけではありません。声で自分のコンプレックスを解消できた経験から「話し方教室」を開きました。最初は個人向けサービスでしたが、営業担当者や役職者などを対象とした法人向けサービスに切り替えていきました。
人前で話すことが決して得意でなかった社長さんもトレーニングをすると、スピーチ力がグングンと伸びていきました。すると、その社長さんの表情もどんどん明るくなり、自分の思いをしっかりと伝えられるようになっていったのです。
そこから企業の広報支援の仕事も徐々にいただけるようになりました。今では約80人のアナウンサーが全国各地に在籍し、広報活動に悩みを抱える企業の魅力を引き出したり、プレスリリースの作成のお手伝いをしたり、企業のブランディングの向上に寄与しています。
何よりも働いている社員が常に新しい刺激を受け、目を輝かせながら楽しそうに仕事をしている姿を見ると、自分自身の決断は間違っていなかったと感じます。私は経営トップの話し方で会社は変わると信じています。
日常会話でも会議中の会話でも経営トップが否定的な言葉ではなく、前向きな言葉を使うだけで会社の雰囲気は良くなり、社員のやる気も出てくるのです。ワクワクする言葉を語る─。それだけで会社は変わる。そんな会社を1つでも多く生み出すお手伝いをこれからもしていきます。