欧米を中心にアニマルウェルフェア(動物福祉)の観点から、ニワトリの飼育方法を従来のケージ飼いから放し飼い(ケージフリー)へと移行する動きが広がっている。
ケージフリーはニワトリの健康や行動欲求を満たす一方、生産コストや小売価格が高くなる課題が存在する。そのため、ケージフリー卵が消費者に受容されるには、価格に見合う味や栄養価といった付加価値の科学的検証が求められていたものの、これまでは分かっていなかった。
東京農工大学は、ヒトの舌を使った「官能評価」と卵成分の「マルチオミクス解析」を統合したアプローチによる検証を実施。その結果、ケージ卵では脂質代謝物の増加によってクリーミーさが増強されるとともに、苦味・オフフレーバーに関わる成分が多くなる一方で、ケージフリー卵では旨味や甘味に関連するアミノ酸が増加し、茶碗蒸しなどの加工処理でそれらの特徴が際立って現れること、つまりニワトリの飼い方によって卵の味が変化することを発見したと、8月31日に発表している。
同成果は、農工大大学院 生物生産科学部門の志村ののこ大学院生、同・新村毅教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌『Nature』系の食品科学や食品技術分野を扱うオープンアクセスジャーナル「npj Science of Food」に掲載された。
ニワトリの飼育環境は、卵の味や栄養価にどう影響するのか
ケージフリーでは、広いスペースや止まり木・巣箱などの資源を設置することでニワトリの行動欲求を満たし、健康状態を改善することが可能だ。しかし、ケージフリーで飼育された鶏から得られた卵は、生産コストの上昇に伴う小売価格の高騰が課題であり、普及には価格に見合う味や栄養価などの付加価値に関する科学的検証が必要とされていた。
従来の卵の成分を向上させるアプローチとしては、飼料に特定の栄養素を添加する手法が主であり、飼育環境による卵成分の違いを報告した研究でも、野外で摂取した草や虫などの条件が混同されていた。そのため、純粋な物理的環境の違いが卵の味にどう関わるのかは不明だった。また、ヒトの五感と生物学的な分子メカニズムを包括的に関連付けた研究も行われていなかった。
そこで研究チームは今回、環境が制御された同一の室内にケージとケージフリーの設備を設置し、同一の飼料を給餌することで、飼育システムがニワトリおよび卵に与える影響を5年間にわたって検証することにしたという。
今回の研究成果
今回の研究では、ヒトの舌を使った味の官能評価と、代謝産物や遺伝子発現を網羅的に解析するマルチオミクス解析を統合したアプローチが用いられ、飼育環境の違いが卵の味に影響を与える一連の生物学的プロセスが解析された。
なお、官能評価とは人間の五感を用いて食品や物質の特性を測定・評価する手法を指し、今回は100名以上の消費者パネルにより、嗜好性評価を主として、プリンや茶碗蒸しといった調理された卵料理の味や食感の特徴が分析された。またマルチオミクス解析とは、生体内のさまざまな分子情報を網羅的に測定して統合する解析手法のことだ。今回の研究では、卵黄・卵白・血漿に含まれる代謝産物を網羅的に測定するメタボローム解析と、ニワトリの肝臓で働く約2万個の遺伝子の発現量を次世代シークエンサーを用いて網羅的に発現量を解析するトランスクリプトーム解析が実施された。
解析の結果、ケージ飼育では、活動量の制限によって脂質関連の代謝が亢進し、血中・卵黄中の長鎖脂肪酸が増加することが判明。これによりクリーミーさが付与され、プリンなどの加熱処理によってその特徴がより際立つということが示された。同時に、ケージ飼いのニワトリの肝臓で胆汁酸代謝の変化が生じ、ケージ卵に苦味・オフフレーバーの元となる二次胆汁酸などが増加し、嗜好性を抑制していることも明らかにされた。
一方、ケージフリーでは活動量の増加によってアミノ酸代謝が亢進し、卵白中に旨味や甘味を構成するアミノ酸が増加することが確認された。茶碗蒸しなどの調理によってこれらの特徴が強調され、ケージフリー卵に旨味となめらかさが付与されるということが明らかにされた。
今回の研究により、飼育環境という物理的因子がニワトリの活動量や行動パターンを変化させ、卵黄を合成する肝臓や卵白を合成する卵管の代謝に大きな影響を与えることが分子レベルで解明された。
さらに、摂取飼料とは無関係に体内の代謝変化が血液を介して卵へと移行し、それぞれの飼育方式に特有の味が生じることも明らかにされた。これらの成分特性は調理加工によって強まるため、ケージ卵とケージフリー卵それぞれに適した調理法が存在することが示唆された。
また今回の研究では、アニマルウェルフェアの確保が人間の食の多様性向上につながることも示され、動物と人間の福祉を一体的に捉える「One Welfare」の概念を科学的に具現化した初の研究とした。研究チームでは現在、今回の研究をさらに拡張させ、飼育環境による卵内栄養素の変化の探索に加え、動物と人間の間における情動の相互作用に関する神経科学的研究も進むとしている。
