【フレイル予防座談会】元厚生労働事務次官・辻哲夫 × イオン責任者・久木邦彦 × キューピー執行役員・加納優子 ×マルタマフーズ社長・服部太郎

2024年度の社会保障給付費は138兆円─。GDP(国内総生産)の約22%を占める中、高齢者のフレイル(健康と要介護の間の虚弱な状態)を予防するため、民間企業が自らの手でやろうと動き出した。イオン、キユーピー、マルタマフーズなどを含む10社の発起により、「日本フレイル予防サービス振興会」が活動を開始。民間が自助・互助でフレイル予防に取り組む動き。国民が自らの生き方を見直すためには何が必要か。そして、国の役割とは何か。

 自治体と産業界が中心となった「フレイル予防推進会議」

 ─ 人口減、超高齢化の中で、高齢者が加齢に伴って陥りやすいフレイルの予防を広げるため、昨年7月に自治体と産業界が中心となった「フレイル予防推進会議」が設置されました。同会議の事務局長を務める辻さんの総括から聞かせてください。

 辻 同会議の設置の目的はフレイル予防のポピュレーションアプローチ啓発と推進です。ポピュレーションアプローチとは、特定の集団全体に対して健康増進や疾病予防の働きかけを行い、集団全体の健康リスクを低減させるという公衆衛生政策の手法を指します。

 フレイルは加齢に伴う状態であり、一義的には病気ではないのですが、この手法はフレイル予防にも当てはまり、その際、非常に重要なのが産業界との関係です。

 その大きな背景には、日本の高齢化が世界第一の水準で進んでおり、世界に先駆けて85歳以上人口が急増するということにあります。85歳以上の高齢者のうち要介護認定数は6割弱ですので、弱っている人が増え、介護保険制度、更には医療制度の運営に混乱が生ずることが懸念されます。

 ─ 人口構造がガラリと変わる世の中になるのですね。

 辻 ええ。人生100年時代において多くの高齢者は最終的には老いて要介護になりますが、一方、人口減少は進み、多くの高齢者が支える集団の側に回らないと社会が成り立たない。

 この場合、要介護へと弱る手前のフレイルの状態以前であれば元に戻りやすく、その対応は早ければ早い方が良いということが学術的に分かってきたのです。ですから、要介護の手前のフレイルよりもその手前の「プレフレイル」、または、その前の「健常」の状態からの取り組みが大切です。

 ─ 具体的に、どんな行動を起こすことが良いのですか。

 辻 「栄養」「身体活動」「社会参加」の3つの柱が求められます。これらの行動を国民一人ひとりが心掛けることが大切です。フレイルについては、専門職の人に何かをしてもらうといった話の前に、私たち自身がどう変わっていくかということが、いま問われています。

 ─ そこに企業も絡むと。

 辻 はい。これらの国民の行動変容は行政が一方的に指導する形で広げるものではありません。住民自身が自ら気づき、励まし合うことで持続します。それを行政が側面支援するという新しい在り方が求められています。

 その際に大変大事な担い手が企業です。日常生活で企業と関わらない日々はなく、買い物をするにしてもイベントに参加するにしても、企業との接点が必ず生まれます。そこで、行政と産業界が連携してフレイル予防推進会議が設置されたのです。

 ─ 旗振り役は神奈川県の黒岩祐治知事だと聞きました。

 辻 ええ。昨年7月の設立時点で4都道府県と25市町村が参画し、民間からはイオンをはじめとする10社が集まりました。同会議で先ほどの3本柱を啓発するパンフレットに加えて、エビデンスを含めた丁寧な担当者用の説明問答集や行政としての取り組みに関する基本問答集をまとめた「フレイル予防宣言」を昨年11月に決定し、まずは、住民主体で自らのフレイルの測定をして学び合う活動の全国展開に取り組みつつあります。

 「イオン生活圏」で謳う精神

 ─ そして今年6月にはその参画企業が中心となった「日本フレイル予防サービス振興会」が発足したわけですが、理事長を務めるイオン責任者の久木邦彦さん、イオンとしてのフレイル予防へのスタンスとは。

 久木 イオンには「お客さまを原点に平和を追求し、人間を尊重し、地域社会に貢献する。」という基本理念があります。これは我々の使命であり、お客さまのために、あるいは地域のために、もっとできることはないかと考えていました。その中で地域の健康課題にフレイルがある。

 ならば、イオンとしても貢献したい。それがきっかけです。

 フレイル予防には先ほどの3本柱が重要です。それらは日々の暮らしに密接に関わっています。イオンは、生活者にとって最も身近な存在として、これに貢献していきたい。買い物の場は顧客接点でもあります。だからこそ、地域に貢献できる場であると考えています。

 しかし、多くの市区町村がフレイル予防を発信し始めていても、まだまだ生活者には広く普及しているとは言えません。ですから、まずは生活者にフレイル予防を知っていただくことが必要であり、当社も普及啓発活動に取り組んでいます。

 そして、これは行政や各企業、有識者と方向性を同じくして進めていくことで力を合わせ、有効な取り組みに育つものだと思っていますので、フレイル予防推進会議と連動する形で、有志企業と日本フレイル予防サービス振興会を設立しました。

 ─ 具体的にどんな活動をする予定なのですか。

 久木 有識者理事にはフレイル研究の第一人者である東京大学高齢社会総合研究機構の機構長を務める飯島勝矢先生が名を連ねています。飯島先生と当社とのご縁は共同研究が始まりでした。

 当振興会はフレイル予防サービスを通して健やかな100年人生を応援するため、現在は食に関する企業に多くご参加いただいています。

 まずは、この食の業界からフレイル予防をもっと盛り上げていきたいと。ここで皆さんの力が合わさる仕組みにするために一定のルールが必要だと考え、認証制度の導入を目指し、準備を進めているところです。

 「食」の領域で健康に貢献

 ─ その食の領域ではマヨネーズなど卵にまつわる食品を主軸とするキユーピーが参画しています。執行役員の加納優子さんの思いを聞かせてください。

 加納 はい。当社グループは「おいしさ・やさしさ・ユニークさ」をもって世界の食と健康に貢献することを目指す姿として掲げています。その中で高齢者の健康寿命の延伸はウエルネスの領域において最重要課題の1つであると認識しています。

 先ほどの33柱のうちの1つである「栄養の改善」でフレイルの進行の抑制と回復を期待できることから、食の果たす役割は非常に大きいと思っています。

 特に食によって筋肉の維持につながるタンパク質の摂取や高齢者に不足しがちなエネルギーの補給ができます。また、食事をしっかり摂るための前提となる「おいしく食べる喜び」も重要です。高齢期になると、粗食ではなくて、しっかり食べるということが大切になるのです。

 その点、当社のマヨネーズを活用した料理を通じてエネルギーを補給する、手軽に摂取できる卵商品の提供を通じてタンパク質を補給するなど、当社は普段の食事における提案で、貢献できると考えています。

 ─ 食品企業であるからこそ提供できる価値ですね。

 加納 ええ。ただ行政との連動も欠かせません。超高齢社会で多くの方が100年人生を生きるため、医療費や介護費は膨大になります。健康寿命を延伸することによる医療費や介護費の抑制は国家的な課題になります。

 国民の意識や行動変容には、私たちが単独企業として取り組むには限界がありますので、やはり他の製造企業、流通企業や行政との連動が不可欠であると思っています。

 ─ 食の提供方法としては、高齢者向け給食もあります。この領域の老舗でもあるマルタマフーズ社長の服部太郎さんの課題認識を聞かせてください。

 服部 まず当社は1961年に大阪で創業し、企業向け弁当給食の製造・配食をスタートさせました。現在では要介護老人福祉施設や学校、保育園などで給食サービスなどの総合的なフードサービスを展開しています。

 当社のフレイル予防にかかわる価値としては栄養があります。これは我々の仕事の基です。加えて、高齢者の方々に能動的なコミュニケーション習慣を身につけていただけるように、社会参加にも注力しています。

 ─ 栄養だけでなく社会参加にも取り組んでいるのですね。

 服部 はい。例えば、当社は2017年から先ほどの東京大学高齢社会総合研究機構での学びを通じて、地元の神社や社会福祉協議会、NPO法人と共に子どもから高齢者にわたる多世代が交流する「共に参加しながら楽しく食べる共食サービス」の場を企画し、実践しています。

 また、以前から取り組んでいるのが地域防災です。実は地域防災はフレイル予防との親和性が高いのです。

 本振興会加盟各社と共同でローリングストック(普段の食品を少し多めに買い置きした上で賞味期限を考えて古いものから消費し、消費した分を買い足すことで、常に一定量の食品が家庭で備蓄されている状態を保つための方法)を活用して日常の食生活の栄養バランスを見直したり、隣近所の方々と日頃から一緒に避難所までお散歩しながら交流する身体活動と社会参加の習慣化を提案させていただいています。

 高齢者が元気になる仁淀川町

 ─ 防災拠点もあらかじめ知ることができますね。

 服部 そうです。歩きながら場所も把握することができます。今はこれを大阪で行っているのですが、参加者の方々には非常に喜んでいただいており、皆さん、生き生きとされています。

 ─ 地域というキーワードが出ました。都市部では人と人とのつながりが薄れています。

 辻 大きな問題です。農業社会の残っている地方でさえ、自治会が弱くなってきているとも聞いています。そこで重要になってくる人のつながりを生み出すきっかけづくりに、今やどの地域でも共通の課題であるフレイル予防を持ち込めないかと考えています。

 ─ どこかモデルとなるような事例はありますか。

 辻 高知県の仁淀川町が素晴らしいモデルです。高齢化率が6割近いこの町で住民が自らフレイル度をチェックし、フレイルを勉強して危機感を抱く一方、老いは遅らせることができると気づき、高齢者同士がお互いに頑張って弱らないようにしようと運動を始めたのです。

 現に多くの高齢者が元気になり、フレイル予防を通したまちづくりに向かっています。

 ─ 成功事例が出てきているのですね。イオンも自治体との連携を進めていますね。

 久木 千葉県柏市で行政と連動し、当社の「イオンモール柏」で、フレイル予防に関するイベントや自分がどの程度フレイルの状態になっているかどうかを測定して学ぶ機会を提供しています。

 柏市にはフレイルチェックの運営を行うボランティア「フレイルサポーター」が養成されていて、彼らの活躍がとても大きいです。

 ─ そういった店頭を通じた取り組みができるわけですね。

 加納 そのイオンさんと当社も連携し、しっかり食べるという行動変容を狙った取り組みを行っています。店頭でのフレイル予防につながる食の提案をし、実証実験という形で行っているのですが、実際にフレイル予防に対する意識が上がったという検証結果も出ています。

 服部 学びを提供するという点で言えば、当社は食育にも力を入れています。食育というと子どもたちを対象に学校や保育園で行うケースが多いのですが、当社は高齢者施設でも高齢者の方々に向けて食育を行っています。

 高齢者の方々も食育を学ぶことによって、自らの食べ物に興味関心を持ち、フレイル予防という学びにもつながります。

 ─ 各社の取り組みを聞いた上で、辻さんが考えるキーワードとは何になりますか。

 辻 はい。「日常生活圏」というキーワードを大切にしたいと思います。イオンさんはより良く暮らせる地域づくりを目指し、「イオン生活圏」という概念を掲げておられます。

 そして、イオンの店舗で開催される顔と顔の見える関係性の下でのイベントを通して同じ価値観を共有すると。そういう生活圏を取り戻すという考え方ですね。  

実は高齢社会における国の社会保障政策の基本コンセプトというのは「地域包括ケア」で表されているように、老いていく高齢者を含む多世代が共生し、できる限り元気で、たとえ弱っても安心できる生活を共有できる自己完結した日常生活圏単位のまちづくりが必要です。

 これができなければ高齢者は施設や病院に移り、空き家が増え、地価も下がり、多くの地方の地域や首都圏郊外の団地は消滅しかねない。したがって、自己完結した日常生活圏とそのネットワークという概念をしっかり持った国をつくること、これが新しい日本の価値を生み出す1つの道だと私は考えています。

 モールが地域活動の拠点に

 ─ 小売業の役割は非常に重くなってきたと思います。

 久木 そうですね。我々は地域の生活拠点になっていこうということで、モノを売るだけではなく、例えばイオンモールであれば、モール内をウォーキングする場などに活用していただいています。

 モール内であれば暑くても寒くても冷暖房完備ですから、安全・安心なウォーキングが可能です。こういった場所の提供ができると考えています。

 他にも朝のラジオ体操をして朝食を皆で摂る場にもしていただいています。地域活動の中で私どものモールや店舗に集まっていただくことで、社会参加も実現できます。地域によってはアカデミアと連携して、データの分析もしています。

 駐車場で盆踊りや映画鑑賞なども行うなど、地域の要望に合わせた取り組みができると思っています。

 辻 これは本質的な話です。かつて「向こう三軒両隣」といった濃密な地域の関係がありましたが、今はもっと多様化した様々なネットワークで成り立っています。大切なのはお互いが望めば直接に顔を合わせられるような日常性の担保されたネットワークです。

 これを新しいコミュニティ空間としてつくっていかなければなりません。

 そこで私が強調したいことはGDP(国内総生産)ありきではないのではないかという投げかけです。私は決してGDPの意義を否定しているわけではなく、市場主義の発展なくして世界の発展はないと思っています。

 ただ、たとえGDPが低くなっても国民がニコニコ笑って楽しそうに過ごしていることも大事な価値ではないかと。だからこそ、インバウンドも増えているのです。

 ─ 日本の進むべき道です。

 服部 私もそう思います。今後、我々の業界を中心に日本は人手不足が深刻になります。外国人を活用する場面も増えていますが、当社では65歳から75歳の高齢者の方が約1000人働いています。非常に元気で、もはや当社の主力になっている面もあります。ただ、どうしても引退という場面を迎えます。

 そうであるならば、週5日は無理でも週3日、あるいは短時間でも働く機会をつくるべきではないかと思うのです。何もせずに年金を受給するのではなく、無理なく働き続けられる新たな雇用制度を整備し、働く場所や働き方は考えなければならないですが、とにかく働いていただくと。それこそが最高のフレイル予防になります。

 肝は「自助・互助」

 ─ 高齢者がもっと働ける社会の実現が必要だと。

 加納 雇用機会の提供や多様な方々のウェルビーイングを実現していくことには我々も非常に共感します。当社は食品会社ですので、今まで提供している商品を単に提供するだけではなく、例えば商品にフレイル予防という新しい価値をつけて新たな食の提案をする。

 それは自分たちだけでやるのではなく、同じ志を持った方々と協働した付加価値として提供していきたいと思います。

 我々は企業ですので、経済活動につながらないと事業としての継続は難しくなります。新しい社会価値の提供や課題解決と共に、それをしっかり経済価値につなげていける活動が持続可能な取り組みになっていくのではないかと思います。

 フレイル予防サービス振興会の仲間も増えていくと思うので、そういった仲間と一緒に取り組んでいきたいと思っています。

 ─ 仲間づくりも大きなポイントになりますね。では最後に、辻先生から見た今後の可能性を聞かせてください。

 辻 先に述べた通り、フレイルは病気ではないので、フレイル予防の肝は専門職への依存ではなく「自助・互助」だと考えています。そして民間企業は自助・互助のパートナーです。

 互助を共助と言う場合もありますが、地域包括ケアの分野では、個人の自己責任が自助で、「インフォーマル」と呼ばれる家族や地域住民のつながりによる助け合いを互助と呼んでいます。実は今は互助という重要な概念が問われているのです。

 介護保険は介護サービスしか給付できません。互助は家族と地域社会でしかできません。企業がそのパートナーとして地域に目を向ける必要があります。この場合、所得の低い人には、国が公費で個人に対する一定の助成をするのが筋道だと思います。

 そして、地域社会で誰もがつながる笑顔に満ちたまちづくりが必要です。

 私は、超高齢・人口減少社会を迎える中、自助・互助がしっかりしていない国は滅ぶのではないかと思います。自助と互助は一対のものであり、新たな人と人とのつながり方が問われてきます。それは地方でなくても都市部でもできるはずです。

日本ストライカー社長・水澤 聡「医療機器業界のリーディングカンパニーとして、 日本の医療現場にイノベーションを届けたい!」